荒井は、俺の寿命を。
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「なんだって? まさかおめえ、この前みてえにエアガンぶっ放す気か? 言っとくけど、今日の俺はもう遊ぶつもりはねえんだぜ」
黒ロングコートの男はへらへら笑いながら言った。目深に被る帽子からちらちらと左目のレンズが露出する。
「あたしだって遊ぶ気なんかないわよ」
「じゃあなんだぁ? その自信はよぅ」
「あたしは――あたしたちの寿命は今日終わることにはなっていない。つまり、あんたなんかに殺されたりはしないってこと!」
荒井は黒コートを指差して、犯人を名指しする名探偵のように宣言した。
…………。
……あ?
今、なんつった?
私、じゃない。私たち? 複数形?
お、俺も入ってる……ってこと?
「な……き、貴様、他人ならまだしも自分もLSX70で――」
「で、あんたの寿命はあとどれぐらいなのかしら」
「や、やめ――」
黒ロングコートが「やめろ」といい終わらない僅かの時間に、荒井はさっと繋ぎの胸ポケットからLSX70を取り出し、ファインダーを覗くことなくシャッターを切った。写っているかどうかは微妙なところだ。
「け……けけけ。脅かしやがって。そんな撮り方じゃ写ってねえぞ。知らないみたいだから言っておくけどな、被写体の顔がはっきりと写ってないと駄目なんだぜぇ。今の撮り方じゃあ、顔どころかピントも合ってねえな。けけけ」
「知らないみたいだから言っておくけど――」
荒井はLSX70から吐き出された写真をぴらぴらと揺らしながら言った。「あたし、写真部の部長なの」
さすがだ、と俺は思った。
一か八かでシャッターを切ったように見えて、実は荒井はちゃんと計算していたんだ。黒ロングコート野郎の動きとシャッターを切るタイミングを。
ファインダーだって見る必要はない。ファインダーは荒井の頭の中に写し出されているんだ。心配することと言ったら、明るさが足りないからブレている可能性が高いこと。
「へえ、これは驚きね。あまり長くないみたいね、あんたの寿命」
「な――」
今にも窒息しそうな顔になる黒ロングコートの男。
どうやらピントの心配も杞憂だったようだ。
「お、俺はいつ死ぬんだ!?」
「あんた知りたいの? そんなこと、本当に知りたいの?」
「ぐっ」
荒井は悪魔的な笑みを浮かべた。
どっちが悪者だか分からなくなってくるぜ……。俺は苦笑する。
「き、貴様……まさか幸福操師か?」
「コウフクソウシ?」
「ちくしょう、冗談じゃねえ。素人だと思ってたのによぅ。まさか同業者とはな……」
「あ、あんた、さっきから何言ってんの?」
「撤退ってことさ!」
次の瞬間、黒コート野郎の左目から閃光がはしった。
カメラのフラッシュなんてもんじゃない。太陽を直視したような凄まじい眩しさに、視界の全てが真っ白になった。
その白い世界の中で、俺は一年の頃のことを思い出していた。荒井がポラロイドカメラを持ってきた日のことを。
『ほらツヅク、こっち向きなよ。撮ってあげるから』
『なんでそんな上から目線なんだよ』
『部長だから』
『つうか撮って欲しいなんて思っちゃいねえし』
『あたしが撮ってあげるんだよ? もっと喜びなさい』
『なんでそんな尊大なんだよ』
『部長だから』
『……へいへい。もう好きに撮りやがれ』
『いっひっひ。じゃあ遠慮なく――』
パシャッ。
あの時使ってたカメラ、なんだったけな。覚えていない。だかポラロイドカメラであることはたしかだ。そしてもし、それがLSX70だとしたら。
荒井は、俺の寿命を知ってるんだ。
俺の残り時間を。
目を開けると、黒コートの男はいなくなっていた。




