リレーだいっきらいマンの言い分
運動会が終わって以降の時期は、子どもたちの間でリレーが遊びの中で定番になっていました。でも中にはリレーに前向きになれない子もいて……
こんにちは、みほしです。
ちょっと時期外れますが、発達エッセイで運動会の話が出ているので、運動会ネタをひとつ。
子どもたちにとって、運動会は大きなイベントのひとつ。今まで練習してきたダンスの発表だったり、かけっこで一番になったり、団体競技で頑張ったり。活躍の場は、子どもの個性でそれぞれ異なるのが特徴。
子どもたちの遊びの中でも、運動会の競技に絡んだものを取り込んだものが多くなる時期。運動会が終わった後も、リレーとかは結構息長く子どもたちの遊びの中で定番化しやすかった。
運動会終了後のある日。今日もみんなでリレーをしようって流れになったとき。男の子が一人、集団から外れていった。私はその日補助役だったので、外れた子の背を追って走る。その子は、一癖ある男の子だった。
男の子はズンズン歩いて建物の方に行き、日陰になっている場所に腰を下ろした。さてさてと、私も彼の隣に座る。
「どしたんかい」
この子は前に腰を据えてしまうとそっぽを向く。だから隣に座った。目も合わせていない。みんなを眺めながらの会話である。
「リレーが嫌」
物凄くふてくされていた。
「順番で走るんが嫌?」
「足が遅いから、俺で順番が変わるのが嫌」
「非常によくわかる」
私は足が遅い。彼の気持ちがよくわかってしまう。
「俺が抜かれて、みんなががっかりするのが嫌。文句言われるのも嫌。あーあって言われるのが嫌」
これだけ揃えば、そりゃ走りたくないだろう。私だって同じ理由でリレーをバックレたことが何度もある。
「なにが一番嫌? せんせーは、あーあって言われるんが一番嫌やった」
「俺は追い抜かれて、前走る人がどんどん先行くのを見るのが嫌」
「分かる」
分かるしか出ない。共感の余り語彙が消し飛んだ。
ふてくされてしまっている彼を、みんなが呼び寄せる。人数が合わないのだろう。舌打ちでもしないかと思ってそっと彼を見てみると、舌打ちどころか狙撃するような勢いでみんなを見ていた。
「ほかの人誘えばいいのに、なんで俺を誘うんやろ」
言いたいことはよくわかる。彼と同じくらいの足の速さの子が居れば話は別だけど、メンツを見る限りどう考えても彼は頭一つ抜けて足が遅い。戻りたくないと思っても不思議はないだろう。
「ひとまず先にやっててもらうように、先生に声かけてくるわ」
彼をあの集団の中に腕を引っ張って戻そうなんて、そんな気は起きなかった。私は彼を残し、先生に掛け合って彼の元に戻る。
すると主任がその子と話していて、私は呼び出されてお叱りを受けた。
「あの子だけ特別扱いして話を聞くとか、ダメに決まってんでしょ。さっさとほかの子と同じ場所に戻しなさい! 甘えてるだけなんだから!」
彼の家庭内事情はなかなか複雑で、多分甘える場所が充分じゃないんだろうと私は思っていた。私も家庭内事情がそれなりなので、彼の肩を持ってしまう。
「申し訳ありません」
主任が言っていることも分かる。大きな組織や多い人数を誘導する立ち位置なので、主任が言いたいことも分かる。
でも彼の言い分も分かる。どっちをどう優先すればいいのか、「こういうときはこうしろ」と言われなかったため、私の中では答えがはっきりしていない。
甘えてるだけ。甘えちゃいけないってことはないはずだろう。彼は子どもなのだ。弟が居ても、彼はまだ子ども。甘えることが出来なくなってしまった大人ではない。
「お待たせ」
彼の横に座ると、彼は更にふてくされていた。
「あの先生、俺に早く戻れって言ってた。せんせーもそう言われたんでしょ?」
彼は鋭い。こういう場面では、ズバッと見抜いてしまう。
「そうやね。でも、腕引っ張ってあの中に引き戻そうなんて思えんのよ。昔せんせーがそれやられて、ものすごく嫌やったから。でも走らんでいいよとも言えん。苦手な事やから逃げてもいいってわけでもないから。難しいね」
この子は私の話が分かってる。目を見ればわかるし、そうしなきゃいけないっていうことも分かっている。だから辛いんだろうなと、思わずにはいられなかった。
「せんせーは、M君はすごいなと思ってる」
そう話すと、M君はフンっとあっちを向いた。
「それは担任の先生が、みんなの中に俺を戻すときに必ず言ってる」
「まあ聞いてよ。ただすごいって話じゃないから」
そういって私は、彼の肩に手を置く。
「今までM君が走ってるとこ見てきたけど、絶対コース通りに走ってる。追い抜かれても、コーンの内側突っ切ってるとこをせんせーは見たことがない。ズルせず正々堂々走ってる。不得意なことでも正面から向き合ってる。だからすごいって言ってる」
苦手なことをやり抜く力を持つ。大人でも難しいことを、この子は既にやってる。逃げずに戦って、その結果嫌味を言われたなんてなると、そりゃ嫌気も差すもんだ。
彼は滲んだ涙を服の裾で拭って立ち上がって、こちらを見下ろした。
「走ったら戻ってくる。せんせーは絶対俺を見とけよ!」
「必ず見てるよ」
約束を交わして、彼は走りに行った。
熱い約束を交わしても、足がいきなり速くなるわけじゃない。勝負の世界は残酷で、子ども同士でもそれは変わらない。やっぱりM君は追い抜かれてビリになってたし、リレーは負けて「あーあ」という声が上がった。
もう一人の預かり先生が「あーあなんて言ったら悲しいよね」って話すのを聞きながら、M君はこちらに走ってきて。そのまま胴にしがみついた。
「だっこ」
「はいよ」
どっこいせと、私は彼を抱きかかえる。彼の涙で、私の肩はじんわり濡れる。
しばらく彼は、私から離れなかった。抱っこちゃん人形状態のまま、他の子とかかわりを持つ。「なんで泣いちゃったん?」子どもって優しい。すぐ心配する。「すぐ元気になるから待っててあげて」その優しさが、多分今の彼にはしんどい。
彼が持ち直し、ようやく抱っこちゃん終了。胴が30cm伸びて、腕も1mくらい伸びた気がした。
お迎えを待つ時間、彼と並んで座って今日のことを話す。
「せんせーは足遅い?」
「遅い。多分一番遅い」
自分より足が遅い人を、私は見たことがない。
「せんせー、リレーのとき、コーンの内側走った?」
M君は耳打ちで問いかけてきた。
「……はしった」
内緒話なので本音を言ってしまう私。
「ダメやん!」
「ナイショにしとって」
こんな話をして、顔を合わせてケラケラ笑う。
お母さんがお迎えに来た。
「ママー! みほしせんせー、リレーんときコーンの内側ぶち抜いて走ってたってー!」
クソデカボイスで即バレしてしまって、もう顔がない。北斗の拳ですぐやられてしまう、弱い敵の断末魔みたいな声が出た。
まあね、私の鈍足がバレても、ちょっとずるしてたのがバレても、みんながはっぴーになれたんならそれでいいんです。って言い聞かせるしかないじゃないですか。
よい子のみんな。ズルしちゃだめね。お約束ね!




