【第46話】「最悪の冤罪と、決裂のグラフィック」
白昼の主要街道に現れたB級上位魔族との命がけの死戦を潜り抜け、俺たちはボロ布のようになった馬車を走らせながら、どうにか無事に次の街へと滑り込むことに成功した。
街に到着した俺たちは、まず宿のロビーを臨時の会議室として今回の状況確認(事後処理)を行うことにした。
「エリーちゃん! 本当に感謝しているよ! 君の清らかなヒールのおかげで、このウシオ、なんとか再び動けるまでにスペックが回復した!感謝しかない♡」
大盾を砕かれて全身血まみれだったはずのウシオは、エリーの前でこれでもかと胸を叩き、デレデレとだらしない大笑顔で感謝をしまくっていた。完全にエリーの手のひらで綺麗に転がされ、思考のメモリをハッキングされてやがる。
一方、魔族の勘違いによって最大技を直撃されて草むらに埋まっていたヒサさんも、俺のなけなしの中級ポーションを無理やり流し込んだおかげで、最低限は動けるまでに回復していた。だが、コイツは開いたその口から、一瞬にして俺のSAN値を削り倒す最悪な不満を垂れ流し始めた。
「全く素材が残っていないというのはどういうことですか! 納得いくように説明してください。自分だってあのデーモンに立ち向かった結果、勝てたのではないのですか!」
戦闘に参加する気など1ミリもなく、一番後ろの安全圏でちまちま逃げ回って勝手に爆破されたくせに、口だけは動くが実際に役に立たない典型のような態度で、それらしい理屈をこねくり回してすべての責任をこちらに擦り付けてくる。
(……チッ、まずはその減らず口が動くようになったのは誰の、ポーションのお陰か……)
俺は心の中で激しく白目を剥きかけたが、もうこれ以上は今夜議論する気力は残っていなかった。これ以上の不毛ないい合いは全員の精神的損失だと判断され、今夜はしっかり各自で個別に食事をとり、各々の宿で休むことで合意した。話し合いの続きは、すべて明日の朝に持ち越されることになった。
◇
翌朝。宿の食堂に集まった瞬間から、案の定、ヒサさんを中心にまたしても経費や明細のめんどくさい話がスタートした。
そして、この臨時パーティーの最悪なところは、ソイとエリーの2人が、最初からそのめんどくさい後処理の調整業務をすべて俺とウシオに丸投げし、「あなたなら上手く扱えることを信じてます」みたいな人転がしだけを突きつけて、1ミクロンの興味も示さずに話し合いに参加する気がないことだった。
正直、こんな地雷プレイヤーの塊のようなパーティー、今すぐ正式に解散届を叩きつけてチームを爆破解体するのが一番てっとり早いのだ。だが、ここへ来て最大のシステム上の壁が立ち塞がった。
最悪なことに、この街にはギルドの公式な手続きを行える窓口が、最初から設置されていなかったのだ。
ギルドがない以上、公式なパーティーの解散手続きが法的に行えない。つまり、激重なペナルティを回避するためには、商人の街に到着するまでこの地獄の契約の呪縛を続けざるを得ないのだ。
魔族の爪に引き裂かれた脇腹の傷が完全に癒えていない満身創痍の身で、なぜ俺はこんな他人の尻拭いとワンオペ業務ばかり押し付けられなきゃいけないんだと、(転生とはいったい何なんだ……?)と、俺は深いむなしさに頭を抱えた。
「おい、ヒサさん。これ以上の不毛な言い合いは時間の無駄だ。妥協点を決めよう」
仕方がないので、俺はヒサさんの言い分を頭の中で一度は理解しつつも、これ以上この面倒な会議を拗らせないために「今後は商人の街に到着するまでの道中、各自最低限の防衛協力のみを行う」という生々しい取り決めの誓約書を作成し、無理やりサインを交わさせて、一旦はその場を事務的に解散させることにした。本当にめんどくさい連中だった。
その後、俺はウシオと共にソイ、エリーの2人と合流し、ヒサさんとの誓約書の結果を共有した。
「とりあえず、4人で食事をしながら今後の移動方針についてまとまる方向で話しましょう」ということになり、俺たちは話をするため、街の食堂へと移動した。
だが、その移動した先の食堂の窓から、生々しいドロドロとした貧民街の光景が広がっているのが見えた。
すると、それを見た公害お嬢様のソイが、手に持った超絶に豪華な杖をブラブラと振り回しながら、常識の完全欠如した素のままで、本気でノーダメージな最悪の暴言を垂れ流し始めた。
「あーもぅ〜! なにあの薄汚い貧民の子供ぉ〜? マジで人間扱いする必要なんてないしぃ〜、病気もっていそうだから近づいてほしくないんですけど〜 最悪! キモ!」
語尾を伸ばした、どこまでもいい加減で最悪な暴言。
いつもなら、前世の時代に培った冷徹なやせ我慢の無視を決め込むところだった。だが、さっきまでのヒサさんとのめんどくさい規約のやり取りや、魔族から喰らった大量出血の傷が癒えていない精神的疲労のせいで、俺の心の防壁が少し緩んでいたのだろう。おまけに今回は正式な雇い主でも何でもない対等な立場ということもあり、俺の口から、ついストレートに注意の言葉が漏れ出てしまった。
「おい。いくら何でも、それは言い過ぎだろ! お前と違って生まれてどう生きる選択肢すらない子だっているんだぞ!」
その、俺の放ったありきたりな常識人としての熱い言葉が、ソイの鼓膜に同期された、まさにその刹那だった。
ソイの表情が、これまで見たこともないほど凶悪な、激しい憎悪の波形へと一瞬にして急変した。
「はぁ〜!? あんたみたいな、人の実家の金を勝手に使い込んで、裏でコソコソ悪事を働いて突然いなくなったような大泥棒に、偉そうに説教されたくないんだけどぉ〜!! 私が黙って許してるからって調子にのらないで!」
「――っ、何だと……!?」
語尾を伸ばした下品なだみ声が、街の食堂の中に激しく響き渡る。
その凄まじい大泥棒の糾弾を直撃した瞬間、隣に座っていたウシオのデレデレ顔が一瞬にして凍りつき、俺に対してゴミを見るかのような、あからさまな【軽蔑の眼差し】を真っ正面から向けてきやがった。
一方、向かい側のエリーは、「知ったことではない」という冷淡極まる無関心な顔を崩さなかった。だが、その知的で冷徹な瞳の奥のメモリだけは、鋭く俺の反応を観察していた。エリーだけは、何かこの裏にある不整合な真実に気づいていそうな、おぞましい静寂を貼り付けていた。
だが、その周囲の冷たい目をを受ける俺の脳内メモリの全全開は、それどころではない激しい戦慄と共にフリーズしていた。
人の実家の金を使い込んだ……?
大泥棒……!?
そんな大金を横領して逃亡したなどという事実のログは、俺のこれまでの異世界生活のメモリの中に【1ミリも身に覚えがない】。
(……待て。使い込んだ……!? 人の家の金を……!? ――あいつだ。あのクソ野郎……っ!!)
俺の脳裏の中で、過去の全てのハメ技のピースが完璧に、おぞましい一本の線となって繋がった。
あの商人の街の近くで転生した後、俺をハメ殺して全ての手柄を毟り取り、俺を惨めな都落ちへと追い詰めた、あのろくでもない男(クソ野郎)。
あいつは、俺をパーティーから排除するだけにとどまらず、自分がソイの実家である豪商から横領した大罪の容疑を、すべて書類を偽装して、この俺のせいにして押し付けやがったのだ。
俺のあいつへの消えない深い恨みが、激しい紅蓮の熱血となって胸の奥底で一気に沸騰し始める。
冤罪。手柄の強奪。そして、身に覚えのない大泥棒の汚名。
明日からは一体どんな地獄の旅になるのか。魔族の呪いよりも遥かに処理の難しい、消えない過去の因縁が最悪な形で逆流を起こし、お互いの信頼のメモリが粉々に爆破されて完全にバラバラになった臨時パーティーを前に、俺は痛む脇腹を強く押さえながら、底知れない激しい怒りと憂鬱の闇を、どうぞ静かに睨み据えるのだった――。
(第46話




