↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
32/64

【第32話】「図面化のロジックと、物理の鉄槌」

アジトの地下室で、レンの巧妙なハッタリに精神を揺さぶられて人質の真の居場所を白状してしまった偽物のタダシを、俺とガットさんはこれ以上ないほど厳重にロープで縛り付け、完全に拘束した。

俺たちはその足で、夜の静寂に包まれたあの「明日からA級」を謳う黒いのぼりの武器屋へと極秘に潜入した。

「レンくん。あの男の自白通り、この店舗のどこかに次男坊が囚われている隠し部屋があるはずですが……。一見しただけでは、怪しい痕跡どころか違和感すら見当たりませんね」

ガットさんは正しい言葉遣いのまま、大剣の柄に手をかけ、暗い店内の壁や床を鋭い視線で見つめた。

当然、俺にもガットさんにも、悪魔の残滓なんて便利なものが判別できるわけがない。普通の冒険者であれば、ここに隠しスイッチや魔力の歪みがないかを感知しようと躍起になるところだろう。

だが、俺に相手のユーザーを欺く「鑑定能力」なんて便利な能力は搭載されていない。

だからこそ、俺の脳内メモリで駆動したのは、前世のブラック企業で散々見せられてきた、不正な裏金をプールする二重帳簿などを隠すための【隠し部屋(二重壁)】の構造を作る、あまりにも生々しく合理的な経験則だった。

「ガットさん、感覚に頼る必要はありません。泥臭く、物理的な数字を数えましょう」

俺は店内の各部屋の大きさを自分の歩数で正確に数えて計測し、頭の中で一枚の精密な図面を組み立てていった。

外から見た建物の総体積と、内側から計測したすべての部屋の床面積の合計。

それらを前世の過酷な在庫管理仕込みの正確さで照らし合わせ、引き算を弾き出した瞬間、俺の前に明確な物理的矛盾がハッキリと浮き彫りになった。

「ガットさん、ここです。この壁の奥、外寸との計算がどうしても合わない。小さいながらも、確実に【丸々一部屋分のスペース】が物理的に存在しています。巧妙にカモフラージュされているせいで、どこにもドアは見当たりませんがね」

どれほど完璧に視覚を欺こうが、この世界が三次元の法則で動いている以上、容積の矛盾だけは絶対に隠し通せない。

「なるほど、空間そのものが消えたわけではない、ということですね。……ならば、場所さえ分かれば、ドアなど最初から必要ありません」

ガットさんは俺の言葉を真っ正面から信頼し、その巨躯を低く構えて、A級の破壊力を秘めたあの大剣を静かに引き抜いた。

「――下がっていなさい。中に人質がいる可能性があります。慎重にいきます」

ガットさんは大剣の刃を構えると、中にいる子供に衝撃が届かないよう、細心の注意を払いながら、その厚い壁を慎重に、かつ確実に一撃で叩き壊した。

バキィィィンッ!!!!!

凄ましき破壊音が暗い武器屋の店内に木霊し、崩落したレンガの向こう側から、暗い隠し部屋が姿を現した。

「……あ、う……」

部屋の奥、冷たい床の上には、縄で縛られ、衰弱してぐったりと横たわっている小さな子供の姿があった。

間違いなく、カズキさんの不手際によって煙のように消え去った、あの都会の貴族の次男坊だった。

「無事ですか……! よかった、命に別状はありません!」

ガットさんは大急ぎで隠し部屋へと駆け寄り、子供を優しく抱き起こすと、安堵の息を吐いた。

そして、子供の命を繋ぎ止めた大剣を背中へと収めながら、ガットさんは俺の方を振り返り、魂の底からの真剣な眼差しを向けた。

「レンくん……。本当に、今回はあなたに頼って本当によかった。君のその知略と行動がなければ、この子の命はなかったでしょう。心から感謝します」

「いえ、ガットさんのおかげです。……その子供とアジトの偽タダシの身柄を連れて、今すぐここを離脱してください。あとの手続きは、ガットさんが、領主側へ内密に引き渡すのが一番確実です」

ガットさんに子供と偽タダシのすべてを任せ、俺たちは夜闇に紛れて武器屋を脱出した。

カズキさんの不手際という不名誉も寸前のところで致命的にはならず、次男坊の身柄も無事に確保された。そこから先は、すべて領主側と交渉を行うガットさんからの連絡を待つこととなった。

何日か経ち、俺の元へ、ガットさんを経由して救出された都会の貴族から【高額な特別報酬】が正式に届けられた。それは俺だけでなく、傷を負ったタダシの分も合わせて、目も眩むような大金だった。

前世のブラック企業では、どれだけ命を削って社内のピンチを救っても1円の手当すら出なかったが、この世界では、俺たちの流した血と泥臭い苦労がこうして正当な対価として報われたのだ。

今回の過酷な苦労が、最高の形で報われる感覚。

拷問を受けたタダシは未だに精神的には辛そうにしているが、この公営監視員の薄給を大きく覆すだけの特別報酬がもらえたため、あいつも少しは報われただろうか。親友の横顔を見つめながら、俺は静かにやせ我慢の吐息を漏らした。

だが、ガットさんから同時にもたらされたもう一つの報告は、やはりこの街の根底にある最悪な闇を証明していた。

俺たちが提出した証拠を元に、報告を受けた貴族たちが邪神教団を本格的に追及・査察する過程で――ギルドの内部に潜入していた【あるギルド職員】が、追及を察知して突如として行方不明になったのだという。あの一軒家で盗み聞きした「ギルド内部に潜入員がいて情報を流している」という会話通りの、トカゲの尻尾切り。

これで、完全なる解決には程遠いものとなった。組織の内部汚染への拭いきれない強い不信感が、もどかしく俺の胸を締め付ける。

そもそも、今回のすべての始まりは、こんな辺境の初級エリアに生息しているはずのない、あの凶悪な魔物グリズリーとの遭遇からだった。あの狂った歯車のすべてが、街を侵食しようと企む邪神教団の、底知れない大きな陰謀の一端に過ぎないのではないか。不安は未だ何一つとして消え去ってはいない。

それでも、俺たちの泥臭いやせ我慢の抵抗によって、この街を裏から破滅させようとしていた邪神教団の最悪な野望を――今回はなんとか、防げたのか、な。

俺は新しい相棒の柄を強く握りしめ、いつどこで次の歪みが牙を剥くか分からない今後の生活への不穏な予感に、マイナス固定されたSAN値をやせ我慢で引き締めながら、次なる過酷な戦いの予感を胸に、じっと静かに、前を睨み据えるのだった――。

(第32話


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。