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第55話:泥を啜った社畜の逆襲(2)〜『トクリュウ』の自白ハックと、若手職員のプロ芸〜

セキアから得た住所を頼りに、俺はまず本当にホーリーがそこに住んでいるかの現地確認を行った。

高級住宅街の裏手にある、いいかにも成金好みの派派な隠れ家アパルトマン。物陰からじっと監視を続けていると、若作りの痛い格好をした見覚えのある女性――ホーリーが、周囲を気にする風でもなく堂々と出入りするのが見えた。生存および在宅の確認は完了だ。

俺はすぐに、懐から用意してきた「ケイジからの手紙」を取り出した。


前世のブラック企業時代、無理難題を押し付けてくる取引先や上司の心理を想像するテクニックや、トラブルの際の都合のいい言い訳を嫌というほど処理させられてきた経験がここで活きる。ケイジという「外面はいいが、裏では女にだらしなく、金のために相手を繋ぎ止めておくゲス」の精神構造なら、間違いなくこれくらいは書だろうという文面を、彼の筆跡を模倣して書き上げたものだ。


『愛しのホーリーへ。今は2人のプライベートギルドの資金を稼ぐために頑張っているよ。今回、たまたま知り合って有望な若者と知り合えたので紹介するから面接してほしい。例の裏の仕事のことも少しだけにおわせてあるので、使えるかどうか見てほしい。愛をこめて、ケイジより』


うさん臭い愛の言葉を並べ立てたその手紙を、俺は夜のうちに彼女のポストへと静かに投函した。

正直なところ、この手紙だけで釣れるかどうかの確証はない。もし手紙を不審に思われればこの作戦は失敗。その時はまた別の泥臭いローラー作戦を考え直すだけだ。だが、今回の実戦テストには、最上級審査官シーダさんの部下であるなら有能に違いない、ロバート君という最高の人材を配置している。俺は彼にすべてを託すことにした。


◇

翌日。俺はロバート君と共に、再びホーリーの家へと向かった。

もしあの手紙が失敗していれば、ドアを開けられた瞬間に追い返されるか、家の中にすら案内されないだろう。俺が最悪のケースを覚悟して物陰から見守る中、ロバート君が緊張した面持ちでアパルトマンのチャームを鳴らした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ほんの数十秒の後、ドアが開く。

「……で、あなたがケイジくんの手紙にあった男の子?」

出てきたホーリーは、最初は目を細めて値値するような、少し疑うそぶりを見せた。ケイジの紹介とはいえ、裏の仕事に関わるメンバーの面接だ。彼女なりに最低限の警戒心はあったのだろう。

しかし、ロバート君は少しも動じることなく、極めて自然な笑みを浮かべて頭を下げた。


「初めまして、ホーリーさん。ケイジ先輩からは、この世の誰よりも信頼しているホーリーさんに、僕の面接を任せると仰っていましたよ」


「えっ、ケイジくんが……そんなことを?」

その言葉は、男への未練と独占欲の塊であるホーリーにとって、何よりも最高の甘言だった。一瞬で顔をほころばせる彼女に対し、ロバート君はさらに畳みかけるように自身の「経歴」を語り始める。

元々ギルドの最上級審査官の元で鍛えられているロバート君は、紛れもない本物のエリートだ。冒険者風に多少のフェイクを交えつつも、語られる実績や知識には一切の淀みがない。嘘をつく人間の特有の「間」が全くないその完璧な受け答えと、非の打ち所のない顔の良さ。その二つが合わさった瞬間、ホーリーの猜疑心は跡形もなく完全に融解した。


「あらぁ! あなた、本当にしっかりしてるし、何より顔がいいわねぇ! ケイジくんの次にタイプかも!」

すっかり上機嫌になったホーリーは、すんなりと彼を家の中へと招き入れた。


「よし……第一関門突破だな」

俺は音もなく安堵の息を漏らすと、即座にホーリーの家の窓際へと回り込んだ。建物の死角に身を潜め、気配を殺して中の会話の盗聴を開始する。


薄い窓ガラス越しに、ホーリーの浮かれた声が漏れ聞こえてきた。

・・・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・

「ねえ、ケイジくんは最近ちっとも会いに来てくれないんだけど、元気にしてた? いつごろ今の仕事が終わるのかしらぁ」

「ええ、先輩もホーリーさんに早く会いたがっていましたよ。今は新しいギルドの立ち上げ準備でどうしても動けなくて」

ロバート君は絶妙な距離感でホーリーの承認欲求をコントロールし、完全に会話の主導権を握り続けている。

(さすがはシーダさんの部下だな。プロの芸当と言っていい)

窓の外で、俺はロバート君の見事な誘導尋問ぶりに内心で深く感心していた。

ロバート君の淀みないエリートな経歴を聞き終えたホーリーは、テンションを最高潮に達させた。


「うん、決めたわ! あなた合格よ! 今回はケイジくんの特別な紹介だし、こんなに優秀でイケメンなんだから、簡単な下働きじゃなくて最初から上のポジション(幹部候補)に据えてあげる!」


「ありがとうございます! 光栄です。……でも、僕のような新人がいきなりそんな上のポジションで大丈夫ですか? ケイジ先輩から『裏の仕事』があるとは聞いていますけど、僕に足を引っ張らずにこなせるかどうか……」


ロバート君が少し不安そうな声を装うと、ホーリーは完全に得意絶頂になり、大きく頷いた。

「それなー! 最初はみんな不安よね。でも大丈夫、うちのクランの裏の仕事なんて、それこそ腐るほどあるんだから! 下手したら、ちょっとした『誘拐』や『強盗』の計画だって含まれてるのよ? あ、そうそう、この前なんかね、大商人の屋敷の会計から回ってきた『黒い支払書』を使って、店側に怪しまれないように複数の違う店舗で一斉に高級品を分散購入して、パパッと現金に換えちゃったの。これであの鬱陶しいレンって男に全部罪を擦り付けて、公式に追放させてやったわけ!」

誇らしげに、過去の犯罪行為をベラベラと自慢し始めるホーリー。


窓の外でそれを聞いていた俺は、冷ややかな視線のまま、心の底から呆れ果てていた。

(何が上のポジションだ。やっていることは、指示役がいて、名義を偽装して、役割口座と出し子を使って資金を洗浄しているだけ……それどころか誘拐や強盗まで手を染めているなんて、前世のニュースで嫌というほど見た『トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)』そのものじゃねえか。ただの犯罪組織を大層なクランと呼ぶなよな。……だが、これで俺を嵌めた黒い手形の件も完全に繋がった)

言い逃れのしようがない、確実かつ決定的な自供がすべて揃った。

その瞬間、ロバート君のそれまでのへりくだった態度が一変した。彼はスッと背筋を伸ばし、先ほどまでとは違う、極めて理性的でさわやかな笑顔を浮かべて立ち上がった。


「お話、非常によく分かりました。では、行きましょうか」

ホーリーはぽかんとした顔で、彼を見上げた。

「え? 行くって……どこへ? ケイジくんのところ?」

「いいえ」

ロバート君は懐から、カチリと音を立てて金色の紋章が刻まれたプレートを取り出し、彼女の目の前に突きつけた。

「ギルドの『捜査室』ですよ、ホーリーさん。私はギルド最上級審査官補佐、ロバートです」

突きつけられた公式の身分証明書。現れた監査官補佐の紋章。外からは完璧な新人に見えた青年の正体が、ギルドの警察権力そのものだったという冷酷な現実。


さっきまで「それなー!」と若者言葉を使って浮かれていたホーリーの顔から、一瞬にして血の気が引き、土気色へと変わっていった。

55話 完



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