荒井の撮影スタイル
*
気付けば、俺はモコと並んで歩いていた。
駅前広場からなんとなく北へ歩みを進め、今は商店街を通っている。昨今のシャッター商店街など嘘のように、俺が住む町の商店街は活き活きしている。
八百屋のおっちゃんが声を張り上げ呼び込みをし、肉屋からはコロッケやトンカツの匂いが漏れてくる。モコはその匂いに負けてコロッケを五個買っていた。食いすぎだ。
主婦とおぼしき買い物客で賑わい、駅前広場とはまた違った賑わいを見せている。
そして俺たちから十メートルほど前方で、荒井が空に向かってシャッターを切っていた。気に入った構図でもあったのだろう。
撮影会開始から一時間が経とうとしていた。
最初こそ全員で固まって動いていたが、徐々にばらけはじめ、賀田川と英輔は俺たちとは違う方向に進んでいった。でもこれはいつものことだ。撮影会のメインイベントは撮影会後のファミレスでの打ち上げにあると言っても過言ではない。まあ、荒井はいつも帰ってしまうけど。
でも……なんだかなぁ……。
俺は隣を歩くモコを一瞥し嘆息した。
モコはコロッケをモゴモゴ言いながら頬張っている。
これじゃいつもの学校の帰り道と変わらないぞ。
「もむもむ……先輩もどうですか、お一つ」
モコがコロッケを一つ寄越してきた。
俺は遠慮無くもらった。不覚にも超うめぇと思ってしまった。
「部長にもお一つ渡してきます」
モコが荒井に向かって駆け出そうとしたので俺はそれを止めた。「やめとけ。今のあいつに話しかけないほうが身の為だ」
「ほえ?」
モコは首を傾げる。「なぜですか? このコロッケ、B級グルメ大会でも優勝を狙えるほどに美味しいのですよ」
「……いや、別にコロッケの味がどうこうっつう問題じゃないんだよ。撮影中の荒井には声をかけないほうがいいってことなんだ。でないと、ひでえ目に遭うぜ」
「ひ、ひでえ目、ですか」
「おうよ。ちなみに俺は回し蹴りを食らったことがあるぜ」
「さすがは部長。写真の鬼ですね」
「いや、ただの鬼だと思う」
俺とモコは本屋の前で立ち止まり、相変わらず空を撮っている荒井を眺めた。
丸々と太ったおばちゃんが、立ち止まって空に向かってカメラを構える荒井を邪魔そうに見ながら、その横を通り過ぎる。
荒井はそんなこと気にもせず、一心不乱にシャッターを切っている。
「集中してますね、部長」
「ああ。ちょっと恐いぐらいだ」
「どうして部長は風景ばかり撮るのでしょうか」
「あ?」
風景ばかり?
荒井の写真が?
そうだったっけか。
……でもそう言われてみるとそうかもしれない。少なくとも、二年になってからの荒井の写真に人物写真は無かった。一年の頃はよく同学年の友達なんかにモデルを頼んで撮影をしていたけど。
ううん……。
「そういう趣味なんじゃねえの」
よく分からなかったので、俺は適当に言った。
「いえ、そんな生半可なものではありません。それは文字通り『風景のみ』なのです。決して写真の中に人物が入らないのです。今だってそうですよ。ファインダーを覗いている段階で人間を視界の外へ追い出しています」
モコにそう言われ、改めてカメラを構える荒井を注視する。
荒井は商店街の一角にレンズを向けている。レンズを向ける先には子連れの母親同士が井戸端会議中だ。
――俺は見逃さなかった。
荒井がレンズの方向をずらすのを。
それはごく僅かな動作だが、母親たちを避ける動作であるのは間違いなかった。
「……確かに、そうだな」
「人を避けている、もっと言ってしまえば人を嫌っているような、そんな気がしてならないのです。部長の写真を見るたびに、そんな徹底した意思を感じてしまいます」
「意思、か」
まさか、荒井が今使っているカメラもLSX70のように何か特殊な効果が発生するカメラなんじゃ……いや、それは無いだろう。
俺はLSX70を見たときの荒井の顔を思い出す。
怒り、涙したあいつの顔を。
そんな荒井が、わけの分からない機能を持ったカメラを使うわけが無い。
荒井が歩き始めたので、俺とモコもなんとなく後をついていくように歩みを進めた。
「なあ、荒井はどうして人を避けて写真を撮るんだろう?」
俺はモコに訊いた。モコに訊いて明確な答えが返ってくるとはもちろん思ってなかったけど、誰かに問わずにはいられなかった。
「嫌悪、恐怖。そのいずれか、あるいは両方だと私は思います。どうして嫌悪するのか、なぜ恐怖するのかまでは分かりませんけど」
モコは言った。
その表情はいやに真剣で、いつものお子ちゃま的な雰囲気は絶無だった。俺はそんなモコを見て二の句が継げなかった。
……こいつ、こんな顔もするんだな。
気安くお子ちゃまとか言えなくなっちまう。いや、まあ言うけどさ。
ふっと視線をモコから前方の荒井に移す。
荒井は立ち止まり、誰かに話しかけられていた。
「なんだ? 荒井の知り合いか?」
「おおっ、あのお店が賀田川さんが言っていた『カット・デスサイズ』なのですね」
「あ?」
モコは俺とは少し違う方角――荒井の頭の上のほうを見ていた。
そこには蟹道楽の蟹の飾りのように巨大な大鎌を飾った美容室があった。荒井はその店先にいる。
店先には長机にパイプ椅子が設置され、『銀ちゃんの占い 占い料千円』と書かれた看板が美容室の壁に立てかけられている。
――って、もしかしてあいつは……。
「あ――」
「おや、君はこの前の」
「ど、ども」
「やあ」
銀髪男――小田銀四郎は陽光を受けて輝く銀髪をかき上げて、爽やか過ぎて殺意さえ覚えるほどの笑みを浮かべた。そして今日もこのクソ暑い中で白いロングコートを着用している。
銀ちゃんって柄じゃないよな……。




