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第56話:泥を啜った社畜の逆襲(3)〜虚しさと、決戦のオータム男爵領〜

ギルドの最上級審査官室。重厚なマホガニーのデスクを挟んで、俺はシーダさんと向かい合っていた。その斜め後ろには、昨日ホーリーの家に見事潜入し、完璧な自白を引き出してみせたロバート君が、どこか誇らしげな、それでいて少し緊張した面持ちで直立不動の姿勢をとっている。

「シーダさん、今回は本当にありがとうございました。若いロバート君への『勉強の場』なんて偉そうなことを言って、今思えば恥ずかしい限りです。さすがシーダさんの部下だけあって、非の打ち所がない完璧な詰問でした。こちらのほうが勉強させていただきたいくらい、見事な手腕でした」

俺はまっすぐシーダさんを見つめ、素直な感心と深い感謝を込めて頭を下げた。前世のブラック企業では理不尽な対応ばかり見てきたが、こうして組織の力を正しく、かつ鮮やかに振る舞える有能な人物には心からの敬意が湧く。

対するシーダさんは、お役所仕込みの当たり障りない笑顔を浮かべ、眼鏡の奥の目を細めた。

「そんなことはありませんよ、レン君。我々はただ、手続きに従ったまでです。……さて、君が気になっているであろう、連行されたホーリーの取り調べ状況ですがね」

シーダさんは手元の極秘書類に目を落とし、小さく苦笑した。

「最初はそれはもう大騒ぎでしたよ。『ハメられた!』だの『違法捜査だ!』だのと、捜査室の壁が震えるほど喚き散らしていました。ですが、我々が『ギルドは匿名の通報を受け、そこに重大な犯罪の重要参考人がいるから話を聞きに行ってくれと頼まれた結果、手続き通りに赴いた。違法性などどこにもない』とドライに突っぱねたところ、一気に大人しくなりましてね」

「それは見事な対応ですね」

「いやはや、驚いたのはその後ですよ」

シーダさんは少しだけ声を潜め、呆れたように首を振った。

「彼女の口から出るわ出るわ……我々の想定以上に多くの犯罪を行っていて、こちらがびっくりしましたよ。詐欺、闇ロンダリング、果ては下っ端を使った誘拐や強盗の計画までね。そして、君が最も知りたがっているであろう、ケイジという男の現在地ですが」

俺の背筋が、一瞬で冷徹なビジネスモードへと切り替わる。

「……あいつは今、どこにいますか」

「オータム男爵領です。そこの未亡人に取り入り、あろうことかその男爵領そのものの乗っ取りを計画しているとのことです」

オータム男爵領。ここから数日はかかる、新興の貴族領だ。あいつはソイを操ったように、今度は本物の貴族の未亡人を騙し、領地ごとのっとるつもりらしい。トクリュウのボスに出世したつもりか。

「これで、君にかけられていた横領の疑いは100%晴れました」

シーダさんは一枚の公式書類――『即時免責および無実証明書』を俺の前に差し出した。

「君の勝ちです、レン君。もうどこへ行っても、君を咎める者はギルドにはいませんよ」

「――感謝します」

俺は深く礼を言い、その証明書をカバンへと仕舞い込んだ。

◇

次に向かったのは、ソイの屋敷の会計係室だ。部屋には、呼び出されたソイとエリー、独立した会計の老人が待っていた。俺は一言も喋らず、シーダさんから貰った無実証明書、そしてホーリーの供述が記録されたギルド公式の手紙を机に叩きつけた。

「経緯の報告だ。俺の横領の罪は完全に晴れた。実行犯のホーリーはギルドに連行され、すべてを白状した。お前たちの実家から金を毟り取っていたのは、俺ではなくケイジだ」

その事実を突きつけられた瞬間、一番取り乱したのは公害お嬢様ソイだった。

「な、何よこれぇ……っ! 嘘に決まってるじゃないのよぉおーー! ケイジがそんなことするわけないでしょぉお!? だって、だってあの人は、私とぉ……っ!」

悔しさと困惑をにじませ、語尾を汚く伸ばしながら叫ぶソイ。頭の悪い彼女なりに、目の前の公的書類と突きつけられたファクトによって、自分が都合よく騙され、利用されていたのだという事実をようやく理解したのだろう。ソイは憤慨を通り越して、完全に放心したようにその場にヘナヘナと崩れ落ちてしまった。

「……ソイちゃん?」

その隣で、エリーの顔から完全に血の気が引いていた。男は道具と割り切る超合理主義のエリー。だが、彼女の行動原理の根底には、ソイへの歪んだ好意(百合)があった。ソイが実はケイジとデキていたという裏切り、そして今まさに目の前でケイジのせいで廃人のように壊れていくソイの姿を見て、エリーは脳内計算が完全に狂い、激しい舌打ちをすることすら忘れて凍りついていた。

空中分解したパーティーの成れの果てを見つめながら、俺は小さく息を吐いた。

正直、胸がすくような気持ちにはなれなかった。仮にも昔、一時的とはいえ同じパーティーで動いた仲間だ。ケイジという本物の悪魔に食い物にされ、いいように利用された彼女たちに対して、同情の念が湧かないわけではない。こいつらもまた、被害者なのだ。

だが、それはそれ、これはこれだ。俺にはこれから、理不尽な宿敵との決戦が待っている。そのためには、どうしてもこれからの装備を整えるための軍資金が必要だった。

「さて、疑いも晴れたところで、旅の清算をしてもらおう。それと……この件にかかった最低限の諸経費も合わせてな。今後の装備を買い揃えるために、金が必要なんだ」

俺の極めて現実的で容赦のない請求に対し、放心したソイたちは何も言い返せなかった。会計のじいさんが真っ青になりながら、ソイの個人口座から、潤沢な金貨を俺の袋へと詰め込んでいく。

金を回収し、用件を済ませた俺は、長居することなく屋敷を後にした。

通りに出たところで、俺の腰のあたり――プーエルから、低く呆れたような念話が響いた。

(……おい、レンよ。今回はずーっと黙って見ていたがよぉ。……人間のほうが、よっぽど悪魔だな)

「そうかもな。だが、悪魔に食い荒らされた泥水を啜って生き延びた社畜は、それ以上にタフで執念深いんだよ」

俺はカバンの隅で揺れる、あの初心者の街の下宿の娘から貰った星型のチャームにそっと触れた。これを返しに、あの穏やかで温かい街へすぐにでも帰りたい。……だが、その前にやるべき仕事が残っている。

「オータム男爵領、か」

お気持ちハックで女を騙し、トクリュウじみた犯罪組織のボス気取りで領地をのっとろうとしている宿敵ケイジ。

今度こそ、あいつの理不尽を100%完全無効化して、社会の奈落へと叩き落としてやる。俺は次なるパートでしっかりと装備を更新し、すべての決着をつけるため、オータム男爵領への旅路の準備を始めた

56話 完


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