占い師、小田銀四郎
*
「へ?」
我ながら間抜けな声を出してしまった。
とはいえ、阿呆な声の一つも出したくなる。
目の前の男は冗談みたいに非現実的な容姿をしているからだ。
さらさらの銀髪を真ん中で分けて自然に流し、瞳は薄っすらとしたブルーで沖縄の海を思わせる。そしてなぜかこのじめじめした湿気全快の気候の中を、温かそうなというか暑そうな白いロングコートに身を包んでいる。
……無茶苦茶あつそー。
けれど、そんな季節完全無視の格好をしているとはいえ、男の異様なまでの格好良さは決して目減りしない。
これでコートの中がすっぽんぽんだったりしたら、変態野郎のレッテルを貼ってやるところなのだが。
「いや、僕もカメラには少々興味があってね」
銀髪の男は爽やかな笑みを浮かべて言った。
「はあ」
俺は気の無い返事をして銀髪男を撃退しようとしたが、男は怯むことなく爽やかな笑みに輝く白い歯まで見せてきやがった。
……なんなんだよ。
俺は仕方なく首から提げているカメラを男に渡した。
男はまるで鑑定でもするかのようにカメラを撫で回し、ファインダーを覗いたりしている。
「なるほど。随分と古いカメラを使っているね。しかし手入れがしっかりしているからまるで昨日買ってきたかのように美しい」
そりゃ言い過ぎだ。
俺は苦笑する。
それからまじまじと男の顔を観察する。
年齢は……三十歳はいってないかな。二十七歳くらいか。にしてもどこの国のヤツだろう。日本人でないことは間違いない。白い肌に高い鼻。日本人には無いパーツばかり顔面にくっ付けている。
俺が銀髪男の観察をしている間も、彼は俺のカメラをいじっている。
いい加減帰りたかったので、俺は男に声をかける。
「あのー……」
「――あ、これは失礼。僕はこういうものです」
男はコートの内ポケットから名刺ケースを取り出し、一枚抜き取った。
……いや、カメラ返せってことなんだけど。
仕方ないので俺は名刺を受け取った。
果たして、名刺には『占い師 小田銀四郎』と表記されていた。住所や電場番号は一切書かれていない。
え、日本人?
「……占い師、ですか」
日本人、ですか、と言いそうになるのをどうにか抑えた。
「ええ、世界各地を旅しながら占い修行に励んでいてね。今は駅前商店街の一角に場所を借りて占いをしているよ。何か困ったことがあればぜひ」
「はあ」
まあ、困ったことがあっても占い師のとこなんかに行く気はないけど。
「あ、ええと、俺は徳田ツヅクです」
名刺などもちろん持っていないので、俺は口頭で名乗っておいた。本音を言えばよく知りもしない占い師に名前なんか教えたくなかったけど……。まあ名刺貰っちゃったし。
「ツヅクくんか。いい名前だね。ところで、君の友人にも写真を撮っている人はいるのかな」
「ああ、いますよ。俺、写真部なんで」
「つかぬことを聞くが、妙なカメラを持っている友人はいないかい?」
「妙なカメラ?」
「そうだな、例えば写った人が死んでしまうカメラとか」
――
――――
――――人が、死んでしまうカメラ?
そんなカメラは知らない。知らないが、それと同系列に置いてもいい機能を備えたカメラなら知っている。
でも……。
俺は小田銀四郎から一歩退く。
頭の中で非常事態を知らせる警報が鳴り響く。
こいつは何者なんだ? と。
名乗るんじゃなかった……。
「その反応は心当たりがあるということかな?」
小田銀四郎は余裕たっぷりにゆっくりと言った。
「い、いや……そんな人が死んじまうカメラなんか知らないです。つうか、そんなカメラあるんですか?」
「あるよ」
小田銀四郎は即答した。
あ、あるのかよ……LSX70なんて可愛いもんだな……。
「けれど、それはあくまでも例えさ。気にしないでほしい。僕は妙なカメラのことを訊いているんだよ」
彼の言う「妙なカメラ」というのは、たぶんLSX70のようなカメラを指しているのだろう。というより、もしかしてLSX70そのものずばり、とか。
頭の中の警報音は止む気配を見せない。
LSX70の騒動があってまだ一週間だ。
このタイミングでそんな怪しげなカメラのことを訊かれれば、疑いたくもなる。
テメーは誰なんだよ、って。
「そんな恐い目で見ないでくれたまえ。僕はしがない占い師さ。ただね、この地域で運命波の乱れを感じてね」
「ウンメイハ?」
運命、のことだろうか。よく分からないけど。
運命……なんか最近どこかで聞いたな。運命、運命、運命……。
「君のカメラは返すよ」
小田銀四郎は俺に近づき、オリンピックでメダルを授与するように、俺の首からカメラを提げた。「無害なカメラだね。良いと思うよ」
「はあ……どうも」
褒められているのか?
「それじゃ、またどこかで」
彼は軽く手を上げて、国道沿いに歩き始めた。
向かう方向は俺と同じだが、俺は小田銀四郎が見えなくなってからもしばらくその場に立ちつくしていた。
あんなやつと一緒に帰りたくないし、俺の頭の中は『運命』という単語が縦横無尽に飛び回っている。これを捕まえない限り、俺は一歩も前へ進めない気がする。
――考えろ。
運命……運命……運命――
「――にしても、まさか運命に干渉するとはな。いったいどういうことなんだか、ぜひともその理由を教えてほしいんだけど。けけけっ」
通り魔の野郎がほざいてやがったんだ。




