【第6話】「豪雨の格安迷宮と、石像化する老人」
外は激しい豪雨。ダンジョンへと続く田舎の道には、人っ子一人歩いていない。
だが、これこそがエントリー料金が安い『田舎ダンジョン』の最大のメリットだ。
「よし……今日は雨のおかげで人が少ない。これなら誰にも邪魔されず、静かに基礎体力を鍛えるレベル上げ(ノルマ)をこなせるぞ……!」
俺は家から徒歩3分の『初級魔力層』へと、久々に軽い足取りで足を踏みに入れた。
だが、その淡い期待は一瞬で打ち砕かれた。
ドガガガガガバキキキィィィン!!!
「オォォォッ!! 人がいない! カズキもいない! ということは、この通路は実質、俺とアイちゃんだけの愛の巣だぁぁぁッ!!」
(……いや、俺がいるんだけど。あと、脳内お花畑すぎてマジで手遅れだろこのオヤジ!)
通路のど真ん中で、いつも以上のクソデカい土煙と衝撃波を撒き散らしている【脳筋戦士・コイキング】。
今日のそいつは、人が少なくてカズキ先輩もいないという解放感から、いつもより異常なまでに張り切りまくっていた。
ドッパーーーーン!!!
「がはっ……!? クソッ、おじさんの無駄なハッスル(下心)のせいで、衝撃波『しおふき』が【広範囲濁流波動】に進化してやがる……!」
あまりの理不尽な暴走に、俺の肉体と精神にガツンと重いダメージが突き刺さる。
俺の固有スキル【不屈の正義】を発動させるためには、相手の理不尽を『3回』直撃で喰らわなければならない [1.1]。だが、おじさんのハッスル火力が強すぎて、2回、3回と喰らうたびに、素人の俺の骨格がミシミシと悲鳴を上げた。「ぐっ……だが、この3回を耐え抜くための、毎日のレベル上げだろッ!!」
【不屈の正義カウント:3/3――ハッスル・コイキング、解析完了!】
ピキィィィン! 4回目、おじさんの放った最大級の衝撃波が、俺の身体をただのそよ風のようにすり抜けて完全に【無効化】される。
だが、今日に限って、コイキングおじさんの暴走を止めてくれる熱血衛兵のタダシの姿はどこにもなかった。今日はお休み(シフト外)らしい。
代わりに管理高台に立っていたのは、見るからに気の弱そうな、まぁまぁイケメンの新人衛兵だった。新人は「ひぇぇ、おじさん暴れないでくださいぉ……」と涙目でオロオロするだけで、全く機能していない。
タダシがいない。コイキングは無敵バリアで手玉に取った。
(よし……タダシの公開処刑(拡声器)がないのは寂しいが、今日は誰にも絡まれず、のんびり楽に冒険を終わらせられるぞ)
そう確信し、俺がフゥと息を吐いて通路の脇(避難ゾーン)へ一歩下がろうとした、その時だった。
(…………うおっ!? び、びびったァァァ!!!)
俺のすぐ後ろ、通路の死角に、一切の気配を消した『謎の石像』が佇んでいた。
よく見るとそれは、白髪交じりの【常連の爺さん冒険者】だった。
その爺さんは、一切戦う素振りを見せず、ただ通路の脇にピタッと固まったまま、両手を突き出した『謎の戦いの構え』のままで完全フリーズしていたのだ。
「な、なんだあの爺さん……。構えたままピクリとも動かない。気味が悪すぎるだろ……」
下手に触れて新手のトラップが発動しても困る。俺は関わらないようにそっとしておき、爺さんから離れた位置で、黙々と自分のノルマのレベル上げ(徒歩移動)を続けることにした。
――だが、数分後。
何往復かして、俺が通路の端でフッと息を吐き、何気なく後ろを振り返った瞬間だった。
(っ……!? 嘘だろ、なんでそこにいるんだよ!!)
さっきまで遥か遠くの壁際にいたはずの『戦いの構えの爺さん』が、いつの間にか、俺のすぐ真後ろ、コンマ数センチの至近距離に無音で直立していた。
爺さんは最初の『戦いの構え』を寸分違わず維持したまま、死んだ目でじっとコイキングの戦闘を定点観測している。
(おい! コイキングの雑魚だけじゃねえ! このダンジョン、放っておいたら無音でにじり寄ってくる『ワープ型の石像モンスター』が湧き出るバグマップなのかよ……!?)
背後に佇む石像爺さんの不気味すぎる生態に、心臓が口から飛び出そうになった。
その時、管理カウンターから、見た目が派手で狡猾なアイ先輩の声が響いた。
「ねえねえ新人くん♪ 先輩の私が、ダンジョンの『正しい見張り方』をマンツーマンで教えてあげるから、ちょっと奥の作戦会議室に行こっか♪」
「えっ、あ、はい! よろしくお願いします、アイ先輩!」
カズキ先輩がいないのをいいことに、アイちゃんは気の弱そうな新人イケメン衛兵を言葉巧みにハメて、そのまま完全に仕事を放棄してダンジョンの奥へと仲良くフェードアウト(ふけて)していった。他所のギルド長すらキープしているという、彼女の徹底した「狡猾ビッチ」としての営業が今日も死角で輝いていた。
――だが、そのアイちゃんが完全に視界から消え去った、まさにその瞬間。
「あ、アイちゃん……!? 俺を一人残して、新人の若い男と奥の部屋へ……!? ──う、うおおおおおおお!!! 完璧な『完全放置プレイ』だぁぁぁぁぁッ!!! ご褒美すぎるぞぉぉぉぉぉ!!!」
通路の真ん中で、コイキングおじさんの叫び(狂気)がこだました。
アイ先輩が消えたことで絶望するどころか、極上の放置プレイを喰らったおじさんのテンションは限界突破。頬を怪しく紅潮させ、「アイちゃんに無視されてる……俺はいま、最高に放置されてるぞぉぉ!」と、謎の充実感と恍惚の表情を浮かべてその場に完全フリーズしてしまった。
「……いや、そっちの方向で喜ぶのかよ! マゾの進化スピードが早すぎてついていけねえわ!」
俺はおじさんのあまりにも突き抜けた変態っぷりにツッコミを入れつつ、呆れ果ててため息をついた。
気がつけば、今日の分の魔物のノルマもすべて消化し終えていた。
「……ふぅ。とりあえず、誰にも直接は絡まれなかったし、今日のノルマも無事に終わったな」
俺は肩の力を抜き、充実感の混じったため息を吐きながら、格安ダンジョンの出口へと向かった。
タダシの熱血な大声に耳を塞ぐ必要もなく、イキり都落ちコンビに後ろから煽られることもなかった。背後に佇む石像の爺さんには心臓が止まるほどビビらされたが、実害はゼロだ。
アイ先輩は気の弱そうな新人を連れて奥の部屋へフェードアウトしたままだし、究極の放置プレイに満足して通路の端でフリーズしているコイキングおじさんは、もう勝手に昇天しているだけで無害。
世界は相変わらずバグっていてカオスだし、俺の精神(SAN値)の大事な部分は削られたままで固定されているけれど。
「よし、宿屋に帰って、キンキンに冷えた麦茶を飲もう」
タオルで前髪の魔力水を拭い、俺は豪雨が小降りになった田舎町の景色を見つめる。
色々あったし、異世界には面倒くさい奴らしかいないけれど――
「――あー……、今日は平和だったなー」
俺はぽつりと呟き、心地よい疲労感と共に、家から徒歩3分の我が家へと歩き出すのだった。
(第6話・完




