【第44話】「過去の走馬灯と、解析済みの紅蓮」
レン──死亡確認!!
視界のすべてが、あの森林大火災の記憶を遥かに上回る、ソイの本気の最大級ファイアーボールの紅蓮の光によって埋め尽くされ、俺の意識は激しい衝撃と共に、暗闇の奥底へと深く沈んでいく。
その、コンマ数秒の暗黒のメモリの隙間で――俺の脳内は、かつての泥臭い過去のログを、走馬灯のように鮮明に再生し始めていた。
元々、俺がこの世界に転生してきた直後。誰もが憧れる華やかな異世界生活がすぐに始まるわけもなかった。
そこには初期設定のチート資産など何一つとして存在せず、当然、固有の特殊スキルすら付与されていなかった。俺はただ生きるためだけに、チート能力も冒険経験もない完全な「素人」のまま、辺境の最底辺から冒険者を始めるしかなかったのだ。
だが、そんな泥水をすするような日々の中、ある一つの事件が起きた。
俺は、前世の自分と同じように組織の理不尽な精神マウンティングを浴び続け、押し潰されかけていた、まるでブラック企業の平社員のような哀しき者を、泥臭い熱意のままに命がけで助けたのだ。
俺のSAN値が限界突破して消滅したあの絶望の引き換えに、俺の魂の奥底に眠っていた熱すぎる『正義感』と融合し、世界にただ一つの固有スキルが発現した。
それが、俺の【不屈の正義】だった。
そのスキルの発現のおかげで、俺はようやくこの世界で冒険者生活を続けられる最低限の目途を立てることができた。そんな時だった。俺はギルドの窓口で、ある商人の護衛の期間契約の依頼を受けることになった。そこで初めて出会った警護対象こそが、他でもない魔法使いのソイと、僧侶のエリーだったのだ。
そこからは、まさに激動の異世界生活が始まった。
そうは言っても、行く先々で問題を起こすソイに振り回され、まるでワンマン社長に付き従い、その後始末を現場で駆け回りながら泥臭く片付けさせられる、ブラック企業の下っ端従業員みたいな役割だったのだが。
それでも、この世界にはスキルや魔法がリアルタイムで駆動しており、すべてが新鮮だったこともあって、俺は俺なりにその泥臭い長旅をそれなりには楽しんでいたのだ。
だが、あの公害お嬢様のソイの暴走っぷりだけは、最初から完全にブレーキがブ壊れていた。
あいつは頭に思いついた不条理な思い込みをそのまま大声で叫びながら、これ見よがしに豪華な杖を振り回して、無計画に特大のファイアーボールをそこら中にぶっ放すのだ。お目付け役の俺は、あいつの引き起こす大炎上を止めるために、何度も、何度も、文字通り生身の肉体で盾となって体を張り、その理不尽な爆発の巻き添えを喰らい続けてきた。
もちろん、そんな初期のへっぽこな新人ステータスのままで、当たれば魔族でさえ致命傷の火力を直接喰らえば、それこそ一発で焦げ肉になって終わりだ。だが、そこは徹底的な合理主義者であるエリーの知略だった。エリーは俺という有能なお目付け役を道具として長く使い潰すために、俺の肉体へこれでもかと頑強な何重もの保護魔法を重ね掛けし、さらに実家から支給された最高級の炎耐性の防具を俺の身体にガチガチに着込ませていたのだ。
おかげで、直撃を喰らうたびに「2~3週間の入院」を繰り返すだけで、どうにか魂のメモリを焼き切られずに済んでいた。今思い出しても、あの初心者ステータスのままよく生き残れたと未だに驚くし、死ななかったのが不思議でたまらない。
だが――その過酷極まりない泥臭い入院生活を繰り返したおかげで、俺の不屈の正義は、すでにスキル解析を完了させていた。
俺の魂には、あのソイが放つ最大級のファイアーボールのスキル波形が、過去の護衛任務の時点で完全に登録されていたのだ。そして、この世界にきたばかりでまだお人好しだったあの頃の俺は、自分のスキルの仕様(直接スキル攻撃を3回受ければ4回目から完全無効化できるバリア)のことを、この爆弾コンビの2人には包み隠さずすべて話してしまっていた。
だからこそ、だ。
先ほどの魔族戦の最中、俺が「プランBだ!!」と叫んだ瞬間、あの2人は俺の意図を100%完璧に理解した。
この作戦には、別名があった。
まだこの世界に来たばかりで調子に乗っていたウブな俺が、2人の前で「フッ、炎からまるで蘇るようだろ……? 聖闘士に同じ技は二度と通じないんだよ」とドヤ顔で言い放った、通称【フェニックス作戦】。今思い出すだけでも脳内メモリごと爆破して今すぐ存在をデリートしたくなるような、最悪の黒歴史である。
ソイの炎なら、バリアが発動して100%無効化できる。おかげで服もスキルのおかげで燃えずに大丈夫な仕様のままだ。
だが、そうは言っても、ソイの常識が欠如した公害クラスの超高熱の炎の中に真っ正面から包まれるのだ。熱量は遮断できても視覚と精神にかかる凄まじい負荷は本物であり、いつもこの作戦は俺にとってトラップのようなトラウマしかなかった。
パチパチパチパチ……。
主要街道のド真ん中に、巨大なクレーターだけが残された静寂の世界。
魔族はソイの最大級の炎に包まれ、悶絶しながら跡形もなく灰となってその場に果てていた。俺の固有特殊スキルは完璧に駆動し、ソイのファイアーボールのダメージを完全に無効化して弾ききっていた。
――だが。炎の熱は無効化できても、その直前に俺の肉体に刻み込まれていた【レッサーデーモンの鋭い爪による大量出血】の生生しい物理ダメージまでは、当然消えてはくれなかった。
俺は炎のクレーターの中心で、魔族の爪による激しい大量出血のせいで、結局そのまま普通に力尽きて意識を失い、気絶してしまっていたのだ。
「ちょっとぉー! レン、いつまで寝てんのよぉー! 起きなさいよぉー!」
暗黒のメモリの底で、前世のサビ残や、先ほどのフェニックス作戦の痛すぎる黒歴史の悪夢に激しくうなされていた俺は、耳元から響き渡った、ソイのあの語尾を伸ばした下品で騒がしい【だみ声】によって、最悪な精神状態のままガバッと無理やり現実へと引き起こされるのだった――。
(第44話




