エピローグ
半世紀ほど昔に遡る。
一人の若者が世界を旅していた。彼は写真家を目指し、呆気なくスランプに陥り、呆気なく自分探しの旅という青臭い選択肢を採用し、そしてやはり、呆気なく自分を探せない自分に苦悩していた。
そんな折、彼は一人の少女と出会った。
彼女は市場で露天商を営む日本人である。
若者は少女の店の品の中から、目を引くものを見つけたが、それは売り物ではなかった。だが若者は諦めきれず交渉を続けた。
「頼む。この通りだ。それを私に売ってくれ」
若者は頭を下げた。
少女は頭をポリポリとかき、困ったような表情を浮かべた。
「うぅ、旅人さんには負けたよー」
「じゃ、じゃあ……」
「でもこれは売らないもん」
「え……それではいったい何を」
「えへへ~、旅人さん、見たところ写真家さんみたいだからね、これを売ってあげるよ」
少女は店先に並べている品の中から、一台のカメラを手にした。
「おお、ポラロイドじゃないか。そんなものも混じっていたのか」
ガラクタばかりで気付かなかった、と言いそうになるのをどうにか堪えた若者だった。
「ひひひ、いいでしょ~」
「素晴らしいな。私はあまりポラロイドは使わないが、旅土産にいいかもしれない」
若者は日本で待っている恋人のことを思った。
そうだ、彼女に買ってあげよう。
「でしょでしょ」
「よし、買った!」
「あ、ちょい待ち」
「なんだ」
「いやぁこのカメラ、なーんか曰く付きだったよーな気が……」
少女は「ふうむ」とカメラを見つめている。
「旅の土産なんだ。曰く付きぐらいで丁度いい」
「ううん、それもまた意味わかんないけど……ま、いっか」
「そうだ、別にいいのだ」
適当な二人だった。
「毎度あり~」
そして少女から若者へと、そのポラロイドカメラは渡った。
「…………」
「なあに?」
「いや、その剣玉みたいなやつがな」
若者はガラクタの中から一際異彩を放っているその剣玉、のようなものを指差した。
「まだこれ欲しがってんの? 欲張りな旅人さんだねぇ。これはぜーったいに売らないもんね」
「むむむ……しかし鉄球の剣玉なんて珍しいしな。それにその剣先。それはどう見ても文字通り剣にしか見えない。遊び道具というよりはまるで武器のような趣だ」
「まあ、幸福操師対策の道具だしねぇ……」
少女は小さく呟いた。
「ん? コウフクソウシを……なんだって?」
「いひひ~、何でもないぷー」
「……君、今凄く重要なことを言っただろ」
「重要なことぉ? あたしぃ、まだお子ちゃまだからわかんなーい」
「き、貴様」
「まあまあ、怒らないでよ旅人さん。そうだねぇ……旅人さんは運命って信じる?」
「運命?」
思わぬ方向に話題が変わり、若者は戸惑った。
「そ、運命。ですてぃにー」
「そんなもんは信じていない。初めから何もかも決まっているように聞こえてならないからな。自分の進む道は決まってない。自分で切り開くもんだ」
若者は自分を励ますように言った。実際、励ましていた。その時の彼はそれぐらい精神的に追い詰められていた。
自分は本当に写真家になれるのか、それとも何か安定した職に就いたほうがいいのか、と。恋人のことだってある。悩める旅人だった。
「おお、いいね旅人さんっ。あたしも同感だよ」
「で、運命がどうしたというんだ?」
「いやぁ、その運命を信じて疑わない連中がいるんだよね。まあそれ自体は別に悪いことじゃないんだけど。でも連中の中には過激派って言えばいいのかな。思想が凝り固まってるような人たちもいてね、『幸福は運命によって決まる。運命とは物語』みたいなこと言っちゃったりしてんの」
「つまらん思想だ」
「ねー。そうだよねー。でもまあ何を考えようとそれは自由だと思うけどね」
「まあそうだが」
「でもね、連中はさらにこんなことも言ってんの。『幸せは平等に分配されるべきだ』ってね。幸福平等論者ってやつ」
「幸せを分配? 幸福平等?」
若者は首を傾げた。だが「幸福平等」という言葉の響きは、何か否定し難いものを感じてしまう。もし幸せが本当に平等に分配されれば、世界はもっと上手く回るんじゃないのだろうか、と。
そして自分のように、悩むような人間もいなくなるのではないのか、と。
「けどねぇ、やつらは考えるだけじゃないのよ。実際に行動に出ちゃうんだ。幸福平等論者たちに言わせると、その運命という名の物語を書き換える、らしいんだけど」
「ん? 言ってることが矛盾しているぞ。決まっていると信じているというのに書き換えるとはこれ如何に」
「全くその通りだよね。うんうん。ただ連中は運命を書き換えることが可能なアイテムを持ってるんだよ。矛盾を超えてしまうアイテムをね」
「よく分からんが、その幸福平等論者というやつらはそのアイテムとやらを駆使してどのように運命を書き換えてしまうんだ?」
「うーん、色々とやり口はあるんだけどね。不幸な人を一気に幸せにしたりとかその逆で幸せな人を不幸にしたり殺したり」
「殺すだと?」
若者の心は一気に冷めて覚めた。
幸せな人間を殺して何が幸福平等だ。一瞬でもその思想に傾倒しかかった自分が恥ずかしかった。
「うん、幸せな人間を見つけて殺したりしちゃうの。そういう実力行使に出ちゃうのは幸福操師かな。ま、やり口はほかにも色々だけど」
「ふうむ……」
若者は釈然としない。
単純に「コウフクソウシ」なんていう知らない言葉が出てきたというのもあるが、それよりも幸せの定義について曖昧なのが気にかかった。
「幸せかどうかなんて本人にしか分からないと思うんだが。例えば全ての金持ちが幸せとは限らないだろ」
若者は言った。
「幸福平等論者って呼ばれるような人たちは、大抵偏狭な性格なの。自分たちの物差しで幸せか不幸せかを判断しちゃうんだよ」
少女は「イヤんなっちゃうよねぇ」と言って溜息をついた。
「厄介な連中だな。しかしそのアイテムとやらなんだが、幸せにしたり不幸にしたり……そんなもの実在するとは思えんが」
「あるんだなーこれが。まあ大体カメラが多いかな――お、そういえば旅人さんもカメラマンじゃないのっ。偶然だねっ!」
「カメラがアイテム? さっぱり分からん」
「カメラにね、幸福平等論者が好みそうな機能が付加されてんの……どれも酷い機能ばっか……そういえばそのカメラにも何かそういう効果があったような……」
少女は若者が手にしているポラロイドカメラをしげしげと見つめ、首を傾げた。
「曰く付きとか言ってたな」
「うーん、思い出せないなぁ」
「でもこのカメラなら知っているぞ。SX70だ」
「へえ、そういうカメラなんだー。旅人さんも知ってるならフツーのカメラなのかな」
「そうだ。全く問題ない」
問題大有りだったが、若者がそれに気付くのはずっと後のことだった。
「で、その幸福平等論者という者たちのことだが、そいつらはそうやっていつも運命を好き勝手書き換えているのか? なんだかこの世がメチャクチャになってしまうような気がしてならない」
「まっさかー。そんなのあたしが許さないもんねっ」
「え、君が?」
「あ」
少女は「しまった」と言いたげな顔で口を両手で塞いだ。非常に分かりやすいリアクションだった。だが若者は恐ろしく鈍いようで、首を傾げただけだった。
「……あはっ……あっはっはー、旅人さんだってそんな勝手許せないでしょ~?」
「うむ、同感だ」
若者は力強く頷いた。「許さない」と「許せない」の微妙なニュアンスの違いにはもちろん気付かなかった。
「そこで『運命殺士』の登場なの!」
「ウンメイゴロシ?」
「えーっとね、『運命』はそのままで、『殺す』戦士の『士』って書いて『運命殺士』っていうの。ま、幸福平等論者をとっちめる正義の味方ってわけ」
「そうか。正義の味方か。それなら安心だな。うむ」
「そそ、安心安心、あーんしんっ」
少女と若者は「めでたしめでたし」と言いそうな勢いで、その話はそこで終わった。
全然めでたくなかった。
「そうそう、そのカメラ、大事にしてよね。物にも魂は宿ってんだからさ。この剣玉のように、代々受け継がせなよね」
「ああ、もちろんだ。孫の代になっても健在であるよう手入れを怠らないさ」
「うんうん、それがいいっ。あたしもこの剣玉、孫の代になってもぶんぶん振り回せるように手入れしなきゃっ」
「ふむ。ところで君、名前は何ていうんだ?」
「あたしはモモ。旅人さんは?」
「太刀善。荒井太刀善だ」
「ふうん。なんか強そうな名前だね」
「そうでもない」
実際、そうでもないんだ。
と、若者は苦笑した。
これから先のことを考えると、色々と頭が痛い。だが腐ってもいられない。運命なんて馬鹿馬鹿しい。自分の道は決まってなどいない。切り開くんだ。
若者はパシンッと自分の頬を両手ではたき、気合を入れた。
「もう行くの?」
「うむ。ここでじっとしているわけにもいかない。それに……」
「それに?」
「いや、なんでもない」
「ええ~、なーにー? 教えてよ~」
ぶー、と頬を膨らませる少女。
「だから、なんでもない」
君と話したら落ち着いたよ、と言いたかったが照れて声に出せない若者だった。
「それでは、私はこれで」
「うんっ、じゃあねタッチーっ! 立派な写真家になるんだぞーっ」
「タッチー……」
若者は少女の元を離れ、またあての無い旅へと出発した。
最後までお読みいただき、ありがとうございます。作者のカカオと申します。
今作を書いたのはもう一年ほど前のことなのですが、今も書いた当時のことは覚えています。
ぶっちゃけちゃいますと、アニメ『Angel Beats』を見ていたく感動し、その反動と影響でもって書いたのです(笑)
物凄く感動しましたねぇAngel Beats。
そんなこんなで死について考え、そこから自然に運命についての考察に繋がったわけです。
残念なことに僕の力量不足でそこまでの深い話にもなっていなければ壮大な話にもなっていません。
ただ、諦めないで!というメッセージだけはどうにか入れたくて、こういう話にしてみました。
ではでは、またいつか、あとがきで。
ありがとうございました。




