↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
46/62

【第45話】「死屍累々の事後処理と、全損の収支決算」

ソイのあの語尾を伸ばした下品で騒がしいだみ声に脳内メモリをハッキングされ、俺は最悪な悪夢の底からガバッと無理やり現実の草原へと引き起こされた。

「……う、ぐっ……」

脇腹に喰らった魔族の爪による激しい大量出血のせいで、頭のメモリの同期が上手く駆動しない。だが、俺が痛む身体を押さえて引きつったやせ我慢の呼吸を整えていると、視界の先では、僧侶のエリーがどこまでも冷静な顔のまま、俺に向けて淡々と最低限の回復呪文をかけてくれていた。

俺の意識がハッキリと戻ったのを確認した瞬間、エリーはその地味系清楚な仮面の下に無駄のない計算を貼り付けたまま、淡々と呪文の詠唱を打ち切って告げた。

「あら、レンさん。意識が戻ったのなら、あとはご自分の食事とポーションで体力を回復してくださいね」

実に向こうの都合しか考えていない、これ以上なく超合理的な道具扱いの対応だった。

周囲を見渡せば、今回の戦場となった草原は、まさに死屍累々の凄惨な惨状を呈していた。

魔族の強烈な爪撃をエリーとソイを守る下心のスタミナだけで真っ正面から直撃され、盾を粉砕されて吹き飛んだあの馬鹿ウシは、全身血まみれの結構な重体であったため、エリーはすぐにあいつの治療の続きへと取り掛かっていやがった。

一方、魔族の戦術的なセオリーの勘違いによって「パーティー最強の攻撃の要」だと誤認され、魔族の最大スキルを直撃されて草むらの奥まで吹き飛んでいたヒサの元へも、エリーはすでに最低限の緊急応急処置だけは施し終えていた。

エリーは動けないヒサを一瞥すると、いかにもあいつの相手をするのがめんどくさそうに、間違いなくそのめんどくさい後処理を俺に押し付けるような態度で、冷たく落ち着いた声を投げてきた。

「レンさん、そっちのヒサという男に関しては、もうあらかたの治療はしておきましたわ。あとはあなたが、ご自分のポーションを使って治療しておいてくださいな。――あなたなら、その男でも上手く扱えることを、私は心から信じていますからね?」

知的で理知的な雰囲気を崩さないまま、男の本能を絶妙にくすぐる健気な声で「あなたなら上手く扱える」と、極上の人転がしの技術を直撃させてくるエリー。

あきらかにヒサの相手をするのがめんどくさいから俺に押し付けているだけなのだが、この上ない信頼を装って相手を都合よく転がす仮面の裏の怖さに、俺は心の中で激しく白目を剥きかけた。

(……チッ、そうやってまたそうやって人を綺麗に転がして、めんどい仕事を全部俺に押し付けてるだろ、これ……!)

だが、正直、このヒサという男がソイとギルドの窓口で交わした二重契約の詳細が俺には一切分からないのだ。そんな状態のまま、もしこの契約者をここで放置して死なせてしまった場合、ギルドの公式な規約上、後から一体どうなってしまうのか、どんな鬼のようなペナルティが科されるのかが全く見えず、そこもどうなるのか本気で怖かった。

規約違反の死者を出して後から取り調べられるリスクだけは回避しなければならない。俺は治療せざるを得なかった。

だが、このヒサという男のあの死ぬほどめんどくさい性格だ。あとで「俺が自腹で消費したポーションの実費を精算してください」とビジネスライクに請求しようものなら、またしてもギルドの規定の書類がどうの、システム的にこうなればこうならないと辻褄が合わない云々と、永遠に理屈っぽい講釈を垂れ流されて拗れるのは100%目に見えていた。

(……コイツから経費を取り戻す手続きの手間を考えたら、それだけで脳内メモリが焼き切れるわ。とりあえず死なさなきゃ、もうそれでいいだろう……)

俺は深い溜息と共に諦めの妥協を下すと、自分の財布から大金を叩いて仕入れておいた中級ポーションを取り出し、動けないヒサの口へと泥臭く流し込んだ。

だが、今回の戦闘における最大の財務絶望は、これだけでは終わらなかった。

「……嘘だろ。素材が、何一つとして残ってねえ……」

俺がふらつく足取りで魔族の討伐地点へと向かうと、そこにはソイの当たれば魔族でさえ致命傷の火力である『最大級のファイアーボール』の超高熱によって、レッサーデーモンの肉体も骨も、すべてがまとめて消し炭に焼き尽くされた巨大なクレーターだけが広がっていた。

あのB級上位の魔族の素材であれば、ギルドへ持っていけば目も眩むような莫大な金になったはずなのだ。なのに、何一つとして回収に期待できない、完全なる全損。

(おい、前衛の俺たちが血だらけになって肉の壁となり、前の話でプーエルに刃こぼれの焦りの叫びを上げさせ、俺自身のトラウマであるフェニックス作戦の黒歴史まで発動させて耐え抜いたあの過酷な苦労……本当に何だったんだよ……トホホ……)

どれだけの出費とマイナスをこの旅で重ねれば気が済むのか、俺が本気で頭を抱えていると、今回の戦闘で一切の役割を果たしていない公害お嬢様のソイが、豪華な杖をブラブラと振り回しながら、いつも通りの素のままで、さらに我が儘に本気のノーダメージな発言を垂れ流し始めた。

「あーもぅ〜! あのストーカーの男なんか、マジでどうでもいいしぃ〜! それより汗かいたから、早くお風呂と美味しいご飯が食べたいよぉ〜!」

自分が二重契約で適当に放置して脳内メモリから存在ごとデリートしていた被害者に対して、どこまでもいい加隔な暴言をのたまう最悪なお嬢様。本当にろくでもない公害だった。


その後、俺は自分のなけなしの中級ポーションを使い果たし、どうにか全員が馬車を動かして最低限の移動ができる状態にまで全体のスペックを回復させた。だが、前衛の俺も馬鹿ウシオもヒサも全員が全身打撲の満身創痍であり、これ以上の魔物の出現に直面すれば、今度こそ100%確実に全滅する。

幸いなことに、この先をもう少し進めば、次の街の門へとたどり着くことができる。

「これ以上の進軍は無理だ。まずは大人しく次の街へ滑り込み、そこで今後の移動方針をまとまる方向で決めよう」

俺の提案に一行はボロボロの馬車を動かして、這うような速度で次の街への座標へと動き出した。

ありえない場所での高レベルモンスターとの遭遇。そして、男を道具としてしか見ていないエリーと、常識の欠如した公害ソイ。

俺は痛む脇腹を押さえ、自分の財布の温かみが初日から秒速で冷え込んでいく恐怖に頭を抱えながら、商人の街にたどり着くまでの残りの日々をただ切なく数え、底知れない不安と憂鬱の闇を、どうぞ静かに睨み据えるのだった――。

(第45話


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。