【第27話】「初級ダンジョンの神隠しと、失脚のプロ」
ギルドの職員から告げられた「実害の証拠が弱いため、現状は様子を見るしかない」という冷徹な大人の政治判断。
悔しいが、今の俺のような地方のD級には、その組織の論理に従ってじっと待つことしかできなかった。
そうして3日間の出入り禁止処分が明け、実に3週間ぶりの再開となった我が『初級魔力層』の受付ロビーは、営業休止の飢えから解放された初心者冒険者や、成金ビキニマダム一団で、これまでになく異常なほどににぎわっていた。
そして、そのド真ん中には、早くも教団の絶対契約のペナルティが執行され、都会風イケメンの美形グラフィックから【元の最高にキモおぞましい脳筋おじさん】へと無様に強制返品された、あのカウフマンさんの姿があった。
しかし、あいつの不条理なバグはここからが本番だった。
前回の決闘で、邪神教団に入信するための血の契約の対価として、なけなしの「倫理観」をすべて毟り取られてしまったカウフマンさん。もともと無いようなものではあったが、それが完全にゼロになった結果、あいつの脳内ブレーキは跡形もなく吹き飛び、ただのストーカーから【文字通りの本物の変態・恋キング】へと最悪な暗黒進化(パラメータ汚染)を遂げていたのだ。
おじさんは元のキモい姿のまま、受付のアイちゃんにベッタリと張り付いてストーキング行為を働いていた。
「公務の邪魔よ、この害虫」と、アイちゃんからいつもの豚を見る目を超越した【そこにたまに湧く害虫を駆除するような絶対零度のデスアイ】を浴びせられ、おじさんの脳内メモリは最悪な狂気へとダイブした。
「(う、うおおおッ! 絶対零度のデスアイを浴びて、ワシは確信した……! やっぱり神はアイちゃんしかない! 女王様の隣に立つのは、この恋キングしかいない! ……でもワシは奴隷か……その矛盾も最高ォォォーーーッッッ!!!❤)」
さらに最悪なことに、おじさんの胸の奥では、信仰先を勝手にアイちゃんに変えたことによる呪いのペナルティで、心臓が激しく締め付けられる致命的な激痛がのたうち回るほど襲いかかっていた。だが、おじさんはそんなものが教団の呪いだなんて1ミリも思っていなかった。
「う、ぐふっ……! あ、あァッ!! だが……だが、この胸を激しく締め付ける思い、これこそがアイちゃんへの抑えきれない純粋な愛の痛み(生理現象)なんだァァァいッッッ!!❤」
どこまでも救いようのない、100%純粋な愛の勘違い。そのおぞましい成れの果てを目の当たりにし、俺の脳内ツッコミが冷酷に炸裂した。
(……さすがにアイちゃん(あの狡猾ビッチ)であっても、今のストーカー怪異(お前)に執着されてることに関しては、ガチで同情するわ……)
俺は新しい相棒を背負い直したまま、あまりの気持ち悪さに冷徹に目を背けると、これまで滞っていた自分自身の日課のレベル上げを再開するため、静かに通路へと移動した。
ザシュッ、ザシュッ。
いつも通り一太刀で簡単に潰れるスライムの核をボロ剣で的確に刻み、地道な1ポイントの固定経験値を回収していく。
しばらくの鍛練の末、ようやくいつもの少しカオスで、だけど平和だったはずの日常風景を肌で感じ、やれやれと汗を拭いて下宿へと帰ろうとした――まさに、その瞬間のことだった。
ロビーへと引き返した俺の網膜に、これまでに見たこともないほどの凄惨たる大騒ぎと、職員たちの怒号が飛び込んできた。
ロビーの奥では、「僕の、僕の不徳の致すところだ。僕の不手際で、なぜ……っ!」と、人生で初めて経験するであろう不条理な事態の前に、激しい絶望に打ちひしがれて落ち込んでいるカズキさんの姿があった。
その弱りきっているカズキさんの姿をカウンターの奥から見つめながら、あのアイちゃんは、前髪をいじりながらその脳内で最凶のビッチムーブ(計算)を弾き出していた。
(……カズキ君が、あんなにひどく弱りきっているわ。――これは絶好のチャンス……! 今の彼に『先輩、大丈夫ですよ……私がついていますから……』と可憐に寄り添って、優しく慰めるフリをしながら一気に私の型に嵌め込んで、完全に骨抜きにしてやろうかしら……!)
ピンチをチャンスに変えて男をハメようと邪悪に企むアイちゃん。
だが、現在の受付ロビーのグラフィックは、そんな彼女の目論見を完璧にストップさせていた。
アイちゃんがカズキさんに歩み寄ろうとするその視線のすぐ近くには、愛の痛み(ペナルティの激痛)に「ハァハァ」と血の泡を吹きながら、どこまでも不気味な熱視線をガチッと固定してこちらを凝視し続けている恋キングおじさんの姿があったのだ。
(……いや、キモい。キモすぎるわあの害虫。カズキ君に近づきたいのに、あの男が近すぎてキモくて動けない……! でも今カズキ君をハメないと指導名目のデートの苦労が無駄に……ああっ、もどかしい、本当にもどかしいわぁぁぁーっ!!)
完璧な聖女の仮面を貼り付けたまま、おじさんの存在がキモすぎて身動きが取れず、脳内で凄まじい地団駄を踏みながらもどかしいジレンマに悶絶しているアイちゃんの裏のグラフィック。
だが、この事件の真の不気味さは、そんな大人の泥ドロした計算などでは到底なかった。
俺の元へと駆け寄ってきた、ダンジョンの監視者であるタダシが、顔面を血の気のない白に染めてその絶望的な事実を告げた。
「レ、レン殿……っ! 先ほど、カズキ先輩が引率していた初心者冒険者の子供たちのうち……通路の角を一つ曲がり、ほんの一瞬死角に入った瞬間に、どこかで突然、一人の子供だけがパッと煙のように消え去ったのです……っ!
その言葉を聞いた瞬間、俺の全身にゾクッと冷たい悪寒が走り、ギルドの職員が言っていたあの言葉のピースが完璧にフラッシュバックした。
『もう少し、警備団が即座に強制捜査へと動けるような、決定的な「事件」でも起きれば別なのだが……』
現時点でこれが本当にあの邪神教団の仕業なのか、それとも全く別の怪異によるものなのか、その真相は未だ1ミリも判明していない。
物理的な戦闘音も、魔力の破裂音も、一切なかった完全なる神隠し。
完璧に管理されていたはずの初級ダンジョンの中で、一体なぜ、どのような手段を使って、あの子供だけが突如として消え去ってしまったのか――。
俺は、担いできたボロ剣の柄を強く握りしめ、この街を包み込み始めた底知れない「深い謎」の不気味さに正気度を削られながらも、マイナス固定されたSAN値を冷徹なやせ我慢で引き締め、その瞳の奥底に、静かなる熱血(正義)の炎をじっと灯し続けるのだった――。
(第27話




