【第29話】「無音の追跡者と、悪魔の正論」
ガットさんから極秘に調査の依頼を受け、俺はさっそく、初級ダンジョンへと赴いた。今日はタダシは休みとのことなので、直にカズキさんに話を聴いた。
ロビーでは、人生初の失態に「僕がもっと、、ちゃんと、、僕の不手際で……っ!」と激しく落ち込んで頭を抱えているカズキさんの姿があった。落ち込んでるカズキさんには本当に申し訳ないとは思うが、俺は当時の状況や詳細な引率ルートを丁寧に確認させてもらった。
そのカズキさんのすぐ横では、受付のアイちゃんが(これは絶好のチャンス……! 弱りきったカズキ君に寄り添って、一気に私の型に嵌めて骨抜きにしてやろうかしら……!)と邪悪な保身の計算を弾き出してやきもきしていた。
だが、そのアイちゃんにベッタリと張り付き、愛の痛み(ペナルティの激痛)に「ハァハァ……この胸を激しく締め付ける思い、これこそがアイちゃんへの純粋な愛の痛みなんだァッ!❤」と悶絶している恋キングおじさん(カウフマンさん)がすぐ近くで凝視し続けているため、アイちゃんはキモすぎて一歩も動けず、もどかしさに地団駄を踏んでいた。
最高に気持ち悪くて邪魔なグラフィックだったが、今回の隠密調査には1ミリも関係がないので、俺は完全に無視することにした。
俺はカズキさんから聞いた当日のルートを、実際にその足で正確になぞって歩いてみた。
しかし、初心者通路の壁にも床にも、不審な痕跡や隠しスキルの残滓といった違和感は全く感じられない。実際、事件のあったその日、俺も日課の途中でカズキさんたち一行とすれ違っていたから、あの人の記憶に間違いはないはずなのだ。
(……チッ、何も出ねえな。悪魔の権能で物理的な座標ごとハッキングされたか?)
俺は手の中にある黒ずんだボロ剣の柄に向けて、普通に声に出して話しかけた。
「おい、プーエル。お前は邪神教団のシステムに詳しいだろ。実際にこの通路で、何が変わった痕跡や隠しスキルの跡は感知できないか?」
すると、ボロ剣の奥底から、これ以上ないほど冷徹で傲岸不遜なプーエルの返事だけが、俺の脳内へと直接響き渡った。
『……レン。お前は何か大きな勘違いをしていないか? 私はお前の便利な鑑定能力(チート道具)ではないのだぞ。私たちはすべてが契約本位というビジネスの縛りがあるから共にいるだけだ。お前たち人間が確たる証拠もなく教団を捜査できないように、我ら悪魔も、たとえお前が契約者であろうとも、他派の悪魔の所義を規約もなく勝手に口にできるわけがない。……まあ、お前もそういう環境(ブラック企業)で働いてきたから、そんなこと(組織の規約や証拠の重要性)は理解できるだろう』
悪魔らしい威厳を保ち、すべてを契約本位として正論を突きつけてくるプーエル。
確かにその通りだと俺が納得しかけた、まさにその刹那だった。
「そういやぁ……! あの子供たちとすれ違ったまさにその時、怪しい男がワシにドカンとぶつかってきたのじゃ! あやつ、ワシの最高級回復ポーションを狙っておるに間違いないぞッ!!だからワシはあやつに文句を言ってやったのじゃ、!」
突如として、俺の背後の空間から、聞き覚えがありすぎるあの石像の爺さんの囁き声が炸裂した。
魔剣の悪魔の存在など知るはずもないお爺さんは、俺がボロ剣に向かって普通に声を出して喋っているのを見て、「若者が自分に話しかけてきた」と最悪な勘違いを起こし、会話に勝手にカットインしてきたのだ。
俺は白目を剥いて背後を振り返った。
通路の端で、両手を突き出した例の『謎の戦いの構え』のポーズのまま完全石像化しているお爺さんが、そこに当然のように佇んでいた。
「爺さん、そのぶつかってきた怪しい男ってのは、今どこにいるんだ?」
俺が尋ねると、お爺さんは死んだ魚の目をスカッと鋭く見開いて、自らの口からとんでもないスキルを明かした。
「若者よ……! ワシはのぅ、一度認識した『決まった相手』に向けて、まるで話しかけるようにしてどこまでも自動で追跡できるスキルを持って歴史を歩んできたのじゃ! だから、ワシの高級ポーションを盗んだところで、すぐにそんな不埒もの追い詰めることができるのじゃ!」
お爺さんのその口から追跡スキルが判明した瞬間、俺の脳内メモリの中で、すべての不可思議なバグのパズルが完璧に型ハメ(定着)され、俺は愕然とした。
実は最近、お爺さんの存在を全く感じなくなっていた本当の理由。それは、俺の【不屈の正義】が、日夜背後から浴びせられ続けていたお爺さんのあの「ノンストップ昔話」を不快な精神スキル攻撃として完全解析セーブしてしまい、お爺さんの音声だけを自動で『無効化』していたからだった。こちらの攻撃が相手に直撃するまではスキルをキャンセルできない仕様と全く同じで、お爺さんの物理的なストーキング自体は1ミリも解除できておらず、お爺さんはただの「完全な無音ストーカー」として、ダンジョンにいる間ずっと俺の後ろをついてきていたのだ。
(あの不気味なマシンガントーク、ただのボケじゃなくてガチの自動追跡スキルだったのかよ!! 通りで見失ったと思っても毎回完璧に俺の背後に張り付いてたわけだわ!! つまり爺さんにぶつかってきた不審な男の位置も、ロックオンできてるってことか……!)
「じゃあ爺さん、そのスキルを使って、その男の場所まで案内してくれないか?」
俺は改めて丁寧にお願いしてみた。だが、
「ん? 高級ポーションがのぅ、ワシのポケットから……あれ、ワシは何の話をしておったかのぅ……」
お爺さんは一瞬でボケの無間地獄へと逆戻りし、再び話にならない埒が明かない会話が始まりかけた。
(クソッ、この緊急事態に……!)と焦ったその時、お爺さんのボロい服の懐から、買い直して差し戻したあの【最高級回復ポーション】の瓶がチラリと見えているのが目に入った。
俺は心の中で(……爺さん、本当に申し訳ねえ)と手を合わせると、お爺さんの懐からその高級ポーションをひっそりと「拝借」し、目の前へと突き出して叫んだ。
「爺さん!! 大変だ!! 今、さっきのあの怪しい男が、爺さんの懐から最高級ポーションを盗んで逃げたぞ!!!」
「な, なんじゃとてぇぇぇーーーーーッッッ!!! ワシの、ワシの命のポーションがぁぁぁーーーッ!!」
おじいさんの死んだ目が一瞬で血走った。
次の瞬間、ロックオンしていた男への追跡スキルのスイッチが限界突破。お爺さんは石像の構えのポーズのまま、カカカッと不気味な軌道を描いて、高速の【ワープ移動】を開始し、通路の奥へと爆走して消え去った!
「待て爺さん!! 速すぎるわ!!」
決して万能の大転移ではなく、一回一回の距離が大きくない連続の小ワープ。だからこそ、俺はフィジカルのスタミナのすべてを足へと注ぎ込み、お爺さんの不気味な移動を見失わないよう、死ぬ気でその背後を全力で追いかけることができた。
ダンジョンの通路を抜け、街の喧騒をすり抜け、お爺さんがピタリと足を止めたのは――街外れにひっそりと佇む、不気味で寂れた一軒家の前だった。
俺は息を切らしながらお爺さんに追いつくと、すかさず懐から、さっき拝借した最高級ポーションを取り出してお爺さんの手に握らせた。
「爺さん、ポーションならほら、ここに落ちてたよ。無事でよかったな」
「おおっ……! おお、ワシの命のポーション……! 落ちておったか、よかった、本当によかったのぅ……!」
お爺さんは涙ぐみながらポーションの瓶を愛おしそうに撫で、深く安心したように大きく息を吐いた。だが、そこでふと周囲の景色を見渡し、自分の死んだ目をキョロキョロと動かした。
「ん? ……若者よ、ワシはなぜこんな見知らぬ田舎の住宅地にいるんじゃ? ハッ! いかん、ワシがダンジョンにいないことに気づかれたら、婆さんが心配する! 早く帰らねば!!」
お爺さんは完全に我に返ると、お婆さんの愛のポーション代の呪縛に引き寄せられるかのように、両手を突き出した例の『謎の戦いの構え』のポーズのまま、カカカッと不気味な小ワープの連続でお婆さんの待つ我が家へと、一目散に爆走して帰っていった。その引き際の鮮やかさは、まるで最初から存在しなかった怪異のようだった。
「本当に……お前のその無音ストーカーの追跡スキルには、心から感謝するわ……」
俺は遠ざかっていくお爺さんの背中に小さく手を合わせ、静かにその場に深く一礼した。
お爺さんが去った後、俺は一軒家の壁際へと静かに身を潜め、窓の隙間から息を殺してその家の中の様子を覗き込んだ。
そこには、先ほどまで軒先を警戒していた、あのフードを深く被った怪しい男がいた。家の中へと戻り、何やら不穏な動きで荷物や魔導具の整理を行っている。
(お爺さんのおかげで、2週間の無駄足を一瞬で消し飛ばし、やっと神隠しの手がかりが見つかった……)
胸の奥のやせ我慢を滾らせながら、俺はその男の背中を見つめた。
――しかし、本当に、ただの不審な隠密に見えるあの男が、あの高名なカズキさんの張り巡らせた完璧な管理の隙を突き、戦闘音も残さずに貴族の次男坊をさらった真の犯人なのだろうか?
そう、脳内メモリに小さな疑問を抱いた、まさにその瞬間のことだった。
一軒家の奥、薄暗い部屋の暗がりの格子窓から、そのフードの男と密談を交わしている【もう一人の人物】の輪郭が、俺の網膜へと鮮明に飛び込んできた。
(……待て、あの体格、あの佇まい……。嘘だろ、何でそいつがこんな場所にいるんだ……!?)
それは、これまでの俺の異世界生活の中で、何度となく直撃し、脳内メモリに嫌というほど深くセーブ(記憶)されていた、【信じられないほど、見覚えのある男】のグラフィックだった。
カルト教団の侵食の網、カズキさんの失脚、そして一軒家の奥で密会を交わす裏切りの影。
やっと掴んだ手がかりの糸口は、この平和な田舎町を丸ごと地獄へと引きずり落とせるような、とてつもない深淵の「謎」を孕んで、さらなる最悪の加速を見せるのだった――。
(第29話




