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第50話:地味系清楚のトラップと、笑顔の悪魔の誘導

商人の街へは、あと一日の道のりだった。

道中、少ないながらも戦闘は発生したが、ウシオもヒサも積極的ではないにしろ、最低限の動きはこなした。前回遭遇したレッサーデーモンクラスの凶悪なモンスターには行き遭わず、街道の旅は奇妙なほどに平穏だった。事情が事情なだけにソイも少しだけ反省したのか、今回は一切の騒動を起こさず、静かに馬車に揺られていた。

だが、パーティー内の空気は依然として氷点下だ。

俺は商人の街を目前に控え、以前エリーが口にしていた『過去の言葉』にずっと引っかかっていたため、何か情報がないかと尋ねてみることにした。

『さぁね? あいつは金と女の匂いがあれば、そのうちニヤニヤしながら私たちの前にも現れるかもね。でも当分は、どこかで新しい女の金づるを見つけたようだから、こっちには現れないんじゃない?」

「エリー。前にあいつ──ケイジについて、新しい金づるを見つけたって言ってただろ。具体的に何を知っているんだ」

俺の問いかけに、エリーは整った瞳を向けて、あっさりと事実をゲロった。

「さあ? 私も細かいところまでは知りませんわ。ただ、どこかで新しく金づるを見つけたらしい、という噂を小耳に挟んだくらいですけれど」

エリーもまだ、それ以上の詳細な情報は知らないようだった。だが、エリーが続けて淡々と語った内容に、俺は耳を疑った。

分かったのは、あの笑顔の悪魔の相変わらずのゲスっぷりだ。あいつは俺が森の奥でリンチに遭って消えた直後、あろうことか残されたソイとエリーの2人のことすら裏で口説いていたらしい。エリーには一瞬で見破られてあしらわれたようだが、ソイの方は未だにあいつの爽やかな外面を信頼しきっているという。

「ソイちゃんは純粋ですからね。あいつの安っぽい誘導に、未だに気づいていないのですよ」

エリーは冷たく笑いながら、信じがたい事実を口にした。

「そう、ケイジはいつもそうだったわ。……レンさん、あなたが以前に酒場でソイちゃんのトラブルを収めたときのこと、覚えているかしら? あの時、ケイジは裏でソイちゃんを誘導して、あなたが店の人間と交わしていた会話をわざと直接聞かせていたのですよ。あなたがいかにソイちゃんの悪口を言っていたかを聞かせ、憎しみを植え付けるためにね。──あいつはそういうエピソードに近いことを裏でよくやっていたから、それを利用してソイちゃんのあなたに対する嫌悪感を完璧にコントロールしていたの」

エリーから聞いて、俺は初めてその最悪な洗脳の全貌を知った。

俺が必死に頭を下げ、自腹を切り、すり減るような思いでトラブルを処理していたその裏で、あのクソ野郎はソイの耳元で歪んだお気持ちを誘導していたのだ。ソイが頑なに俺を大泥棒と信じ込み、異常なほどに嫌悪する土台は、すべてケイジがそうやって過去に何度も積み重ねてきたハックの成果だった。

何より恐ろしいのは、エリー自身がその情報を当時から知っていながら、完全に問題にしていなかったことだ。

彼女にとって男はどこまでいっても「ただの道具」や「財布」でしかない。ケイジの悪辣な誘導が、結果的にソイのためにはならないと分かってはいたが、エリーはそれすらも自分の都合の良いように利用しようとすらしていたフシがある。その徹底した合理主義の冷徹さに、俺は背筋が寒くなるのを覚えた。

(……なるほどな。ソイの脳みそをハックし、どこかで新しい女の金づるを捕まえて商人の街に潜む笑顔の悪魔、ケイジ。どこまで汚い真真似をすれば気が済むんだ……!)

すべてのピースが繋がっていく。だが、まだ詰めなければならない外堀がある。

「エリー。俺が使い込んだとされているその大金は、一体どこから請求が来ていたんだ?」

「……ギルドの公式記録には横領の事実だけが残されていますが、具体的な金の流れまでは管轄外ですわ。ただ、ソイちゃんのお屋敷の会計係なら、当時の請求書の原本を保管しているはずですけれど」

屋敷の会計係、か。

前世のブラック企業で、ありとあらゆる理不尽な雑多仕事を押し付けられ、ワンオペで処理させられてきた経験から、俺は嫌というほど知っている。悪質な下請けや架空の取引先が送ってくる不正な請求書には、どれほど巧妙に隠そうとしても、発行元、筆跡【動かぬ証拠(情報)】が必ず残る。

そこで、俺は過去にケイジに言われたことも思いだす。

かつてソイの護衛任務中、ケイジは周囲を気にするように声を一段と低くすると、その笑顔の仮面の奥から、静かに裏金横領のボーナス提案を囁いてきたのだ。

『レンさん、そんなに毎日死ぬ気で苦労してるんだから、少しくらい特別報酬をもらっても罰は当たらないんじゃないですか? ──ソイちゃんの賠償の際、僕の知り合いの商人を使えば水増しの請求ができるので、差額のボーナスを懐に入れることができますよ』

あの時、俺は激怒して釘を刺したが、あいつは俺を消した後にその「水増し請求の仕様」をそのまま実行したに違いない。雑多なトラブル対応や書類処理をさせられまくった俺の経験則が告げている。ケイジが書類を偽装して俺に罪を擦り付けたのであれば、その原本の発行元や筆跡を洗えば、絶対にしっぽを出しているはずだ。

俺は静かに、ソイの方を振り返った。

「ソイ。俺が本当に泥棒かどうか、お前の実家の書類でハッキリさせてやる。後で屋敷の会計係に会えるよう、面会の段取りを組め。逃げも隠れもしないからな」

「はぁ〜!? なによぉ〜、何サマのつもりでアタシに命令してやがんだよぉ〜クソ泥棒がぁ〜ッ! いいわよぉ〜! パパやお屋敷の会計のジジイの前に引きずり出してぇ〜、あんたの反吐が出るような見苦しい言い訳を、アタシの魔法で全部木っ端微塵にぶっ潰してやるからねぇ〜ッ!!」

少しだけ反省していたはずのソイだったが、レンに指図された瞬間にいつもの下品なだみ声が復活し、語尾を汚く伸ばしながらギャーギャーと捲し立てた。だが、これでいい。段取りは取り付けた。あとは俺がギルドに出頭し、その足で屋敷の監査に入るだけだ。

──エリーの話を聞き終えた後、馬車はゆるやかに坂を登り、ついに眼下に目的の場所を捉えた。

商人の街。

立ち並ぶ巨大な石造りのギルド、行き交う無数の馬車、位置情報システムに映る歪んだ損得勘定の波形。そして前世の満員電車を彷彿とさせる、欲望が渦巻く喧騒。

毟り取られ、ボロボロにリンチされ、川へ叩き込まれたあのあの日から数ヶ月。俺にとっては、吐き気がするほど懐かしく、そしてすべての始まりとなった因縁の地だ。

俺はカバンの中の星型チャームをそっと指先で確認し、やせ我慢の瞳の奥で、その歪んだ誘導(ハック)ごと、あのクソ野郎を叩き潰すための復讐のロジックを、静かに、苛烈に組み立て始めるのだった。

(第50話


【連載第50回記念!いつもページを開いてくださる皆様へ】

おかげさまで、本作『チートなし素人転生者の俺』も、ついに大台となる第50回を迎えることができました……!

チートなしのレンが地道にやせ我慢を続け、前世のワンオペ社畜経験を武器にここまで歩んできた旅路も、ようやく一つの節目です。

実は、作者から読者の皆様へ、恥を忍んで小さなお願いがあります。

本作はこれまで、評価も感想も一度もいただいたことがありません……!

毎日、「本当に誰かに届いているのだろうか」「この先、レンの復讐劇を楽しみにしてくれている人はいるのだろうか」と、暗闇の中でワンオペ処理をするような不安と戦いながら、それでもレンの折れない心に背中を押されて、必死にキーボードを叩いて50話まで繋いできました。

もし、今この文章を読んでくださっているあなたの中に、

「続きが気になる!」

「下品なソイがどうハメられるか見たい!」

「レン、ケイジにやり返してくれ!」

と、1ミリでも思ってくださる気持ちがあれば、どうかその声を作者に届けていただけないでしょうか……!

下部にある【☆☆☆☆☆】の星をポチッと押す(星1つからでも大歓迎です!)、あるいは【ブックマーク】や一言だけの【感想】をいただけることが、今の作者にとって、暗闇を照らす最大の救いの光になります。

物語はいよいよ、すべての因縁が渦巻く「商人の街」へ突入します。

ブラック企業の理不尽雑務を生き抜いたレンのロジックが、笑顔の悪魔ケイジの水増し請求(コンプラ違反)をどう暴き、合法的に叩き潰すのか──。

ここからの復讐編は、これまで溜まったフラストレーションを全て極上のカタルシスに変える自信があります。

あなたのワンクリックが、作者の執筆モチベーションを紅蓮の炎のごとく燃え上がらせるエネルギーになります。

どうか、この泥臭い挑戦に力を貸してください。よろしくお願いいたします!


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