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第51話:お役所仕事の限界と、逆転の免責条項

商人の街のギルドへ到着した俺たちは、即座に今回の臨時パーティーの到着および解散の報告、そして細々とした報酬の清算を淡々と済ませた。

最後まで、ヒサさんは「あの魔族戦での俺の貢献度が〜」だの「使ったポーションの実費精算の割り振りが〜」などと細かく騒ぎ立てていたが、ウシオもエリーも、当然俺も、誰一人として彼に賛同する者はいなかった。味方からも完全に孤立したヒサさんは、最後はバツが悪そうにブツブツと文句を言いながら、そのままどこかへとフェードアウトしていった。第2の怪異、これにて完全パージだ。

残されたウシオはどうするのだろう。

道中、エリーの地味系清楚トラップに汚染されて色々と散財していたようだが……無事に、街で待つ奥さんの薬を買う金は残っているのだろうか。

いや、人の心配をしている場合ではない。そういう自分だって、あの機能不全パーティーの尻拭いで自腹を切らされ、出費が派手に嵩んでしまっているのだ。当初予定していた、身を守るための新しい鎧の予算がどうなってしまうのか、本気で頭が痛いのは俺の方だった。

すべての解散手続きが終わり、エリーとウシオが窓口を離れる。

俺は最後に、下品な顔でこちらを睨みつけているソイに向き合った。

「ソイ。約束通り、明日お前の実家の会計係に会いに行く。アポイントだけは確実に今すぐ取り付けておけよ」

「はぁ〜!? 分かってるわよぉ〜! パパに言って、明日の朝一番でお屋敷の監査室を開けさせてやるからぁ〜! 泣いて土下座する準備でもしてやがれってんだよぉ〜ッ!」

語尾を汚く伸ばしただみ声でギャーギャーと捲し立て、ソイはエリーを連れてギルドを去っていった。これで明日、実家の「請求書原本」を監査するルートは確定した。

──そして、俺はそのまま、ギルドの奥にある重厚な扉の別室へと呼び出された。

待っていたのは、ギルドの審査官を含めた3人の男たち。

「ようこそ、レンさん。私はギルドの最上級審査官を務めております、シーダと申します。……ああ、堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。それと、私の左右にいる若者は新人のロバートとケビンです。今回は勉強のために同席させていますが、気にせず楽にしてください」

中央に座るシーダさんは、小太りでいかにも人の良さそうな中年男だった。

ソイの実家から出されている「巨額横領罪」の件についての、公式な尋問が始まった。

対面のテーブルには、発言のログに「嘘」がないかを機械的に判定する簡易的な魔道具が置かれている。

「4ヶ月前、森の奥で別の男に呼び出され、リンチに遭ってすべてを毟り取られた……ですか。それは本当に、災難でしたね。異境の地でどれほど心細く、過酷な日々を過ごされたか……お察しいたします」

シーダさんは終始、こちらの言い分をニコニコと親身になって聞いてくれた。それどころか、俺の境遇に深く同情し、寄り添うような言葉までかけてくる。左右の新人2人は「流石はシーダさんだ、なんと温情のある審査官なんだ」と純粋に感動したような目をしている。

俺も最初は、この小太りの柔和な態度にすっかり毒気を抜かれ、道中の他愛のない余分な会話も含めて、色々なことを自然にリラックスして話していた。

──だが、会話を重ねるうちに、俺の脳の警戒メモリが不意に冷たいアラートを鳴らした。

(……待て。この人、有能すぎる……!)

シーダさんは一見すると温厚な世間話の中に、こちらの証言の時系列、登場人物の行動ログ、移動ルートの整合性を確認するための質問を、恐るべき職人技で自然に織り交ぜていたのだ。あえて強い同情を寄せることでこちらの警戒心を完璧に解きほぐし、自由に喋らせることで、綻びや『前後の矛盾』が出ないかをすべて精査している。泳がせて、無自覚な自滅を待つプロの審問。後からゾッとするような、まさに海千山千の風格だった。

気づいた瞬間、背筋に冷や汗が流れたが、俺はやましいことなど何一つないため、すべて徹底して誠実に対応して見せた。前世のブラック企業でありとあらゆる理不尽な雑多仕事を押し付けられ、ワンオペで処理させられてきた経験則をフル稼働させ、事実のみを極めて論理的に、何一つ矛盾なく並べ立てた。魔道具の針が揺れることもない。

しばらくして、俺の話に一切の矛盾がないことに納得したのか、シーダさんはふっと目を細めて得心のいったような表情を浮かべた。

「……なるほど。レンさん、あなたの言い分はよく分かりました。魔道具の波形も白だ。内容にこれだけの整合性があるのなら、あなたを地下牢へ拘束するような真似はせず、この商人の街近辺のエリア内だけなら自由に動いて良いということにしましょう。ロバート、ケビン、そのように書類を作成しなさい」

「は、はい!」

新人の2人が慌ててペンを走らせる。厳しい拘束の回避。俺のロジックが、シーダさんの高度な心理審査を突破した瞬間だった。

「ありがとうございます。ですが残念ながら、その『ケイジ』という男が書類を偽装して横領を行ったという決定的な証拠が、今のあなたには何一つない。これでは、我々もあなたの無罪を公式に証明することはできません」

「ならば、ギルドの権限で今すぐそのケイジという男の身元や、最近の金の動きを調べてくれないか?」

俺の要望に対し、シーダさんは困ったように、だが事務的に首を横に振った。

「それは不可能です。今回の訴えは、あくまで『ソイの実家』から『レンさん個人』に対して提出されたものです。ギルドとしては、被害届の出ているあなたを処理する権限はあっても、告訴状すら出ていないケイジという男を公式に調査する名目も、人員の余裕もありません」

お役所仕事──。

冷酷な一言だったが、前世で人員不足の限界組織の雑務をいくつも処理してきた俺の経験則からすれば、「まあ、そんなものだろうな」と妙に納得がいく話でもあった。限られたリソースで動いている組織は、規約の枠の外にあるイレギュラーには絶対に動かないのだ。

結論として、今回の横領の件が完全に片付くまで、俺がこの商人の街から逃亡しないことを証明するための『誓約書』を書かされることになった。

だが、俺はただ言われるがままにサインするような間抜けな社畜ではない。

書類の記入欄を冷徹に見据え、俺はシーダさんに向かってペンをトントンと叩いた。

「誓約書を書くのは構わない。だが、こちらにも条件を盛り込んでもらう。──明日、俺がソイの実家から横領の【動かぬ証拠】をこちらに持ち込み、身の潔白が証明された場合、この逃亡防止令は即座に全面解除され、俺は規約上、またどこにでも自由に行けるという内容を明文化してください」

「おや、本当に抜け目がありませんね。いいでしょう、それくらいであれば正規の特例条項として処理しましょう」

シーダさんが穏やかに微笑みながら書類に追記を入れ、俺はそこにしっかりとサインを刻んだ。

ギルドを巻き込んだこのハメ技。お役所仕事の規約(システム)は、こちらが正しいロジックでハックし返せば、そのまま宿敵を縛り付ける最強の武器に反転する。

別室を出た俺は、カバンの中の星型チャームに触れ、やせ我慢の瞳の奥で紅蓮の闘志を静かに燃やした。

待っていろ、ケイジ。明日、お前が仕掛けた水増し請求の化けの皮を、すべて書類の監査ログから引きずり出してやる。

(第51話


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