【第3話】「大迷惑の固有結界【ワルブルギスの夜】と、聖女の引き立て役」
「はぁ……。コイキングのおっさんが完全にそっちの趣味に目覚めちまった。何なんだよこのダンジョン……」
俺は【不屈の正義】で衝撃波を無効化し、日課のレベル上げを再開していたが、通路の端から「アイちゃん、もっとゴミを見る目で睨んで……」と恍惚の表情で呟くおじさんの呪詛のせいで、別の意味で精神力(SAN値)をガリガリと削られていた。
だが、この田舎の格安ダンジョン(魔境)の本番は、15時ちょうどに訪れる。
「あらやだ奥さん、隣の領地の息子さんがねぇ――!」
「ギャハハハハ!」
鼓膜を突き刺す高周波の笑い声。通路の最奥、ボス部屋の手前を完全占拠したのは、暇を持て余して五炉端会議感覚でやってきた近隣の領地のお気楽な【サバトのマダムたち】。
しかも、今日の彼女たちはなぜか成金趣味のギラギラした【ビキニアーマー】を身に纏い、通路のど真んで円陣を組んでいた。
やっかいなことに、このマダムたちは集団で集まることで、周囲の空間そのものを絶望で染め上げる固有結界――【ワルブルギスの夜】を発動させていたのだ。
「こんな初級ダンジョンで、なんて大迷惑な固有結界を発動させてやがるんだ……!」
往復するたびに、あの『背徳感ゼロのビキニ老婆』たちが織り成す【ワルブルギスの夜】の光景が、格安ダンジョンの狭い通路のせいで強制的にこちらの網膜へと焼き付けられる。
だが、俺は逃げない。この最悪な結界からの精神汚染を、あえて3回、真っ正面から凝視して受け止めた。脳が引き裂かれそうな激痛が走る。
【不屈の正義カウント:3/3――固有結界『ワルブルギスの夜』、解析完了!】
ピキィィィン! 4回目。俺の魂にスキルが宿った瞬間、老婆の裸という最悪の精神汚染結界が完全に【無効化】され、俺の脳内には一切のダメージが届かなくなった。
日夜、家から徒歩3分のこの場所で、肉体と精神(やせ我慢)を死に物狂いで鍛え上げていなければ、解析が終わる前に発狂していただろう。
問題は、物理的に先へ進めないことだ。下手に彼女たちのビキニの判定に1ミリでも触れれば、社会的即死スキル『逆ドレインタッチ(不敬罪)』が発動して俺の冒険者人生は終わる。
タダシが「マダムの皆様方! 通路での井戸端会議は危険行為です! 固有結界の展開を直ちに解除してください!」と大声で注意を飛ばしているが、マダムたちは「あら、私たちはただ作戦会議をしているだけよ?」と、のらりくらりと言い訳して一歩も動かない。タダシは明文化された規約の壁を前に、胃を押さえて困り果てていた。
その様子を、管理カウンターから見つめていたアイ先輩の【イケメン探知レーダー】が、再びカズキ先輩の接近を検知した。
(あ、カズキ君がまたこっちを見てる……! よし、あのシワシワのビキニばばあ(貴族)ども、私のスタイルと有を有能さを際立たせるための『最高の引き立て役』になってもらいましょう!)
カチッ。アイちゃんの脳内メモリが、最凶の「聖女の計算」を弾き出した。
「ちょっと貴方たちィーーーッ!! 初級ダンジョンでそんな大迷惑な結界を張るなんて、管理者として、そして同じ『女性』として断固として許しませんッ!!」
ガタッ!と椅子を跳ね上げ、アイちゃんが可憐に通路へ飛び込んできた。
カズキ先輩に見える角度では、その完璧なスタイルをこれみよがしに強調し、ビキニアーマーのマダムたちと自分の「美の格差」をこれでもかと見せつけるポージング。まさに公開処刑(引き立て役)だ。
「カズキ君! 子供たちがこんな禍々しい固有結界を見たら、トラウマになって夜も眠れなくなっちゃいます! だから、このアイが責任を持ってこのお婆様方を撤退させますねっ♪」
カズキ先輩への凄まじいフェロモン&有能アピール。カズキ先輩はアイ先輩の露骨な態度に引きつった笑みを見せつつも、子供たちのために「あ、ああ、頼むよアイさん……」と、文句を飲み込むしかなかった。
だが、マダムたちも引き下がらない。「あら、お若いお嬢さん、私たちはただおしゃべりを――」
そうマダムが言いかけた瞬間、カズキ先輩の死角に入ったアイちゃんの瞳が、漆黒のデスアイへと完璧にパージされた。
「黙れよクソばばあ。そんな重力に負けたビキニアーマーで結界張ってんじゃねえわよ。私が今ここで『ギルドの秩序乱しおよび景観損害罪』で本部に通報したら、貴方たちの領地、今月の格安エントリー資格一発でBAN(剥奪)よ? 分かったらそのシワシワの身体ごと、今すぐ通路の端っこへ失せなさい」
地獄の底から響くような極小の脅迫。
あまりのガチな恐怖に、サバトのマダムたちはヒッ、と短い悲鳴を上げて完全に結界を霧散させ、通路の端へとガタガタ震えながら退散していった。一撃討伐(即BAN)である。
「す、凄い……! アイ先輩、ただ注意するだけでなく、女性の視点から子供たちのメンタルまでケアしてマダムたちを動かすなんて……! 私、アイ先輩のこと、本当に見直しました!!」
純粋なタダシが、感動で目を潤ませながら敬礼する。
だが、アイ先輩はカズキ先輩の死角でタダシを心底ゴミを見るような目で見つめ、
「(……ハァ? 誰がお前ら雑魚のためなんてボランティアやるわけ? カズキ君へのアピールに決まってるでしょ、この不細工が脳内お花畑で話しかけてんじゃないわよ、手柄が濁る)」
と言わんばかりの、息を吐くような冷酷な無視(絶対零度)でタダシの存在を完全抹消した。タダシの勘違いが虚空に消え、哀愁がすごすぎる。
一方で、通路の端では――。
「ひゃうん! アイちゃんがまたあの冷たい目で睨んでくれたぁぁ!! ご褒美だぁぁぁ!!」
なんと、おとなしく端っこにいたコイキングおじさんが、アイちゃんのデスアイ(※タダシ向け)の余波を浴びて、さらに深くマゾの悦びに打ち震えていた。
「あはは……アイちゃん、マダムたちを完璧に引き立て役に使いこなしたな……。まあ、通路が完全に空いたから、俺のノルマの続きが消化できるわ……」
俺の【不屈の正義】が、アイちゃんから放たれる凄まじい邪気(計算)と、コイキングのさらなる狂気の目覚めを察知する。
だが、肉体と精神の両方を死に物狂いで鍛え上げた俺の魂は、「まあ、死ななきゃ安いか」と、その不条理すぎる光景すらも不気味なほどのタフさで受け流していた。
俺はアイちゃんの「カズキ君、これで通路も安全ですぅ〜♪」という猫撫で声と、通路の端で「もっと……もっと踏んで……」と恍惚の表情を浮かべるコイキングの呟きをダブルBGMに聞き流しながら、虚無の使命感だけで、次の魔物を狩るために静かに歩き出すのだった――。
(第3話・完)




