【第23話】「営業再開の魔境と、跳ね返る違和感」
街を裏から蝕みつつある邪神教団の不穏な影を阻止すべく、俺と、ダンジョンの監視者である公営職員のタダシは、必死に街中の手がかりを探し回った。
例の「明日からA級探索者になれる」という黒いのぼりを掲げた胡散臭い武器屋にも再び潜入してみたが、前回の俺によるブラック企業仕込みのロジック完全論破・ボロ剣値切り交渉のせいで、あのチャラついたイケメン店員からもの凄く警戒されており、一切の怪しい尻尾を掴ませてもらえない。
(……いや、冷静に考えたら、ただでさえ怪しいカルト教団のフロント企業相手に、あそこまで完璧に価格を叩いてひったくるような真似、さすがに武器屋で『やりすぎた』わ。完全に目をつけられて警戒されてるじゃねえか。社畜時代のバイヤー根性を異世界にまで持ち込むんじゃなかったな……)
俺は自らの行きすぎた有能さを深く後悔したが、後の祭りだった。
結局、街中の様々な店をくまなく探索するも教団の陰謀の証拠は全く出ず、2週間の間に分かったことと言えば、俺とタダシの共通の趣味が【コマ回し】だったということくらいだった。
この世界には紐で回す素朴な独楽など存在しない。タダシが「レン殿、これを見てください!」と懐から取り出したのは、専用の器具にガチッと固定し、凄まじい速度で火花を散らして衝突させる、前世のベイブレードに酷似した謎の超最新型ホビーコマだった。
「子供の頃はよくやったな、懐かしいな」「レン殿、私も子供の頃は地域一の回し手と呼ばれ……」という、国家転覆の危機を前にした最高にどうでもいいホビー日常会話。そうこうしている間に、無情にもダンジョン休業の2週間が丸々過ぎ去ってしまった。
ついに2週間が経ち、生態系が回復した初級ダンジョンが営業を再開した。タダシも監視員の仕事に戻り、俺も日課の1ポイント固定経験値稼ぎ(再修業)のために、格安でぶんどってきた新しい相棒のボロ剣を担いでロビーへと向かった。
2週間閉鎖されていたダンジョンに飢えていたプレイヤーたちが殺到しており、受付ロビーには、あの胡散臭い武器屋で見かけ倒しの高級偽装備をドヤ顔で買い漁った成金マダム一団や、初心者冒険者がギラギラとしたビジュアルで多数ひしめき合っていた。
だがその中で、ひときわ異彩を放つ、目を引く男がいた。
全身にド派手でギラギラした最新の高級偽装備を纏った、都会風の超絶イケメン冒険者だ。
管理カウンターの奥。あのアイちゃんは、そのギラギライケメンに対し、普段の俺たちを見るような【養豚所の豚を見る氷点下のデスアイ】とは180度違う、これ以上ないほど丁寧で親切な態度で、曇りなき笑顔の案内をこなしていた。今週末のカズキさんとの指導を前に、さらに磨きがかかった最高出力の猫かぶり営業。
だが、何かが決定的におかしかった。
そのギラギライケメンは、アイちゃんに優しく案内されながらも、その美しい目から大粒の涙をボロボロと流して、なぜか静かに激しく泣いていたのだ。
(……案内されてるだけなのに、なんであのイケメンは泣いてるんだよ。情緒がバグってんのか?)
俺は無言で(あ・・・・・・・・・・・・・・・・よし、忘れよう)と記憶のゴミ箱へシュートすると、いつものように通路へと移動し、地道にスライム相手に初心者用の剣の代わりのボロ剣を振るう日課を始めた。
するとしばらくして、先ほどのギラギライケメンが通路へとやってきた。
正式に営業を再開したばかりの通路で、そいつは周囲の初心者たちの進路を完全に妨害するような、極めて行儀の悪い、自己中心的なスタイルでド派手に武器を振り回し、大暴れし始めたのだ。
「おいおい、見た目だけ派手な安物装備で、なんて大迷惑なフォームで暴れてんだよあのアホ……」
俺が呆れながら、そのイケメンが暴れている近くの通路を通りかかった、その瞬間だった。
イケメンが放ったド派手な【攻撃スキル】の余波が、俺の身体にほんの僅かに触れた刹那――俺の魂の奥底で、あの固有特殊スキルが過去最高ボルトの魔力を鳴り響かせ、完全無効化のバリアがピキィィィンと自動的に大展開したのだ。
そして、今日初めて見たはずのそいつのド派手な攻撃スキルを、真っ正面から完璧に「パキィン」と跳ね返して無効化してしまった。
俺の脳内メモリは、そのあまりにも強烈な違和感の前に完全にフリーズした。
(……は? 待て、何でバリアが動いたんだ……!? 敵の攻撃スキルを3回生身で喰らわなきゃ発動しないはずの【不屈の正義】が、なんで初対面のこいつの攻撃を、最初から『完全解析済み』として完璧に跳ね返せてるんだよ……!?)
俺には相手の正体や背景を見ぬく「鑑定能力」なんて便利なものは搭載されていない。
だが、その跳ね返った不条理な攻撃スキルの残滓を俺のレーダーが感知した瞬間、俺の脳内には、身に覚えがありすぎる一つの『激しい疑念』が浮かび上がり、背筋に冷たい悪寒が走った。
(……この行儀の悪い、大迷惑なスタイルの軌道……。まさか、あのコイキングおじさん、なのか……!?)
そう、見た目こそド派手な都会風の超絶イケメンにグラフィック偽装されているが、その攻撃スキルの独特な癖は、俺が毎日このダンジョンの通路で、やせ我慢のスタミナですでに通算何十回も真っ正面から被弾し、完璧に解析セーブし終えていた【あのノイズ】と驚くほど完全に一致していた。
だが、目の前にいるのは、どう見てもあの哀れな脳筋おじさんとは180度違う、完璧な顔装を持った男。あの胡散臭い武器屋が裏で何をやっているのか、どんな怪しい取引や契約が行われているのかも、現時点では何一つとして判明していない。確たる証拠はどこにもなく、その正体は完全に深い謎の闇の中のままだった。
なぜ、あの男は泣いていたのか。なぜ、初対面のはずの攻撃スキルを最初から弾き返せるのか。
通路のド真ん中で、答えのない圧倒的な違和感と謎が、冷気となって俺のやせ我慢の肉体を包み込んでいく。
そんな俺の脳内の戦慄を他所に、手に入れた新しい相棒のボロ剣の柄の隙間から、耳のすぐ傍で、クスクスと低く嗤うような「声」が響いた。
今回の相棒は、あの邪神教団への復讐に燃える元社畜の悪魔だ。教団の技術が絡んでいるこの異様な事態に対して、奴の気配は、俺の問いに応じるかのように極めて協力的、かつ邪悪に滾り始めていた。
『……ク、ク……、やはりな、レン。あの男の装備と攻撃スキルの奥底から、奴ら教団の、あの胸糞悪いブラックな魔力のシステム臭がプンプンと漂ってきおるわ……。いいだろう、お前のそのバリアの違和感の正体、そしてあの教団のハメ技の構造を……私(悪魔)が裏から完全に暴いてやる……!』
邪神教団の巧妙な罠、アイちゃんの最凶の保身、正体不明のギラギライケメンによる大暴走、そして教団を潰すために全力で協力体制に入る魔剣の悪魔。
2週間の休業を経て営業を再開した我が日課の通路は、数々の違和感と深い謎を孕みながら、さらに最高難易度の地獄の魔境へとループしていく。
俺はボロ剣を強く握りしめ、マイナス固定されたSAN値を冷徹なやせ我慢で震わせ、静かなる熱血(正義)を胸に、新たなる謎のイケメンの暴挙と教団の罠を合法的に解体すべく、過酷な通路へと足を一歩踏み出すのだった――。
(第23話




