【第8話】「人の良さそうな副長と、狡猾なる和尚(ハゲ)の急変」
「はぁ……。今日も家から徒歩3分の『初級魔力層』で、地道なレベル上げ(日課)をこなすか……」
俺はいつものように虚無の使命感を胸に、ダンジョンの通路へと足を踏み入れた。
背後には、両手を突き出した『謎の戦いの構え』のポーズを完璧に維持したまま、無音で俺の真後ろをピタッと並走してくる【石像の爺さん冒険者(固定ペット)】が張り付いている。爺さんは相変わらず「ワシらの今後の冒険方針としてはだな――」と勝手な昔話を耳元でベラベラと囁き続けているが、俺のスキル【不屈の正義】の解析(やせ我慢)により、もはやただの背景ノイズとして心地よくスルーできるようになっていた。
だが、今日のエントランス(受付)はいつもと違っていた。
「いやぁ、君たちが噂の熱心な新人冒険者くんと、真面目な衛兵くんだね! よし、今日はワシが君たちの修行(レベル上げ)に同行して、少し手本を見せてあげよう!」
そう言って布袋様のような福々しい笑顔を浮かべたのは、はげ上がった頭をピカピカと輝かせた小太りの老戦士だった。その胸元には、この辺りでは見かけない、中央の有名な大規模クランの高級な紋章がギラギラと光っている。
「いやぁ、ワシこう見えてもね、中央の大人数ガチパーティーで副長やってますねん! まぁワシのはげ頭はただのハゲじゃありません、徳を積んだ結果の『和尚』ですから! ギャハハハ! さあ、行こうか!」
自分で頭をペシッと叩き、調子よく場を和ませる和尚。
なんでも彼は、自分の大規模パーティーに引き入れる有望な新人(新しいメンバー)を探しに、わざわざこの初心者ダンジョンまでスカウトにやってきたらしい。
その言葉通り、和尚は俺たちの冒険に同行してくれた。そして、その戦闘力はB級上位だけあって本物だった。
通路に次々と湧き出るスライムや昆虫系の雑魚を、無駄のない最小限の剣さばき(ストリームライン)で、実に手際よく、綺麗に潰して処理していく。
「どうだい? 普通に倒せばなんともない。これが効率的なレベル上げだよ」
さらに和尚は、石像の爺さんに対しても、「お爺さん、無理しちゃダメだよ。ワシの後ろに付いておいで」と優しく声をかけ、真面目に安全管理をこなすタダシにも「いつも子供たちの安全を守ってくれてありがとう、タダシくん。君みたいな真面目な人材、ワシのパーティーに欲しいくらいだよ」と温かい言葉をかけていた。
都会の大規模パーティーという華やかな看板。強くて、頼れて、新人の発掘にも熱心な、絵に描いたような最高の「理想の先輩・幹部」。
俺もタダシも、お爺さんすらも「都会のガチ勢ともなると、こんなに素晴らしい人格者なんだな……」と、完全に警戒を解き、深い信頼と尊敬の念を抱いていた。
だが、そんな「仏の仮面」が剥がれ落ちる瞬間は、冒険から無事に帰還し、受付の管理カウンターへと戻ってきたその時に、あまりにも最悪な形の『ミスマッチ』として訪れた。
バサリ、と管理カウンターの椅子から、派手で狡猾な監視者アイさんが立ち上がり、気だるげに前髪をいじりながら俺たちを見下ろしたのだ。
「あーあ、マジで視界が汚れるわ。副長ぉ〜、そんなゴミ箱とシワシワの拡声器(爺さん)、あとそこにいる使えない不細工なんかと話してると、副長の徳が下がっちゃいますよぉ〜? まとめてギルドのゴミ箱にシュートしたいんですけどぉ」
アイさんが、いつもの絶対零度のデスアイで、俺たちをゴミのように嘲笑した。
アイさんの脳内における「雑魚」の判定基準は、いつだって強さではなく【顔(イケメン具合)】だ。他所のギルドから若いイケメン冒険者を何人も紹介され、和尚に裏から完璧に懐柔されているアイさんにとって、イケメンではない俺や不細工なタダシは、どれだけ戦えようがただの「視界を汚す雑魚」でしかなかった。
だが――和尚の狡猾な脳内メモリは、アイ先輩のその言葉を【強さの基準】として完全に勘違いして受け取ってしまった。
(おっと、現地の管理者であるアイちゃんがここまで『ゴミ箱』『使えない雑魚』と切り捨てるってことは……こいつら、ワシの見込み違いで、戦闘力がゴミレベルの本当に役に立たない最弱の素人なんだな?)と――。
この瞬間、和尚の中で、俺たちへの評価は一瞬でゼロになった。だったら、ここでこいつらを踏み台にして、情報通のやり手ビッチであるアイちゃんの機嫌を取った方が、今後の自分のパーティーにとってよっぽど利益になると判断したのだ。
「ギャハハハハ! なんやアイちゃんがそういうなら、こいつらは見込みもない弱い雑魚なんか! 確かにアイちゃんの言う通りだわ! おいおいタダシくん、衛兵のくせにその顔面はギルドの規約違反(不細工)じゃないの!? 景観損害罪でキック対象だよ! あ、そっちのレンくんもさぁ、毎日スライム相手に何往復もトボトボ歩いて、前世で奴隷の足踏みでも担当してたわけ!? ウケるわぁ!」
……態度が、一瞬で急変した。
さっきまでの「優しい人格者」のオーラは完全に消失。一時期テレビで流行った、内輪の悪意あるノリで特定の人を執拗にいじり倒して周囲の笑いを取る、あの最低な『イジり芸』の暴挙が、ギルドのロビー中に大声で響き渡った。
「ぶ、副長……? 何を仰って……」
たった今、一緒に戦って「君みたいな人材が欲しい」とまで言ってくれた男からの突然の裏切り。すべては、ただの調子の良い品定めと、勘違いによる切り捨てに過ぎなかったのだ。
タダシがショックと怒りで一歩前に出ようとした瞬間、男はニヤニヤしながら、大規模パーティーを率いる実力と威圧感(魔力)をツッコミの形を借りてタダシの胸元にドンと叩き込んできた。
「おっとタダシくん、素人が色気づいて大規模パーティーの副長に反抗期かぁ? 10年早いんだよ(笑)」
「ぐはっ……!?」
言葉の暴力の裏に仕込まれた、B級上位の容赦のない魔力の引き波。タダシはその衝撃で後ろへよろめき、胃を押さえて苦渋の汗を流した。力技でも、都会のクランの権威を前にしても、田舎の冒険者には手出しができない。
――世渡りの上手さと、イケメンを貢ぐ狡猾さ。そして相手の評価を見て一瞬で他人を裏切り、格下を玩具にする、通称【はげゴブリン副長】。
それが、この男の真の、醜悪な正体だった。
(……おい。前世の、あの人を使い潰していたブラック企業の上司と、中身が全く同じじゃねえか……)
はげゴブリン副長のニヤニヤした笑顔と、周囲のヤジ馬たちの嘲笑。それが俺の網膜に映った瞬間、前世のブラック企業で毎日毎日浴びせられた、「お前は使えない」「代わりはいくらでもいる」というパワハラ上司の罵倒が、強烈なフラッシュバック(トラウマ)となって俺の脳内を直撃した。
吐き気がする。胸が引き裂かれそうに痛い。
俺のSAN値(正気度)は、マイナス30の底から、さらに地の底の深淵へと一気に削り落られていく。
(……くそっ、今すぐここで、このハゲ頭を叩き潰してやりたい……!)
怒りで俺の魂が激しく燃え上がる。だが、ここはギルドの受付――冒険者同士の私闘が固く禁じられた【完全安全地帯】だ。ここで手を出せば、規約違反で俺たちが一発でBAN(追追放)される。
そんな俺たちのジレンマを見透かしたように、はげゴブリン副長はさらにニヤニヤと意地の悪い笑みを深め、
「じゃ、ワシはアイちゃんとこれから美味い酒場に行って、次のメンバーの相談でもしてくるからさ。君たちはまた明日から、地味〜にスライム相手に足踏み(レベル上げ)頑張ってね。ギャハハハ!」
と、俺たちの肩をポンポンと叩き、アイ先輩と共にロビーの奥へと消えていった。
残されたのは、嘲笑の余韻と、完膚なきまでにプライドを粉砕されて俯くタダシ。そして、前世のトラウマを抉られてただ立ち尽くすしかない俺。
「……耐えるしか、ないのか」
俺は震える拳を血が出るほど強く握りしめ、ただやせ我慢でその屈辱を飲み込んだ。
和尚は俺たちのことを「ただの見込みのない最弱の雑魚」だと完全に勘違いしている。今はひたすらこの理不尽をただひたすらに我慢するしかなかった――。
(8話 完




