唯一使ってはならぬカメラ。
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LSX70は荒井の祖父、荒井太刀善がまだ写真家として名を馳せる以前、世界を放浪している時代にとある国の露天商から買ったカメラだった。彼はそれを恋人に――後に妻になる女性に土産として買った。
だがLSX70は以後半世紀もの間使われることはなかった。
放浪の旅から帰国した太刀善は早々に新人賞を受賞し、仕事が次々に入るようになった。恋人に会う時間もなかなかできず、いつしか太刀善は土産のカメラのことなどすっかり忘れてしまった。
――半世紀後。
太刀善がそのカメラの特殊な効果に気付いたのは、彼の妻が癌で入院していたときだった。妻の癌は胃から腸へ転移し、もう手の施しようも無かった。緩やかな坂道を下るような末期を迎えていた。
太刀善にできることは、ただひたすらに妻の手を握ることぐらいだった。彼の手の中で、妻が確実にその存在を透明化させているような感覚が伝わってくる。
妻が自分の写真を撮って欲しいと言った。
太刀善はそれまで一度も妻の写真を撮ったことがなかった。妻はそれを心残りに感じていたのかもしれない。
彼はその時になって、ようやく自分が旅土産にカメラを買ったことを思い出したのだ。そして太刀善はLSX70で写真を撮った。
病床で弱々しく微笑む妻を写した写真が出来上がった。
妻の頭の上に表示された数字は『7』だった。
太刀善はその写真を見て首をひねった。こんな現象は見たことが無い。
一週間後、妻はこの世を去った。
妻の死と『7』という数字に奇妙な繋がりを感じた太刀善は、道行く見知らぬ人々を次々とLSX70で写真にしていく。
すると人物の上には必ず数字が浮かび上がることが分かった。それは若ければ若いほど大きな値を示し、高齢の者になると数字は小さくなった。しかし例外もあり、中には若くても数値が低い者もあった。
だが、彼の妻のように一桁台なんて小さな数値を叩き出すものは一人もいなかった。
撮影していく中でやけに数字が少ない人間を見つけると、太刀善は尾行してその人間の生活を追うようになった。どの人間も確実に数字の日数分しか生きていなかった。
太刀善はLSX70を自室の机の引き出しの奥に、まるでゴミを捨てるかのように放り込んだ。
――数年後。
荒井がLSX70を見つけたのは、太刀善の部屋を物色しているときだった。高校一年の頃だ。
荒井にとって祖父、太刀善の部屋は宝の山だった。祖父の部屋のカメラを漁るのは、荒井にとってその日着る服を選ぶようなものなのだ。
けれど、宝ももう探しつくしていた。
そこで荒井は太刀善の机に目をつけた。かなり大きな木製の机で、随分昔から使っているのかあちこちに傷がつき濃い色合いをしていた。
まだそこは未開拓、何かあるかも、と荒井は思った。
彼女は引き出しの中を物色した。ろくなものがないわね、と思った。よく分からない書類やガラクタが無秩序に突っ込まれていた。
上三段の引き出しを物色し、最後に一番下の大きめの引き出しを開ける。
どうせここにも何も……と思った荒井だったが、奥のほうに隠すようにしまわれていたポラロイドカメラを見つけて小躍りせんばかりに喜んだ。
なーんだ、良いもんもあんじゃないの! しかもSX70だし!
そして荒井は俺を写真に撮った。
その時浮かび上がった数字を、荒井は怪訝に思うどころかむしろ面白いとさえ感じて道行く人や自分のことまで撮って回った。
さらに祖父、太刀善の姿まで隠れて撮影した。彼の数字は『17』だった。
太刀善は十七日後、交通事故でこの世を去る。
その数日後、太刀善の部屋から遺言書が見つかった。
遺言の中に以下の記述があった。
『私の部屋のカメラで唯一使ってはならぬものがある。人の寿命を示す、恐ろしいものだ。私の机の一番下の引き出しに入っているポラロイドカメラがそれだ。私が所有するカメラでポラロイドなどそれ一台しかないからすぐに分かるはずだ。
私の財産をどう使おうと構わない。カメラも然り。どのカメラも手入れを怠ったことなど一度もないからすぐに使えるはず。
しかしそのポラロイドカメラだけは使うな。なぜそんなカメラを残したんだと思われることだろう。言い訳のように聞こえるだろうが、私は何度も捨てようとした。壊そうとした。しかし、できなかった。なぜだろう。LSX70を壊そうとするたびに、私は人を殺めようとしているかのような錯覚に陥った。
結局捨てることも壊すことも諦め、私はそのカメラを引き出しの奥に閉まった。壊すのは構わない。分解してくれてしまってもいい。
だが、決して使ってはいかん』
親族は太刀善の部屋を探したが、そんなカメラは見つからなかった。
なぜなら、荒井が持っていたから。
まさかね、まさかね……と荒井は自分に言い聞かせた。だがSX70だと思っていたカメラを改めて見て唖然とした。そこにはLSX70という聞いたことの無いモデル名が刻印され、その下にさらに小さく『Life Span X70』と小さく示されていた。
荒井は自分が英語を得意としていたことを恨んだ。
その意味をすぐさま理解してしまった。
Life Span
寿命。
荒井はすぐにLSX70を分解した。分解している時、荒井は人の体をバラバラに切り刻んでいるかのような、そんな気がしたという。
以上が、荒井が語ったLSX70にまつわる話である。
俺が代弁しなければならないのは、荒井が声を震わせ、普段の冷静さを失い、話は前後し、嗚咽が混じり、途中で『ごめんね』と俺に謝り、涙していたからだった。
語り手としての荒井はもうただ罪を償う罪人と化していた。




