【第2話】「聖女の仮面と、理不尽なる即死(BAN)魔法」
「……見たか。お前の理不尽は、もう俺には1ミリも通用しねえよ」
死ぬ気で鍛え上げた心と体の努力の果てに、俺は【不屈の正義】を発動させ、コイキングおじさんの放つ4回目の衝撃波『しおふき』を完全に無効化してみせた。
だが、そいつが撒き散らした殺傷力の高い土煙のせいで、近くにいた子供の冒険者たちが溺れかけそうになっていた。俺はすかさず新人衛兵のタダシに死角を指示し、タダシの『正義の魔笛』によって、コイキングおじさんの猛攻を一度はストップさせることに成功した。
これが、俺とタダシの運命の出会いだった――はずなのだが。
「うるせえ! 俺はギルド規定の範囲内で大技の練習をしてるだけだ! 違反でキック(厳重注意)できる明確な根拠でもあるのかよ!」
おじさんは顔を真っ赤にし、初心者用の狭い通路で、さらに激しく大剣をぶん回して暴走を再開した。
第1話で俺が見抜いた『違和感』の答えが、今まさに最悪な形で露呈する。このおっさん、管理カウンターにいる見た目が派手でビッチそうな【監査官アイちゃん】に、自分のダイナミックな姿を見せつけて必死にアピールしたいだけなのだ。
規約のグレーゾーンを盾にナメ腐った態度でタダシを論破し、下心丸出しで暴走を続けるおじさん。タダシはルールの壁を前に、胃を押さえて困り果てていた。
その時、通路の斜め上にある管理カウンターから、一筋の鋭い視線がおじさんに突き刺さる。
そこにいたアイちゃんは、瞳を『ゴミを見るような漆黒のデスアイ』へと完璧にパージ(換装)し、冷酷に吐き捨てた。
「……ハァ? 上級のロゴも持ってない地元の雑魚が、中級通路でバシャバシャ大技とかマジキモいんだけど。土煙こっちまで飛ばしてんじゃないわよ、ゴミが。……あーあ、あの不細工も使えないし、マジで視界が汚れるわ」
彼女の狡猾な脳内では「キープすべきイケメン・リスト」が常に精査されており、おじさんの必死のアピールなど、彼女にとっては「ダンジョンを汚すだけの雑魚の奇行」と同義なのだ。当然、俺たち一般冒険者の安全など彼女の脳内には 1ミリもない。
(うわ、アイちゃんの目がマジだ……。でも、アイちゃんはイケメンの前では完璧に猫をかぶる徹底した隠蔽型ビッチ。このままサボり続ける気か……?)
――だが、次の瞬間だった。
トコトコと爽やかな足音が響き、子供たちの指導を終えたイケメン指導員カズキが、幼い子供の冒険者たちの手を引いて、たまたまこちらの通路の様子を覗き見るように足を止めたのだ。
(あ、カズキ君が子供を連れてこっちを見てる……!)
その瞬間、アイちゃんの【イケメン探知レーダー(パッシブ)】が最大出力で起動した。
カズキに自分の職務怠慢や冷酷な本性がバレるわけにはいかない。有能で、優しくて、子供たちの安全を心から憂う「理想の管理者」を今すぐカズキに見せつけなければならない――!
ガタッ!!!
カウンターから椅子を激しく引き、アイちゃんの全身に凄まじい「聖女の仮面」が宿る。
「ちょっと貴方、いい加減にされ高座なさいッ!!」
アイちゃんはカウンターから信じられないほどの可憐なステップで飛び降りると、通路へと滑り込んできた。
さっきまで死んだ魚の目だったアイ先輩の瞳は、今や「正義の聖女」の如く爛々と輝いている(※カズキの方を向いている)。
「そこのおじさん! 貴方のそのイタすぎる範囲大技のせいで、カズキ君が連れている『未来の英雄たる子供たち』が土煙を吸い込んで溺れかけそうになっているのが見えないの!? ギルドの宝である子供たちを危険に晒すなんて、管理者として、一人の大人として断固として許しませんッ!!」
「な、何とォ!? だから俺はアイちゃんに俺の格好良いところを――」
「黙りなさい雑魚が」
カズキと子供たちからは完璧に見えない『死角』に入った瞬間、アイちゃんの瞳が再び漆黒 of 漆黒のデスアイへと完璧にパージされた。その目の据わり方は、本物の魔物よりも恐ろしかった。
アイちゃんはおじさんにだけ聞こえる極小の声を耳元に這わせ、冷酷に告げた。
「規約の穴を突けば許されると思ってんの? 私が今ここで『児童虐待および重大な危険行為』としてギルド本部に報告書を回せば、貴方の冒険者資格、一発でBAN(剥奪)できるのよ? 言い訳する口があるなら、今すぐそのむさ苦しい身体ごとダンジョンからつまみ出されたいかしら?」
「ひ、ひゃんっ……!?」
大好きなアイちゃんから放たれた、ガチすぎる破滅の脅迫、そして心臓を素手で掴まれるような超冷酷なドSの眼光。
あまりの恐怖と、人生で一度も味わったことのない「極上のゾクゾク感」に、コイキングおじさんは奇妙な悲鳴を上げてその場にヘナヘナと頽れた。
そしてアイちゃんは、カズキのいる方向へと素早く振り返る。その瞬間、表情は一瞬で「子供たちの安全を心から憂う、健気で有能な後輩」へと180度反転した。
「大丈夫よ、良い子のみんな♪ 恐ろしい地雷プレイヤー(おじさん)は、このアイお姉さんが成敗したからねっ! ――さあ貴方、周りの迷惑と子供たちの安全を考えて、おとなしく端っこで地味に歩いて移動しなさいっ!!」
「う、う、うわぁぁぁん!!(号泣)」
アイ先輩へのアピール(色恋沙汰)のために通路を大混乱に陥れていたコイキングおじさんだったが、アイちゃんの「子供の安全」という完璧な大義名分(盾)を掲げた、冷徹な職権乱用パワープレイの前には形無しだった。
おじさんは大粒の涙を流しながらも、その頬を怪しく紅潮させ、「アイちゃんにゴミって言われた……あの冷たい目、最高……」とブツブツ呟きながら、通路の最端へとカサカサ退散していった。
アイちゃんの想像を絶する冷酷な一撃(BAN魔法)のせいで、コイキングおじさんは新しい何か(マゾ)に目覚めるのだった。
「す、凄い……! アイ先輩、ただサボっていたわけじゃなく、子供たちの安全を一番に考えて、あえて確実な大義名分が立つ瞬間を狙って動いたのですね……! 私、アイ先輩のことを見直しました!!」
純粋なタダシが、感動で目を潤ませながら高台から敬礼する。
だが、アイちゃんはカズキの死角でタダシを心底ゴミを見るような目で見つめ、
「(……ハァ? 誰が子供のためなんてボランティアやるわけ? カズキ君へのアピールに決まってるでしょ、この不細工が脳内お花畑で話しかけてんじゃないわよ、手柄が濁る)」
と言わんばかりの、息を吐くような冷酷な無視(絶対零度)でタダシの存在を完全抹消した。タダシの勘違いが虚空に消え、哀愁がすごすぎる。
「あはは……アイちゃん、マジで計算高さと狡猾さの次元が違うな……。まあ、通路が空いたから、俺のノルマの続きが消化できるわ……」
俺の強力な【不屈の正義】が、アイちゃんから放たれる凄まじい邪気(計算)をも察知し、俺の脳内に【警告:アイさんの恐ろしい二面性と、コイキングの謎の覚醒により、精神に深刻なノイズが入っています】という文字を明滅させる。
だが、肉体と精神の両方を死に物狂いで鍛え上げた俺の魂は、「まあ、死ななきゃ安いか」と、その不条理すぎる光景すらも不気味なほどのタフさで受け流していた。
俺はアイちゃんの「カズキ君、子供たちに怪我がなくて本当に良かったですぅ〜♪」という猫撫で声と、通路の端で「もっと蔑んで……」と恍惚の表情を浮かべるコイキングの呟きをダブルBGMに聞き流しながら、虚無の使命感だけで、次の魔物を狩るために静かに歩き出すのだった――。
(第2話・完)




