あと……
*
俺はぼんやりと窓の外の景色を眺めていた。
家々の明かりがぽつぽつと灯っているが、本当に家の中に人がいるのだろうかと疑ってしまう。それぐらい、外は静まり返っていた。
腕時計を見てみると、針はもう午後十時を回ろうとしていた。こんな遅い時間に、しかも休日に部室に来たのなんて初めてだった。部室棟の入り口の鍵と部室の鍵は、荒井がコピーを持っていて難なく入れた。部室はともかく、いったい部室棟の鍵なんていつコピーしたんだろう。
黒ロングコートの男が去った後、荒井は部室に行って話をすると言い出し、俺は仕方なくずんずん学校へ向かう荒井について行った。
なんだって部室に行く必要があんだよ、この場で話せばいいじゃねえかよ、と思っていたが、荒井が部室を選んだわけが今分かった。
俺は椅子に座って俯き、肩を震わせている荒井に目をやる。
ついさっきまでは泣きじゃくりひたすら『ごめんね』と繰り返していたが、今は少し落ち着いてきたようだ。
こうなることが荒井自身分かっていたんだ。だから、人の目を気にすることなく泣ける場所、部室を選んだのだろう。
俺に謝ることなんて、ないのに。
「つ、ツヅク……ごめんね……ごめんね」
荒井が小さく呟いた。泣き過ぎてしまったせいか、声はかすれている。「あたし、ツヅクの寿命を……」
荒井が泣いている姿を見るのはこれが三度目だけど、まるで別の人間が悲しんでいるようにしか思えない。それほどに今の荒井は弱々しかった。
見ちゃいられねえよ。
「俺の寿命、大して長くないんだろ」
自分でぞっとするぐらい冷たく俺は言った。
「…………」
「でなきゃ、お前がそこまで取り乱すわけないし」
「…………」
荒井は沈黙したままだ。でも、何かを言おうとしているのは分かる。だが、どう話せばいいのか分からないらしく、少し顔を上げてはまた俯き……という動作を繰り返している。
……ああ、そうか。
だから荒井は急に無口キャラになっちまったのか。
何を言えばいいのか分からなくて口を閉ざし、どんな表情を浮かべればいいのか分からなくて顔色を消したんだ。
「なあ、荒井」
「ツヅク……ごめんねごめんねごめんね……ごめんね」
「俺の寿命、あとどれぐらいなんだ?」
「…………」
「頼む、教えてくれ」
「……で、でも」
「お前は何も気にしなくていい。俺は……自分の寿命が知りたい。知ったことで後悔なんてしないし、さっきの通り魔野郎みたいに恐れおののいたりもしない」
遠くで救急車のサイレンの音が鳴っているようだ。その残響が壁を通って部室に侵入してくる。近くで誰かが苦しんでいる。そいつの寿命はあとどれぐらいなんだろう。
「撮った日から数えて125日……あ、あと……14日」
「そっか」
俺は頷き、これからの行動予定を頭の中で立て始めた。こうしちゃいられないぜ。「ありがとな」
「え……」
荒井は顔を上げ、涙で湿った目を俺に向けてくる。「な、なんで……なんでお礼を言うの? あたし、ツヅクの寿命を勝手に知っちゃったんだよ?」
「だから感謝してんだよ。サンキューな」
「何を言って……ツヅクが何言ってんのかあたしには分かんないよ……」
「わりぃ。ちょっとこれから忙しくなりそうなんだ。急に色々と用事ができちまった。俺は先に帰るよ。お前は何も気にしなくていいからな」
「ちょ、ちょっと――」
部室を出て行く俺の背中に、荒井が何かを言っていたようだったが、構わず無視して足早に部室棟の外に出た。
外に出ると、俺は校庭の真ん中で立ち止まりぼんやりと空を仰いだ。馬鹿みたいに空は澄んでいて星がやけによく見えた。いつもはろくに見えやしないのに。
生暖かい風が頬を撫で、髪をくしゃくしゃにする。
おっと、こうしてる間にも時間は流れてるんだった。へへへ。
短いとはいえ、とにかく終わりが見えた。
もう生き方に迷うことなどない。残り時間が少ないのならば、やりてえことをやるだけだ。保険をかけるように勉強する必要なんて皆無だ。
世界はおもしれーもんで溢れているんだから。
俺は走り出した。




