【第40話】「強行軍の港町と、デリートされた契約者」
野営の準備での騒動も終え、無事に夜明けがきた。
疲れは残っているが気持ちのいい朝である。俺たちは軽く朝食を整えると、さっそく出発の準備を始めようとした。
だが、そんな俺のやせ我慢の前に、またしてもお嬢様の意味不明な発言が全開で裂した。
「ちょっとぉ〜! 今日の朝ごはんなんか地味じゃなぁ〜い? 私、港町の新鮮な美味しいお魚が食べたいぃ〜!」
干し肉のスープを前に、相変わらず語尾を伸ばして自由すぎる我儘をのたまうソイ。
(本当に、旅路を何だと思ってやがる……)と呆れ果てて白目を剥きかけたが、俺は手元の地図の座標を精査し、一瞬にしてある社畜の『期間短縮ロジック』を弾き出した。
待てよ。この先の主要街道のルートには、確かに規模の大きな港町が存在している。少し先ではあるが、もし今日、馬車の速度を限界まで上げて無理な強行軍の行程を組めば、夜遅くにはその港町へ到着することができる。
つまり、今日無理をすれば、この爆弾コンビと過ごさなければならない地獄のデスロードそのものを【大幅に前倒しして短縮できる】。無駄な人間関係の延焼トラブルを減らすための、これ以上ない完璧なリスクヘッジ(納期短縮)だった。
「分かった。ソイの言う通り、新鮮な魚を食うために、今日は馬車を急がせて一気に港町まで強行突破しよう」
俺が提案すると、エリーも「ええ、街の宿の方が身体も休まりますわね」と知的に同意し、残りの馬鹿うしは自動同意したため、即座に強行軍のタイムラインがホールドされた。
◇
御者台の馬を急がせ、かなりのハイペースで主要街道を爆走する俺たちの馬車。
だが、その速度を上げてからしばらくした頃、俺の網膜の後方に、不気味な違和感が映り込んだ。
(……おかしい。普通、こんな強行軍のハイペースにぴったり張り付いてついてこられる馬車が、この辺境の街道でやけに不自然だな……?)
後方を警戒していると、隣にいたソイが「ちょっとぉ〜!」と叫び、自身の特注の豪華な杖を振り回して騒ぎ始めた。
「あれ、絶対にあたしのストーカーだしぃ〜! 私ってば精霊に愛された超〜いい女だからさぁ〜、本当にどこに行っても男の苦労が絶えないわけよぉ〜! ギャハハ! うける!」
他人から恨みを買っているという自覚など、この馬鹿には1ミリもなかった。純粋に自分がいい女だから男たちが放っておかないと本気で自惚れているその姿は、どこまでもろくでもなかった。
俺は試しに、こちらの馬車のスピードを少し落として様子を見ることにした。
すると、後方の馬車も鏡のように正確にスピードを落とし、一定の距離を保ったまま、それでもぴったりと後ろについてくる。その確実な挙動を目にしたことで、俺だけでなく馬車に乗っている一同全員が、後方の馬車が明確にこちらをマークして追尾してきているという不自然な事実に気づき、一気に緊迫した空気が走った。
「あーもう、めんどくさいから私の火の魔法でまとめて燃やしちゃおっかなぁ〜!」
ソイが馬車の荷台の後ろで物嘘な呪文を唱え始めたため、俺は全力でその豪華な杖を叩き落として制止した。
「馬鹿! 簡単に騒動を起こすな! 間間違っていたらどうするつもりだ!」
俺が必死にリスク管理の怒声を上げていると、御者台でエリーの視線を意識して最高に調子に乗っていた、あの馬鹿うしがここぞとばかりに大声を上げた。
「ならばこの私に任せておきなさい、エリーちゃん! このウシオが、その不審なストーカーを追い払ってみせよう!」
おじさんはいい格好を見せたい下心のスタミナだけで、なんと走行中の馬車からドヤ顔で飛び降りると、後方から迫り来る相手の馬車の進路のド真ん中へと、男らしく真っ正面から立ち塞がったのだ。
──当然、勢いのついた馬車が、そんなおっさん一人を前に急に止まれるはずもなかった。
ドゴォォォォンッ!!!!!
主要街道のど真ん中に、肉体と木製の車輪が激突する凄まじい衝撃音が木霊し、ウシオおじさんは綺麗に、真っ正面から派手に跳ね飛ばされて草むらへと回転しながら吹っ飛んでいった。完璧なリアル交通事故だった。
急ブレーキの凄まじい摩擦音と共に止まった馬車から、顔面を真っ白に染めた一人の男が、ガタガタと震えながら慌てて御者台から降りてきた。
「な、何なんですか一体! ギルドでの申請書類の受付番号の規約がどうのこうの、この手続きのシステム的に、こうなればこうならないと重大な不整合が起きるはずなんですよ! なのに当日、約束の場所でいくら待っても現れないから、不審に思って衛兵に確認したら『あの方々はもう出発されましたよ』と言われて……! 慌てて追いかけて、次の中継点の村で先回りして待っていたのにそこにも現れず、今日になってようやく見つけたから、一生懸命馬車を走らせて追いかけてきたんです!!」
男は降りてくるなり、ギルドの申請書類やシステムの講釈について、永遠に理屈っぽくまくし立てて抗議を始めた。その掠れた絶望の絶叫を聞いた瞬間、俺の脳内メモリの全全開が、すべての不条理のピースを理解した。
「……おい、ソイ。まさかとは思うが、お前あの街のギルドの窓口で、こいつとも二重にパーティー契約を交わして放置してたんじゃねえだろうな?」
俺が冷徹な目を向けると、ソイは「あっ、そういえばぁ〜、なんかギルドの書類にサインした気もするしぃ〜、忘れてたわぁ〜」と、脳みそのメモリが完全に揮発した馬鹿の顔をした。横にいたエリーは、(あ、きっとソイが適当なことしてぶん投げたんだな)と、全てを察した顔で深く呆れ果てていた。
確かに、印象が異常に薄い男ではあった。だが、約束を破られた挙げ句に2日間も必死に俺たちの強行軍を追跡してきた、完全なる可哀想な被害者だった。男の名前は、【ヒサ】といった。
とりあえず事情は完全に理解したので、ギルドのペナルティを回避するためにも、このヒサの馬車も特例で同行させて、そのまま一緒に目的地の港町へと向かうことにした。ソイは相変わらず「えぇ〜、あたしのストーカーと一緒なんてマジで嫌だしぃ〜」と語尾を伸ばして文句を言っていたが、俺は無視した。
一方、馬車に真っ正面から跳ね飛ばされて全身打撲の重傷を負った馬鹿うしだったが、あいつは草むらに倒れたまま、これ以上ないほど幸福そうな表情を浮かべていた。
「ああ、ウシオさん……なんて無茶を……。すぐに私のヒールで治療しますからね……」
エリーは心配そうに駆け寄り、可憐な声を響かせた。
だが、その心の中では(余計な面倒を増やすな)と激しく呆れ果てて冷徹に舌打ちをしていた。しかし、そんなドス黒い本音はおくびにも出さず、完璧な地味系清楚な聖女の顔のまま、淡々と治療を施していく。
「う、うふふ……エリーちゃん……❤ ワシは、ワシは君のために……がふっ、戦ったのだよ……❤」
そんなエリーの腹の底の呆れなど知る由もない馬鹿うしは、マンツーマンのヒールを受けられるため、骨折や打撲の痛みを遥かに上回る下心の悦びに満たされ、最高に満足そうにデレデレと悶絶していた。本当に気持ち悪い光景だった。
これ以上馬鹿うしと同じ空間にいると胃に穴が空くため、俺は仕方なく、ヒサの走らせる馬車の助手席へと乗り移り、道中の会話を交わしてみることにした。
――だが、会話を始めて、わずか数分。
俺の社畜センサーは、これまでにないほど強烈な『めんどくささのアラート』を、その脳内メモリに感知して白目を剥きかけた。
ヒサという男は、先ほどのギルドの申請書類の話から始まって、「システム的にこうなればこうならないと辻褄が合わない云々」と、物事のあらゆる本当にどうでもいい細かいディテールに対して、永遠と理屈っぽい講釈を垂れ流し続けたのだ。とにかく細かくて、死ぬほどめんどくさい性格の男だった。
(あー……。なるほどな……。全ての謎が完璧にはまったわ……)
俺は助手席で、冷徹に全てを看破した。
あの壊滅的な馬鹿のお嬢様、前回の街の窓口で一度はコイツと契約を交わしたものの、コイツのこのあまりの細かさと理屈っぽいうざさに1分で耐えかねて、道中で適当にその辺へぶん投げて、脳内メモリから存在ごと『デリート(記憶消去)』しやがったんだな。
そして、ギルドの公式なペナルティを回避しつつ、今回またしてもこの新しく追加された『最高にめんどくさそうな男』の進捗管理は、例によってすべて俺のワンオペ業務として処理させられることが、この瞬間に100%完全に確定してしまった。
遠くには、ようやく目的の港町の明かりが見え始めていた。
だが、旅路の短縮によるリスクヘッジどころか、初日からは森林大火災、2日目には馬車の交通事故、そして夜には、ソイが記憶からデリートしたはずの『第2のめんどくさい怪異』が新規のトラブル案件として俺のワンオペに増員されるという最悪な状態。
この狂った臨時パーティーの中で、唯一のまともな常識人である俺の不安は、さらに限界突破の数値を記録していた。
俺は、担いできた新しい相棒の柄に触れ、冷徹なやせ我慢でこの深すぎる頭痛を引き締めながら、商人の街にたどり着くまでの「あと残り3日……いや、4日か……」と、逃げられない地獄のデスロードの残りの日々を、助手席の闇の中でただ切なく数えるのだった――。
(第40話
【40話記念おまけ資料】コイキングさん(カウフマン)
[本名:カウフマン](レンの脳内名:コイキングさん/恋キング)
•【クラス】:元・最底辺冒険者 ── 現・ブレーキの壊れた中高年プレイヤー
•【外見】:
特徴的な【インスマス顔(魚顔)】 。未だに教団ショップの呪いのサブスク装備(高級偽装備)を纏っている 。服のセンスも世界観も考慮していない、周囲の冒険者にとって迷惑なビジュアル。
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ステータスと特性
1.羞恥心の死滅:
教団の無料お試しキャンペーンの代償として【なけなしの倫理観】を根こそぎ毟り取られた 。結果、どれほど奇妙な奇行を働こうが1ミリも恥ずかしいと思わない無敵の精神防壁を獲得 。
2.愛の激痛の自動翻訳:
教団の規約に逆らって受付のアイちゃんを狂信しているため、ペナルティで『心臓を激しく締め付けられる呪いの激痛』が日夜直撃して吐血している 。だが本人は「ハァハァ……この胸の激痛、これこそがアイちゃんへの純粋な愛の痛みなんだァッ!❤」と脳内で自分の都合のいいように勘違いしている初級者ダンジョンの名物?怪異 ?




