【第38話】「初日の大惨事と、残念なるエリート」
ゴォォォォォォーーッ!!! ブゥゥゥワオオオォォッ!!!
バチバチバチバチッ!!! メキメキバキバキッ!!!
ドスゥゥゥンッ! ボゥボゥボゥボゥボゥッ!!!
ギラァァァァッ! バリバリバリバリバリッ!!!
、、、、、、、、、、、、、、、天を衝くほどの漆黒の煙が空を覆い尽くしていく。
爆発的な熱風が肌を焼き、大音響と共に大樹が次々とへし折れ、地響きを立てて地面へと崩れ落ちる。
主要街道を進み始めた初日の午後、俺の網膜の前には、鮮やかな緑に満ちていたはずの広大な森林が一瞬にして赤黒い地獄の業火に包まれていく、最悪な大惨事の光景が広がっていた。
(……初日から、この馬鹿がやりやがったわ……ッ!!)
昨夜の酒場での大炎上から明けた本日。何かまたあのソイが問題を起こすのではないかと、俺は宿の部屋でドキドキしながら冷徹に夜を明かしたのだが、幸いなことに今朝は無事に予定通り街を出発することはできたのだ。
だが、トラブルメーカーお嬢様のは朝から昨晩のつづきを繰り広げていた。
道中、馬車の荷台でソイは、昨夜の被害者たちのことを「ちょっとぉ〜! 昨晩のあの不細工なブスと冴えないオヤジのグループ、マジで超〜〜〜うざかったわぁ〜!」と、語尾を伸ばして本気で自分が被害者であるかのように不快そうに言い放っていた。1ミリの罪悪感もなく他人の悪口を本気で垂れ流すその言動は非常にめんどくさかったが、この調子なら今日中に次の中継点となる小さな村までたどり着けるだろう。そう確信し、主要街道の深い森の通路を通り抜けていた、まさにその時だった。
茂みの奥から、俺たちの進路を塞ぐように数体の魔物が現れた。
いつもの日課の要領で、まずは前衛である俺と戦士のウシオさんの2人で役割を分担して対処しようとしたのだが、ここで予想外の事態が発生した。
僧侶のエリーが後ろからじっと見つめているせいか、物静かだったはずのあのウシオおじさんが、これまでに見たこともないようなド派手な大振りの【攻撃スキル】を発動し、いつも以上に見栄を張って激しく張り切りだしたのだ。
すると、それを通路の後ろで見ていたソイが、他人への強烈なマウンティングのために実家の金で特注した、これでもかと巨大な魔宝石が埋め込まれた超絶に豪華な杖をドヤ顔で掲げ、語尾を伸ばして叫んだ。
「ちょっとぉ〜! ウシオさんばっかりハデに格好つけてズルいじゃん! じゃあ私もぉ〜、ドカーンといっちゃうからさぁ〜!」
お嬢様はその豪華な杖を突き出すと、魔物一体を仕留めるだけにしてはあまりにも過剰な、無駄にクソ巨大な「ファイアーボール」を正面へとぶっ放した。
激しい魔力の爆発音と共に、魔物は一瞬にして消し飛んだが、その凄まじい業火の余波は周囲の乾燥した木々へと瞬く間に燃え移り――気付けば、森ごと丸々大炎上するという、凄まじい災害の惨状へと至っていたのだ。
「あらぁ〜? 私、なんかまたやっちゃいましたぁ〜?」
煙が立ち込める中、ソイはどこかのなろうのチート主人公のような、これ以上なくウザい無自覚な表情のまま、頬に手を当てて佇んでいた。
「お前が全部やったんだよ!!! 完全に大罪人だろうが!!」
俺の脳内ツッコミが最高圧で空回りするが、このまま目の前の大炎上を放っておくわけにはいかない。
俺はウシオさんと協力し、燃え盛る火の手の先にある木や枝をこのボロ剣で必死に切り落とす、緊急の防火帯作成の重労働に追われた。
『おいレン!! なぜ剣たる私が、斧の真似事をして泥臭く木など切らねばならんのだッ! 刃こぼれするだろうが! あ、、今欠けなかったか、今すぐやめろ!! 炭のノイズが流れ込んできて胸糞悪いわ!!』
脳内メモリの奥底から、早く教団に復讐したくてただでさえイライラしている魔剣プーエルから、激しい大不満とガチで焦る念話が頭の中に訴えかけてくる。
「すまん、プーエル。俺だって今すぐあの馬鹿をゴミ箱へシュートしたい。刃を欠けさせそうになって本当に申し訳ない」
俺は心の中ですべてが契約本位な悪魔に泥臭く謝罪の通信を送り、その怒りを鎮めるための対価として、【商人の街に到着したら、お前のために最高に居心地が良い特注の高級な『剣の鞘』を、作ってやる】という、最悪な追加の契約を結ばされる羽目になった。
防具を新調するための有力貴族からの特別報酬が、旅の初日からどんどん理不尽に毟り取られていく。一体どれだけの出費がこの旅で重なるのか、俺は本気で頭を抱えた。
だが、その怒れるプーエルの口から、このソイというトラブルメーカーに関する、冷徹な世界観のシステムログがもたらされた。
『……フン、だがレン、一つ教えておいてやる。あのソイという女、言動こそ悪魔のようだが……その魂の波長は、この世界の「精霊」に極めて近い能力特性を持っておるぞ』
精霊に近い者が、その純粋な魂ゆえに精霊に深く愛され、その強大な加護を受けられるというのは、この世界の紛れもない事実だった。神や悪魔と血のサインを交わして使う通常の魔法とは違い、精霊魔法を使える者は数が少なく、極めて貴重とされる。ソイは子供の頃からその天才的な片鱗を見せていた。
そのため、実家の豪商は「精霊に好かれ続けるには、余計な社会の常識を植え付けず、ありのままの『自然体』で育てることが大事だ」という方針を打ち出し、ソイを文字通り馬鹿みたいに100%全肯定で甘やかして育ててしまったのだ。
さらに実家が太いため、「魔法留学」を経験し、辺境の未開のシャーマンの地域にまで赴いた結果、自然体が行き過ぎて現代社会の常識がさらに跡形もなく完全欠如してしまっていた。そうして最終的には都会の中央にある【名門の魔法大学】を優秀な成績で卒業している。
結果、世の中の迷惑をまき散らす公害、最悪な迷惑なブランドの塊が出来上がったのだ。聞こえだけは超一流の、正真正銘の「残念なエリートお嬢様」だった。
なんとかウシオさんと2人で延焼だけは食い止めたものの、俺たちの身体は煤まみれで真っ黒に汚れていた。
この状態のまま、すぐ近くにある中継点の小さな村に行くのは、リスクが大きすぎた。俺はウシオさんたち全員に向けて、冷徹に次の方針を提案した。
「このままだと、不審火の嫌疑を村で追及される、心苦しいがここは村には立ち寄らず、一気に村の先まで進んで、別の場所で野宿をしよう」
「おお! レン殿、私もまったく同感です! エリー殿のような清らかな女性を、不審火の容疑がかかっては煩わせるようにはいきませんからな!」
俺の提案に、真っ先にウシオおじさんが激しく賛成の声を上げた。
(……1200兆%下心だな、ありゃ。昨日まで病気の奥さんのためにって言ってた主語が、完全にエリーの男転がしで上書きされてやがるわ)
確実なウシオさんの地雷化に呆れ果てたが、俺はソイの腕を強引に引っ張り、なんとか説得して強行突破することにした。
こうして中継点の村を素通りして進む馬車の中、僧侶のエリーは、知的で理知的な雰囲気を崩さないまま、ウシオさんに対してソイの「精霊に愛された高潔な才能」について健気に説明していた。
それを聞いたウシオさんは、「そうか……ソイ殿はなんと素晴らしい、純粋な天才なのだ……! 先ほどの火事も、精霊たちが彼女を愛するがゆえの奇跡なのだな!」と、大火事を引き起こした張本人に対して、むしろ激しく感心して汚染されてしまっていた。
そうして夜遅くにようやく中継点の村の先にある開けた荒れ地までたどり着いた。
ウシオさんは、憧れのエリーと同じ夜の火を囲んでいるこのシチュエーションに、一人で脳内メモリを爆発させ、【ドキドキワクワク】と下心をギラギラさせながら最高に旅路を楽しんでいた。
(……ダメだわあの人。完全にエリーの手のひらで綺麗に転がされて、ドキドキワクワクしてやがる……)
完全解決からは程遠い、ギルド内部の内通者の不信。そして、明日からも終わらないトラブルの予感。
だが、あのウシオおじさんの下心まみれのドキドキワクワク野宿は最高に気持ち悪いが、あのソイが村の中でまた別のトラブルを起こされるよりは、こうして外で野宿する方が遥かにマシだった。
俺は新しい相棒の高級鞘という痛すぎる出費に頭を抱え、煤まみれの肉体のまま、マイナス固定されたSAN値を冷徹なやせ我慢で引き締めながら、明日からの過酷な街道の旅路へ向けて、底知れない不安と憂鬱の闇を、どうぞ静かに睨み据えるのだった――。
(第38話




