【第43話】「不条理のプランBと、紅蓮のやせ我慢」
主要街道の地平線の先、揺らめく陽炎の向こう側から姿を現した、禍々しい漆黒の翼を持つ魔族。
下位の魔族と名が付いてはいるが、その格付けは紛れもない【B級上位】の最凶クラスのモンスター、レッサーデーモン。
「……っ」
流石にエリーの完全な犬になり下がって真っ先に敵に飛び込むあの馬鹿ウシも、相手の圧倒的なプレッシャーを前にしては、今回ばかりはすぐには突っ込めずに足のメモリを硬直させていた。そして、同じく前衛であるはずのヒサはといえば、戦う前から完全に保身の姿勢を決め込み、はるか後ろの遠巻きから怯えた目で相手を観察していた。
勝機があるとすれば、ただ一つ。あのソイの、当たれば魔族でさえ致命傷の火力で放たれる、高火力のファイアーボールを直撃させることだけだ。だが、それが簡単に出来れば、最初からこんなところで苦労などしていない。
こちらが絶望的な陣形のまま躊躇していた、まさにその刹那、魔族が先制で動いた。
こちらの動揺の隙を、魔族は完全によんでいたのだ。突風を伴う超絶的な速度で肉薄した魔族が、その鋭い爪を容赦なく振り下ろす。
魔族の戦術は極めて合理的だった。この中で誰が一番攻撃の要になるかを瞬時に見抜いて動いたのだ。遠くから大きな攻撃を仕掛けてくる者を真っ先に崩すのは、どんな戦いにおいてもセオリーだからだ。あいつは前衛の俺たちを完全に無視し、一番遠くに位置している後衛の側から一気に潰しにかかってきた。
黒い残光が空間を裂き、激しい悲鳴をあげて真っ先に爪撃を喰らったのは、あろうことか、一番後ろの安全圏にいたはずのヒサだった。
安全圏にいたはずが最初に攻撃されたことで、ヒサは完全にパニックを起こしていた。あまりの恐怖に脳内メモリが激しく動揺し、あいつはこんな一刻を争う極限の死線のド真ん中で、あの例のクソ長い中二病スキルを大声で叫び始めやがったのだ。
「我が地方ギルド申請書類受付番号第〇号の基本規約に準拠せし承認番号第三号ッ! 主要街道安全管理条例における突撃付加条項第十七条のコンプライアンスを完全厳守し発動するッ! 漆黒の闇より出でし深淵なる行政の鉄槌よ、監査の光を纏いて不条理なる監査対象を粉砕せよッ! ――終焉の終止符を刻む『規約遵守の行政一撃』ッッッ!!!」
「逃げろ!! 今、そんな無駄に5行もある長い講釈を垂れてんじゃねえ、今すぐ逃げろ!!」
俺がボロ剣を構えて叫ぶが、ヒサには届かない。そして、そのヒサのあまりにも異常な『技名の長さ』を見た魔族が、その不気味な顔を最悪な形へと勘違いさせた。
魔族はヒサのその必死な大声と長い詠唱を、これ以上ない強烈な大技のタメ(詠唱)だと判断したのだ。パーティーの攻撃の要を崩すという、大きな魔族の勘違い。あいつはヒサを確実に仕留めるための大きな最大スキルを発動。禍々しい暗黒の衝撃波が、5行目のセリフを叫びかけていたヒサの胸元へと真っ正面から直撃した。
ドグゥゥゥゥンッ!!!!!
ヒサの身体は骨が砕ける音と共に大質量で吹き飛ばされ、遥か彼方の草むらの奥へと叩きつけられた。生きているかどうかの確認など、この乱戦の最中では到底できない。
魔族は、俺たちの絶望をあざ笑うかのように、その不気味な顔をニヤリと歪めてみせた。
本来のパーティーであれば、攻撃の要が一発で消し飛んだこの状況を前にすれば完全に心が折れて全滅を受け入れる絶望的な状況だろう。だが、あいつがヒサを勝手に「攻撃の要」だと勘違いして、本当の攻撃の要を残してくれたおかげで、まだ運は俺たちの味方をしてくれていた。
ここで、前衛の2人の動きは明確に分かれた。
馬鹿ウシもさすがに魔族の意図に気づいたようで、エリーとソイを守る下心のスタミナを限界突破させ、即座にクソ重い大盾をガチッと構えて彼女たちのカバーへと全力で割り込んでいった。
対する俺は、ギルドの公式なペナルティ(全滅違反)を回避するため、前線に踏みとどまり、ボロ剣を両手で強く握りしめて敵の爪撃の軌道を泥臭く散らしにかかった。
だが、B級上位の圧倒的なフィジカルの前に、大盾を構えた馬鹿ウシの防御線がやむなく突破される。エリーとソイを健気に庇い続けていたあの馬鹿ウシは、魔族の爪撃のスキルを真っ正面から直撃されて大きく吹き飛んだ。盾を砕かれ、全身血まみれになって完全に動けないようだ。
魔族は冷酷な足取りで、倒れた馬鹿ウシへとトドメを刺すためにゆっくりと近づいていく。
ヒサと馬鹿ウシという、なじみのない2人が完全にダウンした。
この絶望的な状況になったことで、残された俺とエリーは、ついに互いの「真の手の内」を晒す覚意を決めた。
「ソイ!! エリー!! ――『プランB』だ!!!」
俺が地を走るような声で後方の2人に向けて叫んだ瞬間、かつての護衛任務時代の記憶が即座に同期した。2人は俺の意図を完全に理解した。
エリーはどこまでも冷静に状況を見つめ、一切の無駄な感情を交えることなく、俺のやせ我慢の肉体へとスピードを劇的に向上させる『クイック』の補助呪文を直撃させた。
俺はその補助魔法による異次元の爆速を利用して地を蹴り上げると、トドメを刺そうとしていた魔族の完全な死角である背後から――その太い首筋へと、生身のまま全力で飛びついて抱きついたのだ!
ガチィィィンッ!!!
「なっ……!? 虫ケラが、後ろから何を――」
魔族が驚愕の声をあげ、振りほどこうとその鋭い爪を、背後にいる俺の脇腹へと容赦なく突き立て、肉の中に深く食い込ませてきた。激痛が脳内メモリの許容量を一瞬でぶち抜く。
プーエルが脳内に語りかけてくる。
『――レン、お前が契約を交わすというのなら、いつでも身代わりのスキルを発動させてやるわ。さあ、どうする!』
脳内の奥底から、魔剣プーエルのいつもの冷徹で契約本位な通信が直接響き渡るが、俺はそれらをすべて完全無視した。
俺の固有特殊スキルのバリアを発動させるためには、相手の同じ攻撃を3回、この生身の肉体で受けなければならない。魔族の爪が、俺の肉を削り、骨を軋ませる。その生身の被弾カウントを冷徹に頭の中で刻みながら、俺は魔族の巨躯を限界のスタミナでホールドし、天を衝くほどの叫び声をあげた。
「――今だ!!! やれ、ソイーーーーーッッッ!!!!!」
「いいよぉ〜! 私の本気、最大級のやつで、まとめてドカーンといっちゃうよぉ〜!!」
ソイがそのこれでもかと巨大な宝石が埋め込まれた超絶に豪華な杖を掲げ、語尾を伸ばした最高火力の呪文を叫んだ。次の瞬間、俺たちの視界のすべてが、あの森林大火災の記憶を遥かに上回る、無駄にクソ巨大な「特大のファイアーボール」の紅蓮の光によって埋め尽くされた。
当然、魔族の背側に文字通り肉の壁となって密着している俺自身もろとも、その地獄の超高熱の炎の中へと巻き込まれていく。
「ぎゃあああああーーーッッッ!? !? なんだこの熱さは、バカな、人間ごと焼き尽くす気かァァァーーーッッッ! !」
魔族は、自身に組み付いたままビクとも動かない俺のやせ我慢のホールドの中で、ソイの常識が欠如した公害クラスの特大の炎に包まれ、悶絶しながら絶叫をあげ、やがて跡形もなく灰となってその場に果てていった。
主要街道のド真ん中に、パチパチと不気味に燃え盛る巨大なクレーターだけが残される。
凄まじい超高熱の炎の嵐が吹き荒れ、やがて静まり返るその空間の真ん中で――。
魔族を文字通り身を挺して道連れにし、最大級のファイアーボールを真っ正面から直撃された、あの主人公レンの肉体が炭化寸前で地面へと崩れ落ちるのか!?
レン──死亡確認!!
(第43話




