【第47話】「過去の走馬灯・悪魔のハッキング」
ワシは、この黒ずんだボロい剣の奥底に定着させられている、名門たる高位の悪魔、プーエルだ。
正直に言って、ワシは日夜、この依代の奥で激しい契約のイライラを募らせていた。
通常、この世界の欲深い人間の冒険者と血の絶対契約を交わせば、だいたいは目先の欲望やピンチに負けて契約の言葉を乱発し、ワシの魔力をタダ使いしようとするものだ。そうして魂の債務をガリガリと重ねさせ、用が済めば速やかにこの忌々しいボロ剣の呪縛から解放される手筈だった。
最初にこのレンという男の固有特殊スキル【不屈の正義】の仕様を知った時、ワシは、甘く契約を乱発するに違いない、最高に使いやすいカモだ、と確信していたのだ。
ところが、このレンという男はどうだ。
契約という言葉に対して異常なまでの警戒アラートを張っており、最初のあの初級ダンジョンでの手続きの時を除いて、あれから一度たりとも、ワシの甘い契約の誘惑を使ってくれようとしない。これは、高位の悪魔であるワシにとって非常に大きな誤算だった。
さらに不都合なことに、人間の脆い脳内メモリを読み取るのは、本来なら契約のサインを交わした直後が一番簡単なシステムになっている。それが、時間が経過するにつれてだんだんと難しくなる仕様なのだ。
もしくは――相手の精神波形が、怒りや絶望によって心をおおきく乱した時にしか、詳細にその頭の中のログを覗き見ることができない。そういった意味でも、この男は実に扱いづらい堅実なやせ我慢の持ち主だった。
だが、今この瞬間。
街の食堂のど真ん中で、あの公害お嬢様のソイから『実家の金を使い込んだ大泥棒』と冤罪の糾弾を直撃され、ウシオから軽蔑の眼差しを照射されたレンの精神波形は、過去最高ボルトの激しい動縦と怒りによって、一瞬にして爆発寸前まで真っ白にフリーズしていた。
――チャンスだ。
ワシは、レンが脳内メモリの奥底で激しく憎悪を滾らせている、あの『クソ野郎』とやらの真実の正体を、この男の頭の中から直接ハッキングして覗いてみることにした。
◇
その男の名前は、【ケイジ】といった。
元々、俺が商人の街で固有特殊スキルを発現させ、なんとか冒険者として飯を食っていく目途が立ち始めた頃。ギルドの窓口でソイとエリーの護衛の期間契約を引き受けてからしばらくして、そのパーティーへと追加で加入してきた男だった。
ケイジの第一印象は、お世辞抜きで非常に良かった。
「レンさん! よろしくお願いします!」と、常に明るい笑顔を絶やさず、愛想もよく、誰に対しても腰の低い、実に人当たりの良い男だったのだ。悪魔は笑顔でやってくるというが、当時の俺は、純粋にケイジのことも良い仲間だと思っていた。
ケイジはレンのことを非常に慕ってくれた。仕事のタスクもそつなくこなし、どこか言葉の節々に中身のない薄っぺらい言動が見え隠れする割には、あの我が儘なソイや、男嫌いの超合理主義者であるエリーからも、何故か高い信頼を獲得していた。俺がソイの我儘に付き合わされて疲弊している時も、ケイジはいつも酒場で「大変ですね、レンさん」と親身になって護衛の愚痴を聞いてくれる、良き理解者のように振る舞っていた。
だが、当時の俺の目には、ケイジの周地でちょくちょく会計のおかしな点が見当たられていた。
「今日の酒代は僕が奢りますよ!」と愛想よく笑顔で言っておきながら、後からどさくさに紛れて、余分な額を請求してくるのだ。当時は「まぁ、酒に酔っていただけか」と深く考えず、気にしないようにしていたのだが。
ある日の夜のことだった。
ケイジは、俺がソイの引き起こした大炎上の後始末をする際に、市場の窓口で使っていた【黒い支払書】の存在が気になったようだった。
この黒い支払書は、依頼主であるソイの実家の豪商から、お目付け役の俺に委ねられて預けられている、特別な手形のようなものだ。大きな商人同士の決済でしか使えない、最高級の『ブラックカード』のような小切手。
俺はこういった支給品は、依頼主から預けられた絶対の信用だと思っているので、厳格に管理して使っていた。
いつものようにソイに振り回され、エリーにいいように使われ、心身ともに疲れ果てた状態で、酒場の片隅でケイジに愚痴をこぼしていた時のことだ。
ケイジは周囲を気にするように声を一段と低くすると、その笑顔の仮面の奥から、静かに裏金横領のボーナス提案を囁いてきた。
「レンさん、そんなに毎日死ぬ気で苦労してるんだから、少しくらい特別報酬をもらっても罰は当たらないんじゃないですか? ――ソイちゃんの賠償の際、僕の知り合いの商人を使えば水増しの請求ができるので、差額のボーナスを懐に入れることができますよ」
その言葉が俺の鼓膜に同期された瞬間、俺は激しい怒りを示した。
「今後、そんな依頼主を裏切るようなことを言うな!」
俺が真っ正面から厳しく釘を刺すと、ケイジは「あはは、すいません! ちょっとした冗談ですよ、レンさん!」といつも通りの明るい笑顔で頭を掻いた。その後は一切そのような言動はなくなったため、俺はただの冗談だったのだと安心していた。
そんな中、あるクエストが訪れた。
ソイのいつもの思い付きのせいで、俺たちは主要街道の奥地で、上級の魔物が出るところまで来てしまい、そこで格上の魔物と対峙せざるを得なくなってしまったのだ。
この絶望的な死線を切り抜けるため、俺は3人の前で、あの【別名:フェニックス作戦】を取らざるを得ないと告げた。
俺は作戦の全体の流れを3人に説明するにあたり、ここで初めて、ケイジに対しても俺の固有特殊スキルの仕様について、包み隠さずすべて説明した。
結果として、俺たち4人は、想像を絶するような過酷な苦労をもって、見事に見事、その格付けの上の上級魔物を討伐することに成功した。
魔物の巨躯が消し炭となって崩れ落ち、連携も非常によく、これなら格上相手でもこれからやっていけるという自信もできた。
激しい疲労とダメージのせいで、俺の身体はボロボロになり、その場に深く座り込んでいたが――。
あの最悪な『あの日』が来るまでは。
この4人の組み合わせで、これからもっと、もっと大きな冒険が待っているという、確かな期待感が、俺の胸の奥には確かに広がっていたのだった――。
(第47話:過去編・前編




