【第41話】「港町の名物料理と、無自覚な社畜体質」
強行軍で馬車を走らせた結果、俺たちは夜も遅い時間になって、ようやく目的の港町へと滑り込むことに成功した。
「もう夜も遅いですし、満足に開いている飯屋もないでしょう。今夜は各自自由に宿を決めて、明日の出発に備えましょう」
俺が御者台からそう告げると、各自異論なくその場で解散となった。
夜遅くて店が閉まっているということは、あのソイが外で新たな言葉の炎上騒動を巻き起こす要因が最初から少なくなっているということだ。俺は心の底から安堵を噛み締めていた。
明日は、ソイの念願だった新鮮で美味しい魚を食べさせる名物の店で集合すること。そして、その集合時間までに、次の長旅となる野営に備えて数日分の食料の買い出しを行っておくこと。
――そして例によって、その面倒な買い出しの雑用タスクは、すべて俺のワンオペ業務として押し付けられることになった。
「ウシオさん、ソイ。昨日の干し肉の件もそうですが、今回の野営用の買い出し費用に関しては、しっかりあとで出して清算してくださいよ」
俺がこれ以上の自腹を切らされないために釘を刺すと、案の定、公害お嬢様のソイが語尾を伸ばして最悪なせこさを発揮し始めた。
「えぇ〜? 今回の旅路はポーションを使わずにエリーちゃんのヒールがあるんだからさぁ〜、食料の買い出し費用くらいはレンが出しなよぉ〜! あとさぁ〜、昨日のあんな貧相な干し肉のスープ料理くらいで、いちいちお金取らないでよねぇ〜!」
「そ、そんな……。ワシがエリーちゃんのために家庭的に作った自慢のスープが、貧相だなんて……」
自分の料理を貧相と一刀走断され、ウシオおじさんがガックリと激しく肩を落としてへこみだした。
変なところでせこいお嬢様だった。そもそも今回の旅で、俺自身はエリーのヒールなんか1ミリもお世話になっていない。いつもエリーの前で見栄を張って勝手に魔物に突撃したり馬車に轢かれたりして、血だらけになってデレデレとお世話になっているのは、お前たちの後ろにいるその馬鹿うしだろうが。
俺が白目を剥きかけ、これ以上の不毛な議論は精神的メモリの無駄だと引き下がろうとした、まさにその時だった。新しく加わった理屈っぽい男、ヒサがその細かすぎる口を挟んで割り込んできた。
「いや、レン殿。ギルドに提出された申請書類の規約における、パーティー内の移動経費の明細書の内訳から逆算するとですね、このケースにおける食料の負担比率のパーセンテージはシステム的に――」
(……チッ、今度はコイツの規約講釈かよ。いや、コイツの言いたいことも、ビジネス(規約)の観点から言えば理解はできる。だが、今これ以上この議論を拗らせて長引かせる、余力はレンにはなかった)
俺はヒサの言い分を頭の中で一度は理解しつつも、これ以上この面倒な会議を拗らせないために、申し訳ないがその場をまとまる方向へと泥臭く動かすことにした。俺はリスクヘッジのための妥協点を提示しながら、激しくその言葉を制止した。
「今はそんな細かすぎることを言ってる場合じゃないだろ! これからの街道は命もかかっているんだから、規約の数字よりも現実の備えの方が先だ!」
ここで全員が互いに協力しなければ、この過酷な街道では本当に命を落とすことになる。その生々しい危機感と大人の妥協を突きつけられたことで、ヒサはようやくその細い口を噤んだ。
(本当にめんどくさい連中だわ……。俺はこの臨時パーティーのリーダーでも何でもないというのに、なぜこうして現場の最前線で板挟みになって調整ばかりさせられているのだろうか)
そう、俺は自分自身が、ワンマン我儘社長の元で、勝手に現場を走り回って損害を揉み消し、経理の調整をさせられている『前世の悲痛なブラック企業体質』が1ミリも抜けていないという残酷な無自覚に、この時はまだ全く気づいていなかった。ただの悲しき社畜の習性だった。
「分かりましたよ。明日、俺が責任を持って野営の食料を準備しておきますよ。少し贅沢なものを揃えておきますから、文句は言わないでくださいね」
結局、俺が折れる形で、明日も早く起きて市場へ仕入れに向かうノルマを自らに課すことになった。
「では、明日のお昼にあの店で」
エリーとソイが歩き出すと、馬鹿うしは鼻の下を伸ばし、当然のように彼女らの後ろについて行った。
俺はあいつの真っ赤に染まった背中を、これ以上なく冷徹な目で見送った。
(……おい、あいつが当然の顔をしてついていったあの二人の宿、この港町でもトップクラスに高級なところだぞ。あとで請求される高額な宿代に、血涙を流して後悔することになるのも知らずに……。故郷の村で待ってる病気の奥さんのための薬代は本当に大丈夫なのかよ。まぁ、余計なお世話か……)
自称・良い夫の本格的な破滅へのカウントダウンに呆れ果てながら、俺も格安の安宿へと身を沈めた。
翌朝、約束の店の集合時間前。俺は日の出と共に早起きして市場へと足を運び、これからの過酷な街道に耐えうる保存の利く肉や香辛料を手際よく実費で買い揃えた。
その市場の片隅の小さな飯屋で、一人せこく、港町の海鮮とは全く関係のない格安の地味な料理を黙々と食べているヒサの姿があった。どこまでも細かく、どこまでもズレている男だった。
その後、合流したソイは、そんなヒサのことなど最初から視界にすら入れず、完全に無視してそっぽを向いていた。常識は欠如しているが、めんどくさい奴をシャットアウトする能力だけは異様に高いお嬢様だった。
正式に昼前、俺たちは予定通り、港町の名物料理を食べさせる店へと集まった。
「美味しいぃ〜! さすが本場の新鮮なお魚は違うわねぇ〜!」
運ばれてきた極上の魚料理を前に、ソイが語尾を伸ばしてこれ以上なく上機嫌になり、大人しくスプーンを動かしていた。さすがは本場の港町、その味だけは間違いなく本物であり、俺も久しぶりの美味い飯でようやくやせ我慢の胃袋を満たすことができた。
早めの食事を終え、俺たちは昼前には港町を出発し、馬車を次の目的地へと走らせた。
(よし、飯も食った。ここから一気に、商人の街へ向けて街道を飛ばすか――)
俺は御者台で馬の手綱を強く握りしめた。
だが、港町を出発して広大な草原フィールドへと差し掛かった頃、静かに、だが確実に不穏な雰囲気を検知し始めた。
前衛は、ワンオペに疲弊した俺と、エリーの完全な犬になり下がって判断力の鈍った馬鹿うし、そして理屈にうるさいだけのヒサ。
後衛は、常識の欠如した公害お嬢様のソイと、男を財布ではなく「上手く使うための道具」としか思っていないエリー。
この、お互いの信頼のメモリが完全にゼロに等しい、最高にバランスの悪いパーティー。
遮るもののない草原の風が、御者台の俺の肌を冷たく撫でて通り抜けていく。
まだ、何も起きてはいない。
だが、この静寂の向こう側、緑の地平線の先から、避けることのできないのっぴきならないピンチの足音が、静かに、確実にこちらへと近づきつつあるのを、不気味な予感と共に静かに感じ取るのだった――。
(第41話




