第57話:泥を啜った社畜の逆襲(4)〜装備一新と、過去の『毟られ傷』の買い戻し〜
オータム男爵領への旅立ちを前に、俺はまず、当初の予定通り性能が良く動きやすい鎧の注文を行うため、馴染みの武具店へと足を運んだ。
ここはかつて、ソイの理不尽なファイアーボールを生身で受けるためだけに、特注の耐熱軽鎧を作ってもらった店だ。扉を開けると、頑固そうな親方が目を見開いて俺を迎えてくれた。
「おい、レンじゃないか! 本当に心配していたんだぞ。……ギルドの奴から聞いた、疑いが完全に晴れたんだってな! よかった、本当によかった!」
「ご心配をおかけしました、親方。お陰様で、公式に無実が証明されました。……それで今日は、次の仕事に向けて、新しく動きやすくて防御力の高い鎧を見繕ってほしくて来ました」
俺の言葉に、親方は「任せろ!」と胸を叩いた。これからのケイジとの決戦――対人戦や不意の魔法攻撃を想定し、極限まで身軽さを維持しつつ、致命傷を完全に防ぐ上位の軽量高密度軽鎧を選び出す。ただ、俺の体型に完璧に合わせるサイズ調整などで、引き渡しまでに「二日間」はかかるとのことだった。
さらに俺は、腰の魔剣と約束していた『居心地の良さそうな鞘』のテーラーメイドでの調整も合わせて依頼した。
仕上がりのイメージは、深く美しい黒い漆塗りの立派な鞘だ。
「これならどうだ?」と親方が持ってきたベース of 鞘に対し、腰の奥から(ほう、こいつはなかなか通な構造をしてやがる。俺の魔力波形にも馴染みそうだ。合格!)とプーエルの満足げな念話が響く。
俺は鎧と鞘、両方の代金を軍資金から全額前払いで支払い、二日後の受け取りを待つことにした。
◇
鎧が完成するまでの二日間、俺は商人の街を巡り、これまでお世話になった人たちへ礼を言うことにした。
まずは少し街から離れるが、都会で全てを毟り取られて行き倒れていた俺を救い、初心者の街の宿屋を紹介してくれた命の恩人――木こりの元へと足を運んだ。
「よう、レン。元気そうだな」
切り出した薪を抱えた木こりは、俺の姿を見て白い歯をこぼした。俺は、横領の冤罪を完全に晴らしたあらましを説明し、カバンの隅を指さした。
「そっちの宿屋では本当に良くしてもらっています。それと……これ、宿屋の娘さん、あんたの姪っ子ちゃんから貰ったんです。無くしたら大号泣するって脅されてるんで、死ぬ気でホールドしてますよ」
俺が星型のチャームを見せると、木こりはガハハと豪快に笑った。
「あいつ、そんなものをお前にか! いやあ、元気いっぱいで相変わらずお転婆だろう。あいつにお前ほどの護衛がつくなら安心だ。……お前ならそうやって這い上がってくると思っていたよ」
木こりはそう言って、俺の肩を力強く叩いてくれた。
次に向かったのは、セキアが率いるクラン『鉄華の灯』だ。俺はセキアにも今回の横領事件のあらましと、ロバート君によるホーリーの自白ハックの全貌を共有した。
「セキア、お陰様で実行犯のホーリーを捕まえることができた。本当にありがとう。……それと、一つ聞きたいんだが、ここからホーリーについていった元メンバーたちの特徴を教えてくれないか?」
セキアは記憶をたどりながら、真剣な面目で答えてくれた。
「そうね……。抜けたのは二人。一人は大盾を持った図体の大きい割に気が小さい重戦士で、もう一人は手癖の悪い小柄な短剣使いよ。二人とも前衛としてはそこそ公の腕だったけど、とにかく規律を守らない素行不良者だったわ」
「重戦士と短剣使いか。助かる、頭に入れておく」
セキアは少し寂しげに微笑み、机の引き出しから小さな金属製のバッジを取り出して俺の手に握らせた。それは『鉄華の灯』の公式なクランバッジだった。
「クランに入れって言っているわけじゃないわ。でも、これを持っていきなさい。これがあれば、他の街や領地に行ったときに、中規模クランの保証があるとして少しは信用されるはずだから。それに、あなたこれからあのオータム男爵領に行くのでしょう?」
「ああ。あいつと、決着をつける」
やり手の彼女らしい、極めて実用的で心のこもった配慮だった。世界への信頼メモリがマイナス固定の俺にとっても、この温かさは素直にありがたかった。俺はバッジを大切にポケットへと仕舞い込んだ。
その足で、ギルドのシーダさんを訪ねて最後のお礼を言った。
シーダさんは相変わらずの帳簿の山を前に、眼鏡の位置を直しながら俺を見た。
「おや、レン君。……実はね、あのホーリーという女、調べれば調べるほど悪辣さが分かってきましてね。ホーリー(Holly)なんて可愛い名前ではなく、もはやイビル(Evil:邪悪)と呼んだ方がいいくらいだ、ハハハ」
冗談めかして笑うシーダさんだったが、すぐにその表情を引き締めた。
「ですがレン君、もし君がケイジを追ってオータム領へ行くつもりなら、かなりの準備をしていきなさい。ホーリーの供述によると、ケイジは一部の腐敗した貴族や教団から、かなり黒い依頼(暗殺や裏工作)をいくつも受けていたようです。一筋縄ではいかない、君が思っている以上に質の悪い男ですよ」
シーダさんの警告に、俺は背筋が寒くなるのを覚えた。女たらしの横領犯どころか、本物の闇の仕事人――本物のトクリュウのボスか、あいつは。ケイジという男の底知れない質の悪さを、俺は改めて再認識させられた。
「忠告、深く肝に銘じます」
お礼を言ってギルドを出た。
確かに、あいつを合法的にすり潰すためには、もっと泥臭い準備が必要だ。俺は、街のありとあらゆる怪しい物資や掘り出し物が集まる裏商店街を巡ることにした。
その道中、薄暗い路地裏のゴミ箱を、必死の形相であさっている大男の姿が視界に入った。
泥にまみれ、街で待つ妻子への仕送りすら忘れて清楚トラップに溺れていた、ウシオ(馬鹿ウシ)らしき人影――。
「……いや、見なかったことにしよう。ただの見間違いだ」
都会の消費社会に呑まれた元奴隷の成れの果てなど、俺のリスク管理メモリに割くスペースはない。俺は冷酷に視線を逸らし、先を急いだ。
裏商店街の様々な店を物色していると、ある露店の片隅で、過去にケイジたちに全てを毟り取られた際、売却されて流れた俺の旧装備がいくつか並んでいるのを見つけた。
鎧などの大物はすでに売れてしまっているようだったが、いくつか小物の類は売れ残っている。あいつらに奪われたまま裏社会に流されているのは、社畜としてのプライドが許さなかった。俺はそれらをすべて買い戻すことにした。
そしてその売れ残りの中に、一際苦い思い出が詰まった品があった。
簡単な小道具を入れるための特製ウエストバッグだ。
かつてサラリーマン冒険者時代、俺が奮発して値の張るものを買い、嬉そうに身につけていたものだ。しかしそれを見たエリーは、あの男の本能をくすぐる「地味系清楚トラップ」を実に巧妙に発動してきたのだった。
『レンさん、それ、すごく素敵なバッグですね……。あ、そうだ。この前の治療(ソイのファイアーボールの巻き添え)のお礼をまだしていませんでしたよね。お礼をするって言たのは、それですか……?』
そんな風に上目遣いで、あたかも俺が治療費の代わりにそのバッグを貢ぐかのような空気を作り、外堀を埋めるように囲い込んできたのだ。
さらに最悪なことに、そこに事情を全く分かっていない馬鹿のソイが途中で割って入ってきた。
『ちょっとぉ、レンがエリーにプレゼントしてくれるって言うんだからぁ、ありがたく貰っときなさいよぉお! レン、あんたもたまには気の利いたことするじゃないのぉお!』
語尾を汚く伸ばしながら半ば強引にまくし立てられ、その場の同調圧力と外圧によって「レンからの自発的なプレゼント」という事実が無理やり確定させられてしまったのだ。そして代わりに『はい、じゃあこれあげますね』とエリーが使い古したボロボロのバッグを押し付けられた。
思い出すだけで、あまりの理不尽さとあいつらの胸糞悪い連係プレイに奥歯がガタガタと鳴る。
俺はきっちりと金貨を支払い、その思い出のウエストバッグと小物のすべてを買い戻した。
さらに、対人戦で使えそうな目潰しの粉や、隠し紐、いくつかの便利な消耗品を仕入れ、取り戻したバッグの中に詰め込んでいく。
過去の傷を一つ一つ回収し、冷徹なリスク管理の仕込みを行っているうちに、約束の二日間はあっあっという間に過ぎていった。
57話 完




