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【第36話】「爆弾コンビの素性と、消えた主語」

ギルドの厳しい契約によって、この先丸々5日間は絶対に逃げられない旅路が確定した俺。

俺たちは商人の街へ向けて出発する前の夜、既定のギルドがあるこの街の酒場へと集まり、今回の臨時の自己紹介を兼ねて交流(作戦会議?)を深めることにした。

「……改めてよろしく頼む。私はD級戦士のウシオだ。商人の街へ薬を求めに行く用事がある」

パチパチと薪が燃える酒場の片隅で、男はいつも通り物静かに麦酒の杯を傾けながら、淡々とそう挨拶を口にした。

だが、その言葉が俺の鼓膜に同期された刹那、俺の脳内にピキリと妙な違和感が走った。

(……ん? 薬を求めに? ――あれ……?)

確か昨日の野宿の焚き火の前では、あいつは『病床にある最愛の妻のために、必死に路銀を貯めて薬を買いに行く』と、涙ぐましい家庭環境の身の上話を語っていたはずだった。

なのに、なぜ今、この自己紹介の場で、その最も重要だったはずの『妻のために』という主語が、跡形もなく綺麗さっぱり消えているんだ……?

俺がその一瞬にして漂い始めた最悪な泥沼の気配に、(……いや、最悪な泥沼の気配に勘違いだよな、うん、俺の考えすぎだろ……)と必死に自分に言い聞かせて思考していると、俺の隣から、こちらの正気度を削りにくるあの距離感ゼロの馴れ馴れしい声が、酒場に響き渡った。

「じゃあ次、私ねぇ〜! D級魔法使いのソイ! 専門は火の魔法だよぉ〜! 今回もドカーンと一発、ハデに燃やし尽くしてあげるからさぁ〜!」

語尾を伸ばした、いかにも馬鹿っぽくて下品な喋り方でウインクをかましてきた、爆弾コンビの片割れ、ソイ。

俺はコイツの恐るべき素性と、過去に散々苦労させられた苦い記憶を、冷徹な目で無言のまま受け流した。

このソイという女、その実家は商人の街でも名を知られた、ある豪商の令嬢だった。

裏表のない性格と言えば聞こえはいいが、要するに生まれてから一度も人生の苦労を知らずに育ったため、致命的に我が儘。そのうえ、物事を深く考えていない、はっきり言えば馬鹿である。

有り余る実家の金を美容に使った結果、お嬢様らしい品格が生まれるどころか、単にけばくなっただけという非常に残念な人であり、言動を含めてとても豪商の令嬢には見えなかった。

頭に思いついたことを何も考えずに即座に口にするため、行く先々で他人といざこざを起こす。物理的な火の魔法での炎上はもちろん、その配慮のない暴言による言葉の炎上も凄まじく、周囲の人間を容赦なく巻き込んで全てを爆発させるトラブルメーカーだった。

「初めまして、ウシオさん。私は僧侶のエリーと申します。回復魔法と、いくつかの補助系魔法の使い手です。レンさんとは、以前に少しだけ縁がありまして。5日間、どうぞよろしくお願いいたしますね」

ソイの横から、上品に微笑みながら一礼したもう一人の女、エリー。

見た目は完璧な美少女というわけではなく、どこか守ってあげたくなるような、男の本能を絶妙にくすぐる地味系清楚なタイプだった。だがその本質は、利用できるものはすべて徹底的に利用する超合理的な性格。話してみると分かるが、知識も豊富で話題を運ぶのが抜群に上手い。

実際は男が嫌いなので、男を道具や財布として使い潰すことに1ミクロンの躊躇も良心の呵責もない。綺麗に転がされ、使い潰されていった男たちは数知れず――何を隠そう、この俺自身、前世の経験がありながらも、過去にコイツに本気で転がされそうになったという、最高に苦すぎる思い出があった。

元々、俺がこの世界に転生してスキルが発動し、いくつかクエストをこなしている中で受けたのが、あのソイの護衛任務だった。

提示された依頼価格は、俺のような新人にとっては破格と言えるほどの超高額。その理由は、ソイが行く先々で問題を起こすため、その損害賠償や揉み消し費用があまりにも多すぎたからだ。そのため、彼女の行動を裏から制止する「お目付け役」がどうしても必要となり、俺は期間契約で雇われる羽目になったのだ。その道中での彼女らの周りを巻き込む爆発的なトラブルには、本当に散々苦労させられた記憶しかなかった。

「では、明日からの5日間、安全第一で主要街道を進みましょう」

ウシオが物静かにそう告げ、全員で杯を合わせた。

ギルドの厳しい契約の縛りがある以上、もし途中でパーティーを組んだ相手を置いて逃げ出し、その結果として道中で事故や怪我などが発生すれば、その全責任を負わされるペナルティはとにかく重い。この先5日間は、絶対にコイツらと離れられないのだ。

俺は昔の苦すぎる思い出と、契約で縛られて逃げられない5日間の現実に、少し鬱な精神状態のまま、深い溜息を噛み締めていた。

――だが、この主要街道のデスロードは、明日からの出発を待ってくれるほど生温いものではなかった。

「ちょっとぉ! なんでこの店の麦酒、こんなにぬるいのぉ〜!? この私を誰だと思ってんのよぉ〜!」

杯を干した瞬間、隣のソイが語尾を伸ばした下品な怒声を酒場全体に響かせ、早くも周囲の荒くれ者たちの視線を引き付け始めた。

このあと、この酒場の席ですぐに最悪な事件を巻き起こすであろうソイの、そのブレーキの壊れた不穏すぎる大暴走のグラフィックを冷徹な目で見つめながら、俺のやせ我慢の夜は、新天地への出発を前に早くも最悪な炎上の煙を上げ始めるのだった――。

(第36話


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