【第48話】「裏切りと、都落ちのシステム」
上級の魔物を見事に討伐し、これならこの4人の組み合わせでやっていけるという確かな期待感を掴み取っていた、あの激闘の直後のことだった。
「レンさん! さっきのあの攻撃を完全に弾き返したバリアのスキル、本当に凄かったですね!」
ケイジはいつもの明るい笑顔を貼り付けながら、俺の戦い振りをこれでもかと褒めちぎり、その仕様の詳細について事細かに尋ねてきた。当時の俺はまだケイジを良い仲間だと信じ切っていたため、今後の連携のタイムラインのためにと、その【不屈の正義】の厳格な仕様(直接スキル攻撃を3回直接受けなければ解析バリアが張れないこと)を、すべて詳細に教えてしまったのだ。
それが、すべてのハメ罠の引き金になるとも知らずに。
その日を境に、ケイジの態度が徐々に大きくなっていくのを、俺は不穏なエラーログとして感知し始めていた。
あいつはパーティーの中で自分がリーダーであるかのように傲慢に振る舞うことが増え、さらに陰では、ソイやエリーの深刻な悪口を「レンさんだから話すんですけど……」と神妙な顔で俺に吹き込んでくるようになった。今思えば、その頃からあいつは、パーティーの信頼のメモリを内部から粉々に離間させる動きを取っていたのだろう。
それだけではない。傲慢になったケイジは、女性に対しても非常にだらしない本性を現し始めた。ある日など、ケイジは俺の知り合いの女性と勝手に一緒に飲んで盛り上がっていたくせに、いざ会計の時間になると「いやぁ〜、ここはレンさんが先輩の貫禄で全部奢ってくれますよ!」と、その高額な支払いを当然のように俺に押し付けてきやがったのだ。
俺はパーティーを上手くやっていくために、ケイジのその目に余る傲慢な態度やだらしなさに対して、真っ正面から注意をすることが増えていった。
そして、ある日のことだった。
「レンさん、少し大事な話があります。街の外れの森の前まで、1人で来てもらえませんか?」
ケイジにそう深刻なトーンで呼び出され、俺は指定された街の外れの静かな森へと足を運んだ。
ざわざわと木々が揺れる木陰の中から現れたケイジの顔には、驚くべきことに、これまでの俺を「先輩」と慕っていた従順な態度は、ただの1ミリも残っていなかった。
「レン。単刀直入に言うが、これからは俺の下に付き、すべて俺の言う通りに命令に従って動け!」
最初から完全に態度が変わり、一切の敬意のない不遜な命令口調だった。その理不尽な物言いに、俺は静かに奥歯を噛み締めた。
「断る。お前に命令される筋合いはねえよ」
俺がはっきりとそう答えた、まさにその瞬間だった。ケイジは笑顔の仮面を完全にパージすると、クスクスと不気味に喉を鳴らした。
「――そういうことです。皆さん、よろしくー」
ケイジがそう後ろに向かって声をかけた刹那、森の茂みの奥から、あいつが裏で手引きしていた見知らぬ男たちの影が、ズラリと現れた。
「理解の悪い馬鹿は、身体でしっかり分からせてやるから覚悟しろよ、レ〜ン」
あいつは完全に俺を舐め腐ったように語尾を伸ばすと、冷酷な合図と共に男たちを一斉に動かした。
あいつは事前に俺から聞き出していた【不屈の正義】の仕様(直接スキル攻撃を3回受けなければ無効化できない弱点)を、完璧にハッキングしていた。
現れた男たちは、俺にバリアの解析を絶対にさせないために、【それぞれが全く異なる、多彩な波状の直接スキル攻撃】を、一斉に俺の肉体へと叩き込んできたのだ。
3回同じ攻撃を受ける前に、別のスキルで肉体を粉砕する。スキルの致命的な穴を完璧に突かれた俺は、バリアを1枚も張ることもできず、ただ生身のまま、男たちの理不尽な波状のスキル攻撃の直撃を喰らい続け、一方的にボロボロにされていった。
「わかったか、この雑魚が」
地面に這いつくばる俺の頭を踏みつけ、冷たく吐き捨ててくるケイジ。俺は口の中に溢れる血の泡を吐き出しながら、濁った目で睨み返した。
「ふざけるな……っ、俺は、お前らを、絶対に――」
だが、俺のやせ我慢のスタミナもそこまでだった。俺は意識を完全に失うまで徹底的にボコボコにされ、そのまま深い暗闇の底へとフリーズさせられた。
最後にレンがみたのは、ニタニタとレンをあざ笑うケイジの顔、そこでレンの意識が途絶える。
気が付かない間に俺の装備のすべて、そして依頼主から預かって厳格に管理していた、あの黒い支払書の手帳まで、すべてが根こそぎ強奪されていた。
ケイジたちは意識のない俺の身体を、そのまま近くの激流の川へと突き落とし、冷酷に吐き捨てて去っていったのだった。
◇
次に俺が意識を同期させた時、網膜に映し出されたのは、商人の街から遥か遠く離れた、深い山の中にある見知らぬ木こりの家の天井だった。
「気がついたか。川を流されていたお前を、たまたま救い上げたんだ」
そこにいたのは、一人で暮らす働き盛りの木こりの男だった。
あいつらにボコボコにされて川に捨てられてから、すでにかなりの日にちが経過していた。傷の状態はあまりにも酷く、男が手持ちのポーションをすべて使い果たして看病してくれたものの、俺の肉体が冒険者として再び動けるまでに全快するまでには、丸々【3ヶ月】というあまりにも長い時間を要した。
文字通り、死んでも構わないという冷酷な意図で放たれた、ケイジの最悪なハメ技だった。俺の心の中に、二度と人を無条件に信じないと誓う、あの冷徹な「やせ我慢」のスタミナが完成した瞬間だった。
命を救ってくれた男に恩返しをしようと思った。だが、俺のカバンも財布もすべて奪われていたため、持ち合わせの硬貨は文字通り1枚すら残っていなかった。
申し訳なさと感謝から、俺は身体が動くようになってから、男の木こりの仕事を死ぬ気で手伝った。
そうして、俺がようやくあの因縁の商人の街へと戻ることができたのは、あの日から実に【4ヶ月】が経過した後のことだった。
俺は一体何が起きているのか、その真実を確かめるために、真っ直ぐにソイの屋敷の門へと向かった。だが、大きな鉄門の前に立つ門番の受付の回答は、血の凍るような冷徹さだった。
「レン殿。お前の取次はできない。お前はこの屋敷から、公式に【追放】されたことになっている。今すぐ立ち去れ」
詳しい理由は何も教えてもらえず、ただ「公式に追放された」という最悪な事実だけを突きつけられた。門前払いを食らった俺は、激しい不条理の戦慄を覚えるしかなかった。
失意と、消えない激しい怒り。
商人の街には、もう俺の居場所などどこにも残されていなかった。行く宛てもなく街を追い出された俺は、重い足取りで、再び山の中のあの木こりの男の元へと戻るしかなかった。
男にすべての不条理な事情を話したところ、男は静かに俺の肩を叩き、一枚の紹介状を手渡してくれた。
「そうか、災難だったな。……なら、ワシの弟が、ここから遠く離れたのどかな田舎にある『初心者の街』で宿屋をやっている。そこへ行きなさい。弟夫婦にはワシから話を通しておく。そこで、もう一度やり直すといい」
男のその温かい計らいによって、俺は最果ての田舎町へと、慘めな都落ちの旅路へと就くことになった。
そこから始まったのが、あの初級者ダンジョンで、二度と誰にもハメ殺されないための、死ぬ気で圧倒的な力をつけるためのレベル上げの日々だったのだ。
◇
「あんたみたいな大泥棒に、偉そうに説教されたくないんだけどぉ〜!! 私が黙って許してるからって調子にのらないで!」
街の食堂の中に、ソイの語尾を伸ばした下品なだみ声の罵声が、激しく響き渡る。
隣の席では、ウシオが俺に対してゴミを見るかのような、あからさまな軽蔑の眼差しを向けて固まっていた。
向かい側のエリーは、知ったことではないという冷淡な無関心な顔のまま、だがその瞳の奥のメモリだけで、俺とソイの間の不整合な真実を冷徹に読み解いていた。
追放されたというあの事実。そして、今ソイの口から放たれた「金を使い込んだ大泥棒」という言葉。
その2つのピースが、俺の脳内メモリの中で、今、完璧におぞましい一本の線となって繋がった。
(……あいつ、俺から黒い手帳を強奪したあと、その手帳を使って自分で横領を働き、そのすべての罪を俺のせいにして偽装しやがったな……ッ!?)
冤罪。手柄の強奪。および、身に覚えのない大泥棒の汚名。
明日からは一体どんな地獄の旅になるのか。消えない過去の因縁が最悪な形で逆流を起こし、お互いの信頼のメモリが粉々に爆破されて完全にバラバラになった臨時パーティーを前に、俺は痛む脇腹を強く押さえながら、底知れない激しい怒りと憂鬱の闇を、どうぞ静かに睨み据えるのだった――。
(第48話・完




