表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
14/36

今日の部長は喋っていました。

       *


 モコのプリント作業がひと段落して一旦暗室を出ると、部室には珍しく荒井が来ていた。ていうか荒井一人だった。荒井は椅子に座って脚を組み、悠然と写真雑誌を読んでいる。

「あれ、賀田川と英輔は?」

 俺は荒井に訊いた。

「知らない」

 荒井は雑誌のページに視線を落としたまま言った。

 ……この前の――あの黒ロングコートの男を相手にしたときの荒井の勢いはもうどこにも感じられなかった。もしかしてこのまま一年の頃の荒井に戻るんじゃないかと期待していたけど、そんなことは全くないらしい。

「あ、そう」

 俺も荒井に倣って短く答えた。

「部長、お願いがあるのですが」

 モコがささっと素早い動作で荒井に近づいた。

 賀田川と違って、モコは荒井を全く恐がっていない。むしろ尊敬さえしている。それは荒井の写真に魅力を感じているのもあるだろうし、荒井のじいちゃんが有名な写真家だったこともあるのだろう。

「写真が出来たので、ぜひ部長に見て頂きたいのですが」

 そしてこうやって荒井の姿を見かけては嬉々として自分の撮った写真を見てもらおうとする。でも荒井はそれを冷たく拒絶している。一度だってモコは荒井から評価を受けたことがないのだ。

 どうせ今日だって――

「……いいけど」

 荒井はぎこちなく答えた。

「…………」

「…………」

 俺も、頼んだ張本人のモコでさえも沈黙してしまった。

 あ?

 いいけど? だと!?

 どういう風の吹き回しなんだ……。

 モコはプルプルと震える手でプリントしたばかりの六つ切りの写真を「ど、どどどどどどーぞ」と言って差し出した。

 荒井はそれを無言で受け取る。

 部室に今まで感じたことも無い緊張感と静寂が漂う。

 荒井は脚を組んだ姿勢のままモコの写真を一枚、また一枚とじっくり鑑賞している。モコはというと、ちらちらと荒井の顔色を窺いつつ、所在無く立った姿勢のまま俯いている。

 まるで反省文を読む教師とその生徒といった感じだ。

「ど、どうでございましょう」

 モコは荒井に訊いた。

「……なかなかいいと思う」

 荒井は簡潔に答えた。

 何て素っ気無い評価なんだ。

「ははっ、有難き幸せ」

 モコはもはや荒井の下僕にでもなったかのようだった。このままでは平伏しかねないぞ。

「どれどれ、俺も見てやろう」

 と俺は言った。

「部長、今月の撮影会のことなんですが」

 ナチュラルに無視された。おのれお子ちゃまめ。

「ああ、そういえば今月はまだ何も決めてないわね」

「そうなのですよ。そこで私から提案なのですが、今回は地元の撮影にしませんか?」

「どうして地元なのかしら?」

「身近な場所からこれだという風景を見つけるというのも大事なのかなと思いまして。ただ見たこともない行ったこともない場所を求めるのは安直だと私は考えます」

「なるほど」

 荒井は思案顔で頷いた。

「じゃあそうしましょう」

「ははっ、では手配のほうは私どもにお任せを」

 あ?

 私ども?

「先輩、賀田川さんと英輔さんに連絡しといてください。集合場所や時間も任せます」

 モコはここでようやく俺のほうに向いて、悪びれることなく言った。

 私どもとか言っておきながら、俺に丸投げしやがった。

「……へいへい」

 何か言っても無駄だと諦め、俺は首肯した。


       *


「むふふふふ」

「…………」

「むふふふふ、むふふふふふ、むふふふふふ」

「上機嫌だな」

 俺はモコに言った。

「それはもう。あの部長が私の写真を見てくれて、しかも『素晴らしい』とまで言って下さったのですよ! 喜びも溢れるというものです!」

「荒井は素晴らしいなんて言ってなかったぞ」

「むふふふふふ」

 ああ、聞いちゃいねー。

 モコは学校を出てから終始こんな感じだ。

 途中俺と別れて一人で家に向かう間も一人でほくそ笑んでいそうで恐い。

 しっかし暑いな……。

 七月になり、いよいよ夏到来といわんばかりに蒸し暑い空気が肌にねっとりとまとわりつく。制服も夏服になったけど、あまり効果は無い。もう午後八時になろうとしているというのに、不快な暑さは未だ外に居座っている。熱帯夜も到来か。

 俺はパタパタと手を団扇代わりにあおりながら歩いている。

 モコは嬉しさのあまり暑さなど感じないらしく、これから海に行く小学生みたいに楽しそうだ。

「そういえば、英輔さんと聡里さん、ここのところ部活に来ないことが多いですね」

 モコはピタリと笑いを沈めて言った。

 ころころ表情変えるやつだ。

「まあ、そうだな」

 英輔と賀田川は最近部活を休むようになっている。今週はまだ一回しか来ていない。ここ最近というのは、LSX70のことがあってからだ。

 あんなことがあっては、あまり部活に来る気分になれないのは当然だろうな……。

 俺としてはかなり気がかりだ。このまま二人が写真部を辞めてしまったらと思うと――

「私が推察するに、今頃お二人は大人のお遊戯に耽っているのです」

 ……俺が気をもんでいるというにこのお子ちゃまは。

「モコよう、もうちょっとマシな推察できないのかよ」

「もうちょっとマシな推察、ですか。ふうむ、先輩の要求はいつもレベルが高くていけません」

「お前が低すぎるんだよ」

「そうでしょうか。でも今日の部室の空気は、何やらいつもと違いましたね。当たっていますでしょう?」

「英輔と賀田川がいないって時点で、そりゃいつもと違う空気にもなる」

「そうではありません。部長です」

「荒井?」

「はい、今日の部長は喋っていました」

 どんだけ無口なんだよ荒井。

「それとですね、その話し方というのも実にソフトでした。素っ気無い感じに聞こえもしましたが、部長にしては鋼鉄がマシュマロになるぐらいに柔らかくなりました」

「それはまたえらくフニャフニャになっちまったな」

「ええ、フニャフニャのプニプニです。私、前々から部長は無口キャラだと思っていたのですが、もしかするとツンデレ属性も秘めているのかもしれません」

「……お前は荒井を見てそんなこと考えてたのかよ」

「人間観察は私の趣味でして」

「いや観察できてねえよ」

「いえいえ、私の観察眼を侮ってはいけません。部長がデレるのも近いですよ」

 モコは確信があるかのように自信満々に言ってのけた。

 いったいどこからそんな自信が沸いてくるんだ……。

 国道に突き当たると、俺たちはいつものようにそこで別れた。

 別れ際――

「では先輩、英輔さんと聡里さんに撮影会の連絡し忘れないでくださいね」

 と、モコに言われた。

「わーったよ」

「では私はこれで」

 ぺこりと頭をさげ、モコは去っていく。

 はぁ、元気で何も知らないモコが羨ましいぜ。

 と、思ったそのとき――


「君のカメラ、少し見せてくれないかな」

 と、背後から声をかけられた。

 振り向くと、そこには少女漫画から飛び出したような美青年が爽やか過ぎてむかつくほどの微笑を浮かべていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ