【第49話】「崩壊した作戦と、商人の街への誓い」
──物語のグラフィックが、俺とソイたちがこの遠征の臨時パーティーとして再会を果たす、ほんの少し前の時間軸へと逆回転する。
中継都市のギルド窓口。
聖職者の服をまとったエリーは、D級戦士ウシオとの臨時パーティー契約手続きを淡々と進めていた。
だが、申請書類に記載された『とある同行者』の名前を目にした瞬間、その理知的な瞳が愕然とした驚きに硬直する。
『レン』。
この名前自体は、この世界において決して珍しいわけではない。だが、そうそうどこにでもある名前というわけでもなかった。あの商人の街から突然姿を消し、行方も生死も分からなくなっていたあの男。
(……もし、ウシオさんが言っているその同行者の男が、あの『レン』だとしたら、私たちはどう動くべきかしら……)
今回は、あくまでもエリーの鋭い『勘』だった。レンがこの数ヶ月間どこで何をしていたのか、エリーは何も知らない。エリーは過去のフェニックス作戦を通じてレンのスキルの仕様を知っているが、契約書にレンがそれを書くことはないため、確証を得る手段はなかった。
エリーはすぐさま、豪商の娘であるソイの元へと足を運び、この不穏な名前のログについて相談を持ちかけた。案の定、書類の名前を聞いたソイは、その顔を一瞬にして凶悪に歪めて激しく憤った。
「はぁ〜!? あの実家の金を使い込んで逃げた泥棒野郎、私たちの前によくもまあ平気な面して顔を出せるわね! 出会い頭に私の最大級のファイアーボールを真っ正面からぶつけて、消し炭にしてやろうかしら!」
語尾を伸ばした下品な怒声をあげるソイに対し、エリーはどこまでも冷静に、冷徹な提案を突きつけた。
「ソイちゃん、落ち着いて。もし本物だったとして、こんな辺境の田舎町で下手に捕まえようとするのは、リスクマネジメントの観点からも良いとは思えません。途中で暴れられてまた逃げられるのも厄介ですし、商人の街まで強制的に護送するのも手間と面倒が多すぎますわ。……ここは私に、もっと確実な方法があります」
「え、なになに?」
「まずは、私たちが何も知らないフリをするのです。そうして、あちらから勝ためにこちらの護衛をさせ、商人の街まで自分で行かせるのですよ。そうすれば、商人の街のギルドに到着の報告をするがてら、その窓口の衛兵たちの前で、確実に身柄を捕らえてしまえばいいのですよ」
エリーのその徹底的に無駄のないハメ型の計略を聞き、ソイは一瞬にしてそのだみ声を弾ませた。
「すごーい! エリーちゃん天才! じゃあ、最初に出会った時は、何も気づいてないフリをして普通に挨拶をしましょうね!」
エリーはソイのことが好きなので(百合)、彼女のこの我が儘で直情的な性格も「しかたないわね」と受け入れるくらいにしか思っていなかった。
◇
──そして、カメラのグラフィックは、現在の中継都市の食堂へとリアルタイムで同期される。
「あんたみたいな大泥棒に、偉そうに説教されたくないんだけどぉ〜!! 私が黙って許してるからって調子にのらないで!」
食堂の中にソイの罵声が響き渡る中、向かい側に座っているエリーは、額を押さえて(……ソイちゃん、本当にやっちゃったわね……)という、深い、深い呆れの顔を浮かべていた。
せっかく自分が組み立てていた『何も知らないフリ作戦』だったというのに、ソイが貧民の子供への暴言に逆上した勢いで、全ての裏事情を最初から大声でゲロって爆破解体してしまったのだ。
しかし、エリーの冷徹な横顔には、「ソイちゃんは仕方ないな、計算が狂ってしまったが、修正しましょう」という計算がすぐに働いた。狂ったスケジュールも、彼女への好意と持ち前の頭脳があればいくらでも上書きできるという冷徹な自信があった。
そんなエリーの事前の作戦など知る由もない俺だったが、ソイから突きつけられた「大泥棒」というあまりにも理不尽な汚名の全貌を聞いたことで、俺の脳内メモリの全ての不条理のピースが完全に噛み合っていた。
俺は痛む脇腹を強く押さえながら、冷徹なやせ我慢の瞳でソイとエリーの2人を見据え、自分がかつて商人の街の森の奥で、あのクソ野郎ケイジからどのようなハメ技に遭わされたのか、その惨絶な過去の真実をすべて、包み隠さずその場で激しく告白した。
「……待て。俺が実家の金を使い込んだだと? 笑わせるな。俺は4ヶ月前、ケイジの奴に森の奥へ呼び出され、不屈の正義の仕様の隙を突いた波状のスキル攻撃で意識を失うまでボコボコにされた。経済的な依頼主(ソイの実家)から預かっていたあの黒い支払書の手帳も、装備も、すべてを毟り取られて川に叩き込まれたんだ。3ヶ月間も山の中で死線を彷徨い、4ヶ月後に屋敷を訪ねたら公式に追放されたことになっていた。──あいつだ。自分で大金を横領しておきながら、そのすべての横領の罪を、書類を偽装して俺のせいにしやがったんだ!」
俺の魂の底からの冷徹な告発が、食堂の空間に重々しく響き渡る。
俺が語ったそのあまりにも生々しい裏切りの経緯を聞き、エリーは少しの間、沈黙して俺の目の奥の波形を冷静に読み取っていた。
やがて、エリーは状況をビジネスライクに整理すると、気を利かせるように冷たく宣言した。
「……レンさん。あなたが今言っていることが、もしすべて本当であるならば、商人の街のギルドに到着した際、しっかりとご自分の手でその無罪を証明しなさい」
「エリー、お前……」
「もしそれができないというのであれば、私はあの街に到着した瞬間、正式にギルドに対して、あなたを犯罪者として公式に告発します。そうなれば、あなたは商人の街だけでなく、この世界の他のすべての街の冒険者ギルドからも公式に追われる身になりますよ」
どこまでも合理的な、エリーらしい冷酷な司法取引の条件。
だが、その言葉は俺にとって、絶望などでは断じてなかった。
元より、俺にはこの地味な田舎町の初級ダンジョンで、日夜死に物狂いで泥臭い修行を積み重ねてきた【ある絶対的な目的】があったのだ。他でもない、俺から全てを奪い去ったあのクソ野郎への、冷徹なる復讐を果たすという目的が。
「ああ、望むところだ」
俺はエリーとソイの2人の目を真っ正面から見据え、はっきりとした声で答えた。
「商人の街のギルドには、俺の足で堂々と出頭してやるよ。そして、その後に俺の無実を証明するため、あのケイジの行方を地の果てまで追って、必ずすべての仕様の裏を取って引きずり出してやつ。──2人の前で、ここに誓うわ」
俺の折れないやせ慢の覚悟を前に、エリーは知的で冷淡な雰囲気を崩さないまま、静かに頷いた。
「分かりました。あなたを信用したわけではありませんが……もし、あなたの言ったことがすべて事実だった場合は、私たちも今回の件における非礼を、あなたに対して正式に謝罪しますわ」
隣の席では、俺を大泥棒だと信じ込んで汚物を見るような軽蔑の眼差しを向けていたあの馬鹿ウシが、あまりにもシリアスすぎる俺たちの過去の因縁の重さに圧倒され、口を半分開けたままフリーズしていやがった。
商人の街に到着した後に待ち受ける、ギルドへの出頭と、大規模な裁判手続きという名の処理の多さ。
元社畜として、その後に発生するであろう膨大なワンオペ業務の多さに本気で頭を抱える反面──俺の胸の奥底では、ついにあのニタニタと俺をあざ笑った笑顔の悪魔、ケイジと全ての決着をつける対決の日がすぐ目の前まで近づいていることに、激しい紅蓮の熱血が、静かに、苛烈に燃え盛るのを隠しきれないのだった。
(第49話




