【第42話】「崩壊するリズムと、白昼の魔族」
港町を出発して、広大な草原フィールドの主要街道へと差し掛かった俺たちの馬車。
(本当に大丈夫だろうか……)という俺の拭いきれない懸念は、草原の草むらから数体の魔物が姿を現した瞬間、最悪な形で的中することになった。
「エリーちゃん、下がっていなさい! このウシオが道を切り開いてみせよう!」
案の定、馬車が止まるや否や、一番手に大声を上げて真っ正面から突っ込んでいったのは、エリーの完全な犬になり下がった、あのおじさんだった。
幸い、現れたのは戦闘力の低い弱い魔物だったため、本来なら対処に困る相手ではない。だが、この臨時パーティーの戦闘バランスは、お世辞抜きでこれまで経験した異世界生活の中で「最悪」の極みだった。
これまでの道中は、彼らの歪でバラバラな動きの合間を縫って、俺がなんとか調整してギリギリ上手くバランスを取っていただけに過ぎなかった。だが、そこに同じく前衛であるはずのヒサが入った瞬間、俺が必死に維持していた連携のリズムは跡形もなく消滅した。
まず、このヒサという男は、状況が100%完璧にこちらに有利だと確信できない限り、戦闘に積極的に参加しようとしない。前世のブラック企業で、プロジェクトの責任から一番に逃げ回っていた無能な上司を見ているようで最高にイライラした。
それだけならまだ肉壁として放置すればいいのだが、何より最悪なのは、戦闘が終わりかけて状況が完全に有利になった瞬間、最後にいいところだけをかっさらっていこうとするその手柄泥棒根性と、コイツがスキルを発動させようとするときの【無駄に長すぎる中二病の技名】だった。
「我が地方ギルド申請書類受付番号第〇号の基本規約に準拠せし承認番号第三号ッ!
主要街道安全管理条例における突撃付加条項第十七条のコンプライアンスを完全厳守し発動するッ!
漆黒の闇より出でし深淵なる行政の鉄槌よ、監査の光を纏いて不条理なる監査対象を粉砕せよッ!
――終焉の終止符を刻む『規約遵守の行政一撃』ッッッ!!!」
「長いわ!!! 5行も使ってどんだけ無駄な講釈と中二病を垂れてから突っ込んでやがるんだ、大きな隙だらけだろうが!!」
俺が思わず怒声を上げるが、後方のお嬢様がその狂った隙を補うようにタイミングを計ってくれるはずもなかった。ソイは周囲の状況など1ミリも見ていないため、ヒサが長い技名をまくし立てているド真ん中で、これ見よがしに豪華な杖を振り回して無計画にファイアーボールをぶっ放そうとする。
さすがに味方を真っ正面から呪文で撃ち抜いてはこないとは思うが、常識の完全欠如した公害お嬢様だ、それすらも100%確定できない。
前方にいる馬鹿なおっさんと手柄泥棒のヒサ、そして後方から誤射を仕掛けかねない公害お嬢様。俺は前にも後ろにも同時に細心の注意を払わなければならず、結果として、前回のように全体のバランスを取ることすら極めて難しい、完全な機能不全状態に陥っていた。
非常に弱い相手であるはずの戦闘ですら、信じられないほどの過酷な重労働を強いられることになった。
「エリー、お前も僧侶なんだろ! まともな補助呪文の一つでも使ってくれれば、少しは全体の動きがマシになるんだが!」
俺は戦闘の合間に、後方でただ知的につまらなそうな顔をしているエリーへと声を荒らげた。
だが、エリーは男を道具としてしか見ていない超合理主義者だ。自分の手の内をこんなその場限りの野良パーティーに晒すことを嫌い、どこまでも冷静に状況を見つめていた。しかし、こちらを一切助けようともせず、完璧な地味系清楚な顔のまま静観を決め込んでいた。
「あら、レンさん。そんな不満そうな目を向けられても困りますわ。……手の内を晒さないように最低限の動きしかしていないのは、それは『あなた』も一緒でしょう?」
エリーは理知的な雰囲気を崩さないまま、俺の目の奥を見据えてつれない回答を突きつけてきた。
その言葉の鉄槌を直撃され、俺はぐっと言葉を詰まらせた。
(……チッ、その通りだよ。こんなところで自分の手の内をさらするようでは、冒険者としては失格だ。その通り、過去にも痛い目を見ているからな。でも、本当にこのままで持つのか……?)
自分の固有特殊スキルの致命的な穴を隠匿するため、周囲にはただのD級のボロ剣使いとしてしか振る舞っていない俺は、過去の苦すぎる教訓を思い出し、エリーの指摘に完全に納得するしかなかった。こんな即席の信頼度ゼロのパーティーで、積極的に自分のスキルを晒すことの危険性は痛いほど理解できるのだ。だからこそ、エリーに対してもこれ以上の文句は言えなかった。だが、それにしてもこの状況はあまりにもめんどくさい連中すぎた。
俺が頭の奥の憂鬱を胸の中で数えていた、まさにその刹那だった。
前世の危機管理から培った俺の直感が、肌を刺すような凄まじい、冷酷な死の危険信号を検知した。
主要街道の地平線の先、揺らめく陽炎の向こう側から、空間の座標そのものを歪めるような不気味な魔力の気配が立ち上り、俺たちの馬車の前にそのおぞましい巨躯を現した。
「……嘘だろ……っ。なんで、こんな場所に……」
俺は、その目の前に現れた異形の姿を目にした瞬間、あまりの戦慄に息を呑んだ。
散々ギルドの公式な注意報で、他の地域でも異常出現が起きていると警戒されていたことだったが――。
レッサーデーモンが、なんでこんなところに。……昼間の街道だぞ……!?
そこに佇んでいたのは、禍々しい漆黒の翼と、鋭い爪を持つ魔族――レッサーデーモンだった。その格付けは、紛れもない【B級上位】の最凶クラスのモンスター。
『――クフフ、アハハハハッ! レン、他派の不快な下級魔族の魔力ですね! 素晴らしいわ!』
その絶望のグラフィックを直撃した瞬間、脳内メモリの奥底から、魔剣プーエルのこれまでにないほど「嬉しそうな、とろけるように優しい」念話が頭の中に響き渡った。
『レン。いつでも私の【身代わり】のスキルを使っていいぞ? さあ、何かあったらすぐに契約を交わそう。私がお前の身も心も、すべてを等価交換で受け止めてやる……』
(おい待て、なんでこんな時に嬉しそうに優しく悪魔のサブスク営業を仕掛けてきてやがるんだ、この相棒……ッ!)
もし、このパーティーの全員が私情を捨て、100%完璧に噛み合って死力を尽くすのであれば、まだ僅かに突破できる可能性はあるかもしれない。
だが、前衛はワンオペに疲弊した俺と、エリーの完全な犬の馬鹿うし、そして無駄に長いスキル技名で隙を晒すヒサ。後衛は常識の欠如した公害お嬢様のソイと、手の内を隠すエリー。
こんな最悪なバラバラの状態で、よりによって白昼堂々の主要街道でB級上位の魔族に出会うなんて、不条理にも程がある。
俺の脳裏をよぎった未来の予測ログ――それは、この臨時パーティーの全員が、なすすべもなく肉塊に変えられて果てる、あまりにも生々しい【全滅】の二文字だった。
(第42話




