LSX70 ~ライフスパンエックス~
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できればどこか落ち着ける場所にでも移動したかったが、賀田川がショックで動けなくなってしまったので、俺たちは黒ロングコートの男がいなくなって十分以上経った今も同じ場所――住宅街の道に突っ立っている。時折、仕事帰りのサラリーマンが訝しげにこちらを見てくる。
「ねえ、今のってアレじゃない? れ、連続通り魔……」
賀田川は震える声で言う。電信柱にもたれて顔面蒼白といった感じだ。こんな賀田川は今まで見たことが無い。
「あ」
「あ」
俺と英輔は同時に声を上げる。英輔も俺と同じことに気付いたに違いない。
連続通り魔殺人……。
そうか、そうだよな。英輔と賀田川の後ろを気付かれないように歩いていたことといい、ナイフを所持(それも異常な数)していたことといい、十分に条件を満たしている。
「絶対そうだよ……そうだよね英ちゃん……」
「い、いや、まだそうと決まったわけじゃないよ」
英輔はそう言うが、その言葉に力は無い。
「どうしよどうしよ……まだその辺にいるんじゃないの!? ああどうしよどうしよ! 殺されちゃうよ――」
「どういうことだよ!」
俺はわめく賀田川に負けないように大きな声で、荒井に問い詰める。
「…………」
「黙ってねえで何か言えよ。おかしくねえか? いやそんなもんじゃない。おかしなことだらけだ! さっきの通り魔野郎のことだけじゃない。今日のお前の行動は徹頭徹尾不審だぜ。そもそもどうして英輔たちを尾行したんだ?」
「び、尾行すか!?」
「なあ荒井」
俺は英輔を無視する。今は荒井に答を訊かないと。
「…………」
「俺は思うんだが、今日の尾行はどう考えてもさっきの通り魔野郎に繋がる。まるで英輔たちがヤツに襲われることを知っていたみたいに――」
「それは違うわ!」
「じゃあどういうことなんだよ!」
「そ、それは……」
荒井は俯いて黙り込む。
……怯えている?
顔はよく見えないが、荒井の様子は親に叱られるのを恐がる子供のように見える。俺が怒鳴ったりしたからか? でも荒井がそんなことで恐がったりするわけがない。
「……ポラ、ロイド」
荒井は僅かに唇を動かす。よく聞こえない。
「え?」
「……ポラロイドよ」
荒井は肩にかけているカメラバックの中から一台のポラロイドカメラを取り出す。
「それは俺がこの前直したポラロイドカメラじゃないか。ええと何て名前だっけ」
「SX70っすよ」
英輔は言った。
「そうそう、それだ。でもこれがどうしたんだよ」
「これはSX70じゃないわ。よく見て」
荒井はグイっと俺の顔にポラロイドカメラを押し付けてくる。
「うおっ、何すんだよ……ん?」
俺はカメラの側面に彫られているモデル名を読んで首を傾げた。「LSX70? たしかにSX70じゃないな」
「SX70のパチもんすかね」
「いや待て、なんか小さく書いてある。……『Life Span X70』? ライフスパン……」
「英ちゃん、ライフスパンって何?」
「ええと、うーん、どんなパンなのか俺にもよく分からないよ」
「……パンじゃねえと思うぞ。ライフスパン……ライフスパンってたしか……」
「ライフスパン、英語で寿命って意味」
荒井は言う。
「寿命?」
「そう、寿命……寿命なのよ」
「荒井?」
荒井の声に変に力が入ったのが気になって、俺は視線をポラロイドカメラから荒井に移す。荒井は……荒井は……荒井……は……。
「……このカメラは、写った人物の残りの寿命を表示してしまうのよ」
泣いていた。
誰もが言葉を失う。
賀田川は英輔の腕を折れてしまうんじゃないかと思うほどに自分の腕をぎゅっと絡みつけている。
英輔は涙を流す荒井を見て完全に固まっている。
俺は、どうしてこんなときにあの能天気なお子ちゃまがいねえんだよ、などと考えている。
いや、分かってる。そんなこと考えてる場合じゃない。
そう、ライフスパンって寿命のことだ。それは間違いない。でもその後こいつは何て言った?
写った人物の残りの寿命を表示してしまうだって?
冗談じゃない。そんな馬鹿なことあってたまる――
……あるのか。荒井。
そんな荒唐無稽なことが。
しかし俺は、泣きじゃくる荒井を見て、そのあり得ないはずの事実を受け入れた。
荒井は、意味もなく泣いたりしない。理由も無しに涙を流しやしない。
このポラロイドカメラはLSX70というカメラで、写った人物の寿命を示してしまうんだ。
……ん?
…………。
……だとするとヤバイんじゃないのか。
「ちょ、ちょっと待てよ……こいつら、たしか『2』って表示されてなかったか?」
「あ、そうっすよ! 俺と聡里の頭の上に『2』ってなってたっすよ!」
「も、もしかして二年ってこと!? いやだよー英ちゃーん!!」
賀田川がうわんうわん泣き出し英輔の腕をがむしゃらに振る。英輔はもうされるがままだ。
「……二年じゃなくて二日」
荒井は小さく呟く。
「…………」
絶句。
俺も英輔も、泣き叫んでいた賀田川さえもピタリと動きを止める。
「――ということは、今日?」
「……そういうこと」
ああ、分かった。分かっちまった。
荒井は賀田川と英輔を守るために二人を尾行してたんだ。俺をデートだとか嘘ついて誘い出したのは一人じゃ恐かったからか? そこらへんはよく分からねえけど、とにかくこいつは二人を死なせないためにずっと見張っていたんだ。
「……『2』だったっけ?」
俺は小さく呟いた。
「え? ツヅク、何言ってるの?」
「『2』じゃなくて『3』の間違いじゃないのか」
「……『2』よ」
「いやちげーよ。見間違いってよくあんだよ。『2』と『3』って似てるからさ、俺はもうしょっちゅう見間違うし書き間違うんだよ。英輔もそうだろ? なあ?」
「…………」
英輔は沈黙している。賀田川も小刻みに体を震わせながら英輔の腕を掴んでいる。
ちくしょう、何か喋れよ。喋ってくれよ。何でも良いからさ……。
「そうだぜ。『3』だよ『3』! いやもしかしたら『3』の隣に小さく『0』が書いてあるんじゃねえのか?」
俺は狂ったように、壊れたように喋り続ける。
「……ツヅク」
荒井がカメラバックに手を入れ、中から一枚の写真を取り出す。……ポラロイドだ。たぶん、英輔と賀田川が写っているやつだ。
「ふ、二人の頭の上には……あれっ」
荒井は目を大きく見開き、写真を食い入るように見始めた。「ど、どうなってんの!?」
「な、なんだよ」
「数字が……変わってる……もっともっと大きな数字に」
「え――」
次の瞬間、荒井は写真を破った。
何度も何度も破って千切って引き裂いた。仕上げとばかりにバッとその紙片をばら撒く。ついさっきまで写真だったものが、雪のように空中を舞っている。
「な、何してんだよ!」
「数字が変わったのよ。それはもう桁違いに、ね」
「それってどういう――」
俺は荒井の顔を見てハッとした。
荒井が不敵に、邪悪に微笑んでいる。
これは……素晴らしく良い兆候だ。
「あたしとツヅクが、二人の寿命を延ばしたんだよ。たぶん、日本人の平均ぐらいになったんじゃないかな」




