黒ロングコートの男、再び
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昼飯を食べ終えた後、俺たちは再び撮影を開始した。
午後の部では、俺は英輔と賀田川と一緒に歩いた。恋人たちの邪魔をするのも気が引けたが、英輔と賀田川は別にベタベタすることなく、それぞれ撮影を楽しんでいるようだった。
英輔はこともあろうにナンパをして写真を撮っていた。しかもなぜか中年女性ばかり……。モデルたち(中年おばちゃんたち)は恥ずかしがる者もいれば色々な意味で破壊力抜群なポーズを取る者まで十人十色だった。英輔の意外な趣味を知ってしまった。
賀田川は英輔を完全に放置して犬を散歩している人に頼んで写真を撮らせてもらっていた。だがそのカメラアングルがどういうわけか常に股間ばかりを狙っていて、排泄シーンになると「かわゆーいっ!」と爆発的にテンションを上げてシャッターを切りまくっていた。犬も飼い主も困っていた。
…………。
この二人が恋人同士でいられるわけが分かったような気がする。つうか変人同士じゃねえか。
異様に濃い時間が流れた午後の部も五時で切り上げ、写真部全員でファミレスでささやかな打ち上げをした。
意外だったのは、荒井も打ち上げに参加したことだ。二年になってからは一度も来なかったあいつが。
どういう心境の変化なのかと思ったけど、荒井は昼飯の時と同じように無言でポテトフライを食べていた。ポテトばっかだな。
そもそも俺は打ち上げに参加するつもりはなかった。荒井に話があったからだ。だがその荒井がまさかの打ち上げ参加表明をしたため、急遽俺も参加することにした。
「先輩も参加するのですか。なるほど、一人で帰る寂しさに耐え切れなくなってしまったのですね。うふふ」
と、お子ちゃまモコに言われたのが悔しかった。
そんなこんなで、七月の撮影会は幕を閉じた。
そして只今の時刻は午後八時。
俺は家の方向とは全く違う方向へ向かっている。
俺の前を荒井が堂々とした感じで歩いている。赤い繋ぎが夜の住宅街に浮きまくりだ。
――さて、と。
そろそろ本題に入るか。俺はこのために今日の撮影会に参加したようなもんだしな。しかも家とは全然違う方向だし。いったい帰るのにどれぐらい時間かかんだよ……。
「なあ、LSX70のことなんだけど」
俺は前を歩く赤い繋ぎの背中に向かって話しかけた。
「…………」
荒井はノーリアクション。
オーケー。これぐらい想定内だ。
俺は続ける。
「どうしてお前はあんなもん持ってるんだ? LSX70の機能というか効果のことも驚きだけど、荒井がそんなもんを持ってたほうが俺は驚いたぞ」
「…………」
「荒井、教えてくれ」
「……それが聞きたくて、わざわざ自分の家とは違う方向に歩いてるの?」
「そうだ」
「それが聞きたくて、皆と別れるときに井戸未田さんや賀田川さんに『ちょっとこっちに用があるんだ俺、へへへ』なんて見え見えの嘘八百をかましたの?」
「そ、そうだ」
見え見えの嘘八百で悪かったな。
「あれじゃああたしに告白しに行くみたいに聞こえるわ」
「えっ、マジで!?」
なんてこったい!
次にモコに会ったときにいったい何を言われるか、考えるだけで壮絶なボケ(モコ)と突っ込み(俺)の応酬が頭をよぎる。
「LSX70……」
荒井は空から降ってきた雨粒のようにぽつりと呟いた。「あれはね――」
「聞いちゃったぞ、LSX70とはまた驚きだ」
「えっ――」
聞き覚えのある声がどこからともなく発せられた。
俺と荒井は辺りをせわしなく見渡した。
ヤツは――黒ロングコートの男は、俺たちの背後にいた。なぜか片手倒立の状態だった。
「そうか、どうりで運命に干渉できるわけだ。これだからカメラは嫌いなんだ」
黒ロングコートの男は右手を地面に置いて体重を支え、左手で被っている帽子を押さえている。
なんだか苦しそうな態勢だ。
今日も帽子と暗いせいで顔はよく見えないが、左目の位置にはめ込まれているレンズが冷たい光を放っているのは分かった。
幸い、今日はまだナイフを持っていない。
でも安心はできないか。
こいつの身体能力は飛びぬけている。俺は黒ロングコートの男が屋根か屋根へ飛び移りながら去っていく姿を思い出していた。
「て、てめえ……この前の――」
俺は身構えた。何か格闘技に精通しているわけでもないが、こうやって構えることで少しは落ち着く。
荒井はというと、俺と同じように身構えている。ファイティングポーズを取っているということは、今日は非武装らしい。
「おいおい、何構えちゃってんだよ。そう死に急ぐなって。俺は大して幸せそうでもないお前らを殺す気なんかねーし。んなことよりLSX70に興味があるんでね」
「あのカメラに?」
荒井が声を上げる。「あんた、あのカメラを知ってんの?」
その声色を聞いて俺は思わず拳を力強く握った。根拠の無い自信がみるみる沸いてくる。
なんとかなる。たとえ相手がナイフ使いの達人だろうが忍者ばりの身のこなしだろうとも。なんたってこっちには荒井がいるんだ。昔に戻った荒井が。
荒井は刺すような視線を黒ロングコートの男に向けている。おうおう、戦う気満々だぜ。
「ああ、知ってるぜ。俺らの世界じゃ結構有名なんだ。ただ何十年も前にどっかの国の商人だかの手に渡ってからはどこにいったのか行方知れずだったわけさ。ところがどっこい、おめえらが持ってるって話じゃねえか。この前の俺の殺しに割り込んできたのも頷けるぜ。LSX70を使われたんじゃな」
「要するに、あんたはLSX70が欲しいわけなのね」
「そうさ。あれはお前らじゃ使いこなせねえ。馬鹿が使うと悪戯に運命を狂わせるだけなんだ。だからこの俺によこしな。そうすりゃ見逃してやる」
「もし渡さなかったら?」
「五人、六人目の被害者になる」
黒ロングコートの男は唇を三日月の形に歪めた。そして全体重を支えていた右腕をバネにして飛び上がり、くるりと空中で回転をして着地した。
それから男はコートを広げた。カラスが翼を広げたような、コウモリが飛び立つときのような、そんな漆黒の闇が男の左右に展開する。
コートの右側の内ポケットから、まるで名刺でも取り出すような自然な動作で一本のナイフを取り出した。よく見れば、コートの内ポケットはナイフの柄がずらりと隊列を組む軍隊のごとくしまわれている。
……この前と同じだ。
殺す気満々じゃねえかよ。
しかも、案の定黒コートの男は通り魔ときたもんだ。予想していたこととはいえ、無差別に人を殺せるようなやつだと分かると、恐怖も倍増する。
「さあ、LSX70はどこにあるんだ? もし今持ってるなら俺に寄こしな。さもねえとこのナイフの餌食になっちゃうぞ」
「いいえ、それはないわ」
荒井が不敵に笑った。
俺はそれを目にした瞬間、体を支配しつつあった恐怖がすっと取り除かれるのを感じた。




