第54話:泥を啜った社畜の逆襲(1)〜かつての恩義と、若手職員への『教育』の提案〜
新進気鋭の中規模クラン『鉄華の灯』の事務所は、商人の街の目抜き通りから一本入った、利便性の高い一等地に居を構えていた。
行き交う構成員たちの足取りは軽く、活気に満ちている。かつて俺が、都会で全てを毟り取られる前に少しだけ「仮所属」という形で雑務や穴埋め依頼を引き受けていた場所だ。
「――あら。レンじゃない。無事だったのね」
受付の奥から現れたのは、クラン長であるセキアだった。
艶やかな髪を一つにまとめ、機能性と美しさを両立させた軽鎧を纏った、若くも極めてやり手の女性マスターだ。新進気鋭の組織を率いるだけあって、その眼光は並の冒険者よりも遥かに鋭く、それでいて知性に溢れている。
「久しぶりだな、セキア。アポなしで悪かった」
「いいのよ。それより……生きていたのね。あの例の『持ち逃げ事件』の街の噂を聞いたときは、正直信じられなかったけれど。あなたのような慎重でまじめな人が、あんな杜撰な横領をするはずがないって、私はずっと思ってたわ」
セキアは俺をクラン長室へと通すと、すぐに温かい茶を淹れてくれた。その気遣いが、ブラック企業の過酷な日々で冷え切った心に少しだけ染みる。
俺は余計な感情論や愚痴を一切省き、ソイの屋敷の会計係から毟り取ってきた『請求調査依頼証明書』を机に提示しながら、本題を切り出した。
「実は、その一件で街の一軒一軒をあたるローラー捜査をしていてね。ある人物の足取りを追っているんだ。ホーリーという、無理して若者言葉を使う中年の、自己顕示欲の強い女性なんだけど……色々なところで若い冒険者に声をかけているようだが、このクランにきたことはないか?」
セキアは差し出された書類と俺の顔を交互に見つめ、ふっと深く同情するような溜息をついた。
「本来ならクランの内規で接触者の情報は不開示なんだけど……レン、あなたには過去にたくさん助けてもらったものね。特例として教えるわ。……ええ、確かにそのホーリーって女性、うちにも出入りしていたわよ」
「目的は?」
「有望な若いメンバーの囲い込み(スカウト)ね。『それなー!』とか言いながら、金と甘言で釣ろうとしていたわ。実際に数人の若手が彼女についてクランを抜けていったわよ。……もっとも、ついていったのは元々素行が悪くて、うちでも重要視していなかったお荷物メンバーだけだから、実害はないものとして放置していたのだけれど」
セキアはそう言うと、手元の羊皮紙にさらさらとペンを走らせ、俺の前に差し出した。そこには、ホーリーが現在潜伏している潜伏先――正確な「やさ(住所)」が記されていた。
「これ、彼女の今の家よ。高級住宅街の裏手にある、成金向けの隠れ家アパルトマンね」
「助かる。本当にありがとう」
俺が深く頭を下げ、書類をカバンへ仕舞い込もうとした時だった。カバンの隅で揺れる、初心者の街の下宿の幼女から貰った「星型のチャーム」がセキアの目に留まる。彼女は少しだけ目を細め、意を決したように俺を見つめた。
「……ねえ、レン。もし今でもその気があるなら、うち(鉄華の灯)に正式に入らない?」
「セキア……」
「当時の誘い、まだ有効よ。あなたほどの卓越した雑務処理能力とリスク管理があれば、うちはさらに上を目指せる。あのケイジとかいう男にハメられた傷だって、うちが組織として守ってあげるわ」
非常にありがたい、涙が出るほど魅力的な提案だった。
だが――俺はカバンの中の星型チャームをそっと指先でホールドし、己の胸の内に巣食う固有スキル『不屈の正義』の仕様を思い出す。
3回生身で喰らえば完全無効化だが、手の内がバレて「波状攻撃」を仕掛けられれば一瞬で肉塊になるバグ。長期で人と組めば、いつか必ずその仕様が漏洩する。
「気持ちは嬉しい。……けど、俺にはまだ終わらせなきゃいけない仕事があるんだ。だから、今はメンバーにはなれない」
「……そう。相変わらず、頑固ね」
「でも、このカリはいつか必ず返す。ビジネスとしてな」
俺はそう約束を残し、鉄華の灯の事務所を後にした。
◇
次に向かったのは、ギルドの奥深くにある最上級審査官・シーダさんの尋問室だ。
コンコン、とノックをして中に入ると、一見小太りで人の良さそうな中年男性――その実、同情の罠で矛盾をあぶり出す海千山千の切れ者シーダさんが、眼鏡の奥の目を光らせて座っていた。その後ろには、前回の尋問にも同席していた若いギルド職員、ロバートが緊張した面持ちで控えている。
「おや、レン君。逃げ出さずにしっかりとこの街に滞在しているようだね」
「誓約通りですから。本日は定期報告と、これまで分かった情報の共有に参りました」
俺はセキアから得たホーリーの居住地、そしてローラー捜査で集めた「横領の犯人らしき人物を見つけた」という事実を、シーダさんの机の上に論理的かつ簡潔に並べ立てた。
シーダさんは書類をパラパラとめくりながら、呆れたように、しかし興味深そうに口端を吊り上げる。
「ほう……。横領の実行犯らしき女の居場所を特定したか。だがレン君、ギルドはお役所仕事だからね。君が直接乗り込んで問い詰めたところで、公式な証拠にはならないし、最悪の場合は脅迫罪で君が不利になるよ?」
「ええ、分かっています。それに、ホーリーは俺の顔を覚えているでしょうから、俺が直接会いに行けば警戒されて逃げられるか、口を閉ざされるのがオチです。だからこそ、シーダさん。一つ『提案』があるんです」
俺は視線を、後ろでメモを取っている若い職員、ロバートへと向けた。
「後ろにいるロバート君。彼に、現場での『勉強の場』を提供させていただけないでしょうか。具体的には、ロバート君にホーリーと直接会ってもらい、彼女から話を聞き出してほしいのです」
「えっ!? ぼ、僕がですか!?」
ロバートが裏返った声を上げ、目を丸くする。シーダさんも眉をひそめた。
「おいおい、そんな未熟な職員を放り込んで、ホーリーが素直に話すと思うかね?」
「もちろん、そこまでの段取りはすべて俺がやります」
俺は懐から、ブラック企業時代に嫌というほど偽造・処理させられてきた書類作成スキルを総動員して作った「一通の手紙」を取り出した。
「ケイジの名を騙って、ホーリーに手紙を届けます。内容はこうです。『有望な新人のクランメンバーが見つかったから、俺の代わりに面接してやってほしい。裏の仕事(横領や換金業務)のことも、ある程度は本人に教えてあるから安心してくれ』……とね。ホーリーの自己顕示欲の強さと若者好きの傾向からして、ケイジの部下を装ったロバート君が訪ねていけば、疑いもせずドヤ顔で裏の仕事をベラベラと自白し始めるはずです」
ロバート君には、ただ「ケイジの部下の新人冒険者」のフリをして話を聞いてもらうだけでいい。
それはギルドの書類仕事では絶対に学べない、生きた実地調査の勉強になる。もちろん、ギルドの公式職員であるロバート君自身が、ホーリーの口から直接証言を聞き出す形になるため、これ以上ない強力な公的証拠になる。
シーダさんは俺の合理的かつ冷徹なスキームを完璧に見抜き、ククク、と喉を鳴らして笑った。
「なるほど、実地教育か。いいだろう。ロバート、行っておいで。最上級審査官の命令だ。レン君が用意してくれた『お仕事』の現場で、特等席でしっかりと勉強してくるがいい」
「は、はい! 先輩の部下のフリですね……! 頑張ります!」
何も知らずに「勉強の機会をありがとうございます!」と緊張しながら拳を握るロバート。
よし、役者は揃った。
俺は偽造手紙を手に、痛い実行犯・ホーリーを合法的にハメる罠を静かに発動させた。
(第54話




