カット・デスサイズにて。
*
『カット・デスサイズ』にやって来た俺は、店先に小田銀四郎の占い屋が開いていないことを確認した。長机もパイプ椅子も『銀ちゃんの占い 占い料千円』というしょぼい看板もきれいさっぱり片付けられている。
『カット・デスサイズ』はシャッターが閉まっていて中に入れなかった。
休みなのか? でも美容院とかって月曜が休みじゃなかったっけか。今日は金曜だぞ。
ふと視線を店舗の二階部分にやると、飾ってあったはずのデスサイズが無くなっていた。
……まさか、な。
いやでも……。
少し迷ったが、俺は店の横の細い路地に入り、裏口を探した。呆気なく裏口は見つかった。木製の粗末なドアだった。
開いてるわけねえよな、と諦めて蹴破る気満々だったのだが、意外にもドアは開いていた。警戒心がまるでない。それとも警戒するまでもないということなのだろうか。
ドアをそっと開けて店舗内部へ侵入する。
裏口から狭い廊下が一本通っていて、左右の壁に一つずつ、さらに正面奥に一つ扉があった。窓は無く電気も消されているため薄暗い。裏口のドアを閉めると濃い闇が辺りを覆った。
何も見えん……。
電気のスイッチを探そうとしたが見当たらなかったので、俺はズボンのポケットから携帯電話を取り出し、そのバックライトを明かりにして前へ進んだ。心許ない明かりだが、無いよりはマシだ。
それにしても静かだな。
もしやつがいるのなら、もっとやかましくがなり立てている声でも聞こえてきそうなんだが。人の気配が全く無い。
まず左の壁のドアから開けてみる。トイレだった。さすがは美容室というべきか、清掃の行き届いたトイレだった。
右側のドアを開けてみると二階へと続く階段が伸びていた。一瞬迷ったが、ここは後回しにして正面のドアの向こうを調べることにする。
正面のドアのノブを握ると、手の平が汗で湿っていることに気付いた。暑さというよりは緊張からか。
自分が死ぬことに対してなのか、荒井が無事でいるかどうかに対してなのか――
ドアノブを捻り押し開ける。果たして、そこは美容室のメインフロアだった。
シャッターで閉じられているから薄暗くて見えずらいが、おそらく白を基調とした内装だ。壁も床も天井も、電気がついていればショートケーキのように真っ白に映ることだろう。
部室のパイプ椅子をほんの少し豪華にしただけにしか見えないがきっと高価だろうと思われる椅子が六席ある。それから大きな鏡が椅子の前の壁に六枚貼り付けられている。
待合席やシャンプー台、観葉植物に至るまで、なんともお洒落だ。いつも千円カットをうたい文句にした床屋で済ませている俺には近寄りがたい店だな。
さて。
誰もいない。
開店時はきっと賑やかであろう店内も、今は不気味な暗さでホラー的な趣さえ感じる。
二階だな。
廊下に戻り、俺は二階へと続く階段を上る。一段上がるたびにキイキイと軋む音が鳴る。見せかけだけで実は結構ボロい建物なのかもしれない。
二階へ上がると、廊下も仕切りも何もない、だだっ広いだけのリビングに出た。
レースのカーテンが引かれた窓から日の光が入っているから、室内がよく見渡せた。
フローリングの床、黒い皮のソファセットにその中心に置かれたガラステーブル。ガラステーブルの上にはコーヒーカップが一つとナイフが六本。
ソファの上には後ろ手に縛られ倒れている荒井。
……生きてるよな?
でも心配は無用だった。荒井は胸を静かに上下させている。それを確認できて、俺は一気に力が抜けそうになった。
荒井の向かい側で悠然とソファに腰を下ろしナイフを研いでいる黒ロングコートの男。今日も黒い帽子を目深にかぶっている。
彼は自分の相棒でも連れているかのように、傍らにデスサイズ――『カット・デスサイズ』の飾り――を立てかけている。
「やあ徳田ツヅクくん、ご機嫌いかがかな……違うな。今は黒いコート着てるから性格を素に変えるべきだね」
黒ロングコートの男はそう言うと、唇を奇妙に吊り上げて笑った。「ようツヅク、元気か? けけけ」
「コートの色で性格変えるって……しかも素がそのキャラかよ。うざいったらないな」




