【第34話】「三週間の遠征と、臨時のパーティー規約」
地方の有力貴族から正式に届けられた、目も眩むような高額な特別報酬。
前世のブラック企業ではどれだけ命を削って手柄を立てても1円の手当すら出なかったが、この世界では泥臭い苦労が正当なマネーとして報われたため、俺の財布は珍しくホカホカと温かかった。
俺はガットさんからの警告を思い出し、自分の容姿や名前が邪神教団の裏の内通者に割れているリスクを考慮して、資金がある今のうちに理不尽な不意打ちを防ぎきれる、ある程度まともな防御力がある装備を新調することを決意した。
だが、こんな田舎町の寂れたギルド周辺では、まともな装備など買えるはずもない。
ちゃんとした装備を仕入れるためには、莫大な物資とマネーがリアルタイムで交錯する大規模な【商人の街】へと遠征するしかなかった。
(……片道の街道に約1週間。向こうで装備を選び、購入し、俺の肉体に合わせた細かい調整を行う期間に1週間。あるいは帰り道に1週間。――合計で【3週間】の長旅になるな)
これほど長く部屋を空けるとなれば、家から徒歩3分のいつもお世話になっている下宿の主人夫婦へ、事前に長期不在の報告をしておくのは当然の規約だった。
「レンお兄ちゃん、商人の街に3週間も行くの? 寂しくなるなぁ……」
下宿のリビングで主人に手続きの報告をしていると、あの旅行のお土産をくれた幼い娘が、トコトコと駆け寄ってきて俺の服の裾をキュッと握りしめた。
そして、その小さな目を純粋に見開いて、これ以上なく愛らしくねだってきたのだ。
「あのね、レンお兄ちゃん。このまえ大人たちが話してるのを聞いたんだけどね、れでぃへのプレゼントは『倍返し』って聞いたから、お土産めちゃくちゃ楽しみにしているね! あとね、それでレンお兄ちゃんの『せんす』とかいうのも分かるんだって!」
無邪気に笑う少女の、大人びた知識の混ざった最凶のおねだり。
(星型チャームを無くして大号泣される呪いのフラグ)を奇跡的にへし折ったのも束の間、俺の脳内メモリには、次なる超高難易度の【無くしたら大号泣されるどころか、センスがダサかったら今後の下宿生活の査定が死ぬ最新の呪いフラグ】が過去最高ボルトで確定セーブされてしまった。
(トホホ……商人の街で、ただの防具選びだけじゃなく『幼女へ贈る完璧な倍返しと、センス査定任務』まで追加されちまったじゃねえか。絶対に無くさないように、死ぬ気でセンスのいいやつを仕入れて持って帰らねえとな……)
俺は引きつったやせ我慢の笑みを浮かべて「ああ、しっかり良いやつを買ってくるよ」と約束を交めると、次に、未だに拷問による精神的なダメージが心に重く残り、自宅で静養を続けているあの真面目な監視員のタダシの元へと不在の報告に向かった。
「レン殿、商人の街へ防具を新調しに行かれるのですか……。わざわざご報告に御足運いただき、ありがとうございます。……あ、私ですか? 体の傷はポーションで治りましたが、まだ、どうにも頭の奥のメモリが上手く駆動しなくて……。すぐには監視員の職務に復帰できそうにありません」
タダシは青白い顔のまま、申し訳なさそうに力なく微笑んだ。
俺はあいつの胸中を思いやり、「気にすな。向こうで何か買ってきてほしいものや日用品でもあるか?」と尋ねてみた。するとタダシは、ふと何かを思い出したように表情を強張らせ、声のトーンを落とした。
「いえ、私のものは大丈夫です。それよりもレン殿、私が休む前にギルドへの出向業務で見ていた公式な防衛ネットワークの情報なのですが……。例の、こんな辺境の初級エリアにいるはずのないあの凶悪な魔物、グリズリーが異常出現した事件……。あの事件と全く同じような『生息域を逸脱した不審な魔物の目撃報告』が、実は他のいくつかの地域でも、静かに上がり始めているのです……。ですから、商人の街へ向かう街道の道中も、くれぐれもお気をつけください」
「他の地域でも、グリズリーのような不審な出現が起きてるってことか……。肝に銘じておくわ」
タダシから世界の不安の拡大に関する不穏な警告を教えてもらった俺は、続けてあいつの口から、旅路に関するもう一つの重要な情報を耳にした。
「……それとレン殿、現在、商人の街へと続く主要街道は、周辺の治安悪化に伴い、ギルドの公式な規約によってソロでの移動が全面的に禁止されています。移動の際は必ず【パーティーを組んで移動すること】が義務付けられているのです。どうか手続きをお忘れなきよう……」
タダシからパーティー義務化の話を聞いた俺は、仕方なく、旅の出発手続きを行うためにギルドの窓口へと足を向けた。
前回のあの様子見を決め込んだお役所仕事の件もあり、今の俺の脳内メモリには、ギルドへの良い印象など1ミリも残っていなかった。できれば関わりたくもなかった。
だが、ギルドの規約に反してソロで強引に旅立ち、もし何かトラブルでも起こして規約違反が発覚した場合、BANとまではいかなくとも、その後に課されるペナルティ(資格停止や莫大な罰金徴収)がとにかく鬼のようにきついのだ。前世の不条理な社内ペナルティを思い出し、俺はリスク管理のためにしぶしぶルールに従うことにした。
(チッ……。この前ダンジョンで一回遭遇したきり姿を見せていない、あの正体も目的も完全に不明な『猿の面の不審者』の件もある。この状況で誰かと強制的にチームを組まされるのは面倒だな……)
俺はギルドの斡旋窓口を利用し、「商人の街まで、同じように移動の用事がある人員」を泥臭く探すことにした。だが、ここは寂れた辺境の田舎町だ。都合よく商人の街へ向かうような手頃な冒険者など、探したところで【ウシオ】という男以外、最初から一人もいなかった。
ギルドから紹介されたその男、ウシオは、日に焼けた顔にどこか人生の疲労を滲ませていた。
特徴と言えば、物静かで、どこか頼りなさそう、というただそれだけの、地味なD級冒険者だった。口数も少ない。だが、病気の妻のために商人の街で薬を手に入れるという、目的だけは100%しっかりと明確な男だった。
こんな頼りなさそうな最底辺のD級が2人集まったところで、ギルドの安全管理上、本来であれば正式な「パーティー」としては到底認められないレベルの脆弱な戦力だった。だが、そこはお役所の折衷案。
「商人の街へ向かう途中にある、最初の中継都市のギルドに到着した時点で、必ず臨時の追加メンバーを増員し、再募集をかけること」を厳格な条件として提示され、次の街までの移動許可が特例で降りたのだ。
(……まあ、他人の手柄を横取りする都会のイキリガチ勢や、倫理観の死滅したあの恋キングおじさんたちに比べれば、物静かで目的がはっきりしている奴の方が、次の街までなら付き合いやすい。こいつと2人だけでも、次の街までなら、なんとかなるだろう)
俺はウシオとの限定契約書にカチッとサインを交わした。
そして何より――今回は地方の有力貴族からガッツリ報酬をもらったおかげで、今の俺の懐は珍しく最高に温かいのだ。
(商人の街か……。あそこまで行けば、この辺境の田舎町じゃ絶対に食えねえような、都会のめちゃくちゃ美味いものが豪勢に食えるはずだ。せっかくの大金だ、久しぶりに美味い飯で、思いっきり胃袋を満たしてやるか!)
理不尽な防具選びの旅路の向こう側にあるであろう、大規模な市場の極上のグルメ。
俺はまだ見ぬ都会の美味いものへの期待に、珍しくワクワクと期待に胸を躍らせながら、臨時パーティーの相棒と共に、過酷なる未知の街道へとその足を、力強く一歩踏み出すのだった――。
(第34話




