表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
31/36

上がる幸福度

       *


「やっぱここにいたか」

「あれ、もしかしてバレちまってた?」

「でなきゃここに来るわけないだろ。全部分かってんだよ。小田銀四郎」

 そう、俺には黒ロングコートの男――小田銀四郎がここ『カット・デスサイズ』にいることが予想できていた。

「一応こういう場面では訊いておくのが礼儀なんだろうな。けけけ。てめえ、いつから気付いたんだ?」

 小田銀四郎はそう言うと、帽子を取ってガラステーブルの上に置いた。刃物のような銀髪が露になった。顔は少女漫画から出てきたような美青年。ただし片目はレンズだった。

 顔と性格が全く合っていない男だな。

「第一印象からしてお前は怪しかったけどな、でも最初に疑ったのは、この前の撮影会の日、荒井とモコがお前に占ってもらった日だ」

「へえ」

 小田銀四郎は下品な笑みを浮かべた。

「お前はあの時、俺たちを見てこう言ったんだ。『彼女と二人きりで来てくれるなんて』って。モコがいるにも関わらずな。その時はモコが小さくて見えなかったとかそんな話になったが、よく考えてみればおかしいだろ。いくらモコがチビだからって、視界に入らないほどミクロじゃねえし」

「ふんふん」

「あの時、モコは俺の右隣にいた。お前から見れば左にあたる。あの時のお前の左目、あれは義眼だったんじゃないのか? だからモコが見えなかったんだろ」

 それはつまり、俺と初めて会った時も義眼だったということになる。

 両目があったから俺は警戒こそしても、まさか通り魔野郎と同一人物だとは思わなかったんだ。

「けけけ、ご明察ご名答! さすがに街中でこのレンズのまんまじゃ目立ちすぎるからな」

 小田銀四郎は左目の位置にあるレンズを指でコツコツと突いた。「いやぁあん時は冷や汗かいたぜ。俺にはあのチビっ娘が視界の隅にぎりぎり入ってなかったんだ。けどよう、それだけの理由で店の中まで調べるか? 俺は外で占ってたんだぜ? この店とは何の関係も無いかもしれなかったぞ」

「それは俺の後輩が教えてくれたんだ。お前がこの店に居候してるってよ。時々は店を手伝ってるみたいじゃないか。まあ中に入るのには若干躊躇したけど」

 あの撮影会の日の昼飯の時、賀田川が雑談の中で言っていた。

 もしあの話を聞かなければ、俺は『カット・デスサイズ』に踏み込むことはしなかった。店の前に小田銀四郎がいないのを見て、町中をあても無く探し回ったに違いない。

「そっかそっか。なーるほどね!」

 小田銀四郎は手をぽんと打って「けけけ」と笑い声をあげた。ふざけたやつだ。

「どうして美容院なんかにいるんだよ」

「ここには幸せそうなやつが多く来るんでね」

「あ? 何言ってんだよ」

「焦るなって。後でちゃんと説明してやっから。けけけ」

 いい加減「けけけ」という笑い方にうんざりしてきた。

「じゃあ別の質問。小田銀四郎、これは本名か?」

「ああそうだ。やっぱ人様に名乗る時は本名名乗るが礼儀ってもんだぜ。けけけ」

 …………。

 なんとなく納得した。

 あの『銀ちゃんの占い 占い料千円』というふざけた看板も、こいつの軽い性格なら頷ける。いかにもって感じだ。

「けけけ、にしてよう、不思議だなー、てめえは」

「あ?」

「いやさ、こんな状況下だっつうのに幸福度が増してんだぜ。この絶体絶命のピンチによう」

「幸福度?」

「ああ、幸福度さ。俺の左目はとっくの昔にくり貫いてちょっとしたカメラを埋め込んだんだ。小さな小さな、カメラをな。けけけ」

「それがそのレンズか……」

 目をくり貫いた? 考えただけで恐ろしいな……。「だから何だってんだよ。ただ悪趣味なだけだろうが」

「前に言ったじゃねえか。世の中にはいろんなカメラがあるってよう。人の話はちゃんと聞けよな。写真を撮った相手を死なせるカメラもあれば、LSX70のように寿命を示すようなカメラもあるんだぜ。そんでもって俺の左目のカメラは人間の幸福の値を表示するんだ。まあ、俺の場合はプリントなんて面倒くせーことしねえでも、レンズを向ければすぐにその値が見られるけどね」

 ……幸福度、か。

 小田銀四郎の言っていることが仮に本当だったとして、俺はどうしてこの状況下で幸福度が増したんだろう。

 もう死んでしまうというのに――

「ん……」

 荒井が少し身じろぎした。どこか不機嫌そうな顔をしてソファの上で体の位置をずらした。

 ……ああ、そっか。俺は荒井が生きていたことが分かって幸福度が増したんだ。

「幸福度なんか見てどうすんだよ。ああ幸せそうだなぁとか言って羨んでんのか?」

「羨みもする。だがそれだけじゃない。幸福度の高い者を殺すのさ。けけけ」

「なっ――」

「なあツヅク、幸福度の低い者がなぜいると思う? それはな、幸福度の高い者が存在しているせいなんだぜ」

「い、意味が分からない」

「幸せは、誰かの不幸の上に成り立っているのさ。でもよう、それは間違っていると思わねえか。平等であるべきだぜ、って主張するのが、俺のような幸福平等論者なんだ。けけけ」

「幸福平等……?」

「幸福というのは運命によって決まる。運命というのは、決められた物語。俺はその物語をほんの少しばかり書き換えてんだ。俺みたいに実力行使で運命を変えて幸福のバランスをとるやつのことを『幸福操師』って呼ぶんだぜ。『幸福』を『操る』『師匠の師』って書いて幸福操師だ。けけけ」

 その言葉『幸福操師』には聞き覚えがある。

 前にこいつに襲われたときに耳にしたんだ。『き、貴様……まさか幸福操師か?』と小田銀四郎は、荒井に向かって言っていた。

「でだ。俺はついこの前までこの女も俺と同じ幸福操師かと思ってたんだが、どうも違うみたいだな。ただLSX70を持ってただけみてえだ。幸福操師の中には同業者を見つけると邪魔するような輩もいるんでな。ま、これで心置きなくまた物語改変に勤しめるってわけだ! けけけ」

「物語は決められてんじゃねえのかよ」

「本来ならな。だが何事にも裏技はあるぜ。ゲームみたいによう。俺の場合はこの左目のカメラだ。こいつは幸せな人間を見抜くのさ。そんで幸せな者を邪魔立てすれば、それは運命に干渉したことになる。つまり物語を書き換える。おめえらの場合は、LSX70。これも運命に干渉する力を保有してんだ。現に、俺に殺されるはずだった二人は、まだ生きてるだろ?」

「お前がミスっただけだろ」

「そりゃ違うぜ。LSX70を持ったおめえらがいなければ、いつものように殺せたさ。あの二人よぅ、一緒にここに来て、彼女のほうが髪切ってもらって彼氏は待ってたな。その時の幸福度っつったら半端なかったぜ。こりゃあ殺すっきゃねーなってさ、思ったわけだ。けけけ」

 小田銀四郎はだるそうに首を回した。「髪切り終わったら、今度は俺んとこに占ってほしいっつって来やがった。よっぽど『近々死ぬぜ』って言ってやろうかと思ったぜ」

「て、てめえ……それで賀田川と英輔を……ん、でもお前、義眼付けてたんなら何も見えなかったんじゃねえのか?」

「甘いな。義眼の上からでも、幸福度は見えるんだぜ。でも俺はどうも作りもんの目ん玉が好きになれねーんだよな。片目がレンズのほうがかっけえだろ?」

「キモいぜ」

 俺がそう言うと、一瞬だが小田銀四郎の表情が険しくなった。けどすぐにまたもとのふざけた調子を取り戻した。

「けけけ、分かってねーなー。てめえにはセンスがねえよセンスがよぅ。まずは美容院でもってそのダセー髪型からなんとかしてもらえや。けけけ。しっかし美容院っつうのは本当、幸せなやつが多く来るから仕事がはかどったぜ。ま、もうこの町ではそれなりに仕事したからそろそろ場所変えっけど」

 ――と、その時、荒井がソファの上でかすかに動いた。

「つ、ツヅク……」

「荒井!」

 俺は荒井に駆け寄ろうとしたが、小田銀四郎が素早い動作で俺の前に立ちはだかった。

「邪魔だ!」

 俺は怒鳴ったが、小田銀四郎はゆらゆらと体を揺らし「けけけ」と笑っているだけだった。

 くそったれ。

「困ったもんでよう、この娘、なかなかLSX70の在り処を話してくれねーんだよ。あれは俺の左目のカメラのように、運命を書き換える力があるからさ。てめえらみてえなガキに持たせてもろくなことにならねえ」

「運命を書き換える力――」

「それに、LSX70はこの俺の寿命が残り少ないなんて示したらしいじゃねえか。ただよく考えてみりゃあ、それが本当かどうか分からないぜ。この娘が嘘をついているだけかもしれねえしな。それを確かめるためにも、やっぱLSX70は必要なんだ。けけけ」

「運命を書き換える力――ってことは……」

「ツヅク! だったらツヅクの運命も書き換えられるってことだよ! 諦めちゃ駄目ってことだよ!」

 荒井は叫んだ。じたばたと動き、どうにか手首を縛っている縄をはずそうとしている。

「とりあえず黙ろうぜ」

 小田銀四郎はテーブルの上のナイフを一本手に取ると、荒井の脚にその切っ先を近づけた。

「きゃっ――」

「荒井ぃぃぃ!」

 俺は小田銀四郎に飛びかかった――が、次に気がついたときにはリビングの壁に寄りかかるようにして倒れていた。腹をえぐるような痛みを感じる。

「おいおい、そう焦るなよ。俺は何もこの娘を殺そうとしてるわけじゃないんだぜ。うるせえからちょーっとだけお仕置きしようとしただけさ。それとも何か? てめえがLSX70の在り処を教えてくれんのか? だったら話が早くて助かるんだけどなー。けけけ」

 小田銀四郎は右足を蹴り上げた姿勢のまま言った。

 どうやら俺は回し蹴りでも食らって吹っ飛ばされたらしい。

 まったく、出鱈目な速さだぜ……。

「在り処なんて俺は知らねえよ」

 俺は立ち上がる。「俺はただ、荒井を助けに来ただけだ――ぐふっ」

 体に穴が空いたかと感じるほどの強い衝撃が腹部に伝わった。やがて喉元にせり上がってくるものを感じ、俺は胃液を吐いた。「がはっ!」

 いつの間にか小田銀四郎が俺の目の前に来ていた。俺の腹に、やつの拳がめり込んでいる。

「ツヅク!」

 荒井の声がどこか遠くからやまびこのように聞こえてくる。

「なんだよなんだよ。荒井さんを助けに来たんだろ。それなのにこのザマかよ。がっかりだなー。けけけ。……でもおかしいな。どうして幸福度が上がってるんだ?」

「お、お前なんかに分かるもんか」

 俺は搾り出すように言った。

 この瞬間でも幸福度が上がってる。

 こんな状況で、こんな痛みを感じて、それでいてなお幸福度が上がっている。

 理由なんか、決まってんだろ。

「……気に入らねえなー、お前。けけけ」

 小田銀四郎は俺の襟首を掴み、無理やり立たせた。「気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ気に入らねえ」

 往復ビンタを高速に五十往復させたようなビンタが俺の頬に炸裂した。最初は痛かったが徐々に感覚が無くなってしびれてきた。

「てめえ、だからなんで幸福度が上がってんだよ!」

 ラストの一発は平手ではなく拳だった。口の中に鉄の味が広がるの感じながら、俺は自分の体が横にすっ飛んでいくのを感じる。一瞬、空中を飛んでいるのかと思ったが、すぐに重力に引きずられて落下し、右半身を床に強打した。

「……ぐっ……はぁ……はぁ……」

 呼吸すらままならない。体が俺の命令を受け付けてくれない。

 それでも、俺は――

「……俺も幸福操師始めて随分経つけどよう、こんなに頭にきたのは初めてだぜ。まだ幸福度が上がってやがる。つうか、もう殺してもいいぐらいに上がってんな。よし、殺しちまうか。けけけ」

 ちょっとコンビニにでも行ってくっか、みたいな軽いノリで小田銀四郎は言った。そして一際刃渡りが長いナイフをコートの内側から取り出す。

「最後に聞かせてくれよ。どうしてお前、こんなひでえ状況で幸せ感じちゃってんだ?」

 小田銀四郎はナイフの先を俺の喉元に突きつけた。

「…………」

「なあ、どうしてだ?」

「…………」

 俺はここで死ぬ。

 けれど、荒井は死なない。

 それでもう、十分だ。

 荒井には分かってたんだ。小田銀四郎に狙われるとしたら、俺ではなく自分だということが。LSX70を持っている自分が襲われるということが。

 だからあいつは俺から距離を置いていたんだ。自分だけを襲わせるために。俺が近くにいなければ、小田銀四郎が俺を殺すことは無い。そう踏んだんだ。

 その予想は当たってはいたけど、学校に小田銀四郎が来たのは予想外だったのだろう。

 結果的に、俺は荒井が連れ去られたのを知ってここに来て、今こうして殺されようとしている。

 俺の寿命は、LSX70が示したとおり、今日終わるんだ。

 でも、後味の悪い死に方ではないだろう。うん、悪くない。

 少なくとも荒井の寿命は今日終わることにはなっていないのだから、この後――俺が死んだ後、どうにか助かるのだろう。

 オーケー、それでいい。

 それが、いい。

 もし小田銀四郎の言うところの物語が書き換わって、荒井が死んだりしたら、俺は一生後悔しただろうしな。荒井の行動には、それだけの危険がつきまとっていたんだ。

 死ぬのはたしかに恐い。恐すぎるよ。

 自分の人生が理不尽にぶった切られ強制終了させられてしまうなんて、冗談じゃないと思った。今だってそう思ってる。やりたいことの半分もできなったぜ、ったく。

 でも、いつ終わるか分からない、いつ終わらされるか分からない、それが命だ。

 それが、分かった――

「そんなことも分かんねえとはな。とんだお子ちゃまだぜ」

 俺は言った。

 小田銀四郎はすっと笑みを消し、鋭い眼差しを俺に向けた。

「それがてめえの答か」

「ああ、そうだ。なかなかかっこいいだろ」

「ダセーよ」

 そして小田銀四郎は突きつけていたナイフを握りなおした。「てめえはどう見ても不幸だけどな、そこまで幸福なら仕方ねえ。幸福のバランスのために――」

 俺は目を瞑った。

 俺、死ぬんだ。

 だが次の瞬間、ガラスが割れる音と「ぎゃっ」という小田銀四郎の短い悲鳴が聞こえた。それから何かが床に落ちたらしく、カランカランと響いた。

 俺は目を開けた。もう二度と目を開けることはないと思ったのに。

「な、なんだ!?」

 目の前を何かが通り過ぎた。凄まじいスピードで。リビングの中を縦横無尽に飛び回っている。

 喉元に突きつけられたナイフは床に落ちて死体のように転がっていた。床にはほかにも割れた窓ガラスの破片が飛び散っている。

 窓ガラスは腕が通るぐらいの穴を空けて、蜘蛛の巣状に罅を走らせていた。

 そしてつい今しがたまで俺の目と鼻の先にいた小田銀四郎は、俺から離れ、リビングの中央で飛び回っている何かを避けている。避け続けている。

「くっ、くそっ……なんだってんだよ!」

 小田銀四郎に苦悶の表情が浮かぶ。

 体を傾け、屈み、反らし、捻り、飛び退き、伏せる。

 だが小田銀四郎がどんなに避けても、その物体は執拗に彼を狙い続けている。

 俺は目を凝らし、高速で飛び回る物体を注視した。

 それは鉄球だった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ