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【第22話】「黒い教団の支部と、社畜悪魔の告発」

はぐれゴブリンの討伐任務を終えた俺は、その足でギルドへと赴き、事後の手続きを済ませることにした。

「レン殿、ゴブリンの討伐完了、確かに確認いたしました。……ですが、本当にあのD級の林に、B級のグリズリーが出現したのですか……!?」

窓口で対応してくれたのは、ギルドの人間ではなく、あのタダシだった。

あいつの本職は家から徒歩3分の訓練用ダンジョンの監視者(公営職員)なのだが、今回はヤグヒさんの大暴走のせいでダンジョンが2週間の臨時休業に入ってしまったため、その間だけギルドの手伝いに駆り出されていたらしい。

俺が真っ正面から【ワイルドクロウ】を被弾し、命からがら生還して伝えたその生々しい目撃証言を前に、タダシは驚愕で顔を強張らせていた。

「ああ。爪攻撃の破壊力が尋常じゃなかった。逃げ足が速かったから仕留め損ねたが、手に入れた新しい剣のおかげでなんとか追い払えたわ」

「そんな……。いくら野生の魔物とはいえ、適正な生息域を大きく外れてこんな場所に迷い込むなど、通常ではあり得ません。……そういえばレン殿、ギルドとは別の、私たち公営の防衛ネットワークの警戒情報でも、最近この街の周辺で何やら怪しい集団の動きがあるという報告が複数上がっているのです。もしかしたら、それらの不穏な影と、今回のグリズリーの暴走には何か関係が……」

タダシは真面目な顔で腕を組み、監視員用の警戒地図を見つめた。

(怪しい動き、か……。また新手の地雷プレイヤーどものスタンドプレーじゃなきゃいいんだがな)

俺は心の中で静かにため息を吐きながら、ギルドを後にして、いつもお世話になっている下宿へと引き返した。

ガチャリ、と下宿の木製の扉を開ける。

「あ、レンお兄ちゃん! おかえりなさい!」

玄関に入った瞬間、出発前に旅行のお土産をくれた、人の良い中年夫婦の幼い娘が、トコトコと嬉しそうに駆け寄ってきた。

(無くしたら大号泣される呪いのフラグ)の塊。だが、俺の装備の端にしっかりと結びつけられた小さな星型のチャームを見つけると、少女はぱぁっと顔を輝かせた。

「わぁ! ちゃんとお土産を装備に付けて行ってくれたんだ! 嬉しい!」

無邪気に笑う少女の純粋な言葉。大号泣の視覚テロという最悪のフラグは、奇跡的にへし折ることに成功したのだ。

だが、その愛らしい笑顔を見つめながら、俺の胸の奥には、言い知れぬ「トホホ」な哀愁が渦巻いていた。

(……ああ。お前のお土産は無事だ。無事なんだけど……代わりに、俺がポケットの中で密かにめちゃくちゃ楽しみにしていた、都会の高級レストランの食事券が、悪魔の契約の対価として跡形もなく木っ端微塵の粉々に粉砕されてるんだよな……。これで久しぶりに美味しいものが食べられるって、本当にウキウキだったのに……。トホホ、俺の美味い飯が……)

少女の純粋な喜びと、失われた高級飯への社畜の悲痛なやせ我慢。

俺は引きつった笑みを浮かべて少女の頭を優しく撫でると、準備を片付けるために、自分の下宿の部屋へと戻り、重い扉を閉めた。

静まり返った部屋。俺はベッドに腰掛け、格安でぶんどってきた【黒ずんだボロい剣】を机の上へと置いた。

(……さて。ここからは、お前との商談だ。悪魔さんよ)

俺は目を細め、刀身の奥に潜む「元・社畜悪魔」の気配に向けて、脳内メモリで直接語りかけた。

「なぜ、お前ほどの高位の悪魔が、こんな辺境の田舎町にある、あの胡散臭い武器屋のゴミ箱に転がっていたんだ? お前を罠にハメたという、その『怪しい教団』の正体は何なんだよ」

しばらくの無音の後、ボロ剣の奥底から、禍々しく威厳に満ちたハッキリとした声が、俺の精神へと直接響き渡った。

『……レン。本来ならば、我ら闇の住人は「守秘義務」の絶対契約の縛りがある。我らは契約が絶対の存在。たとえお前が新たな契約者であろうとも、教団の内部情報を外部の者に漏らすなど、魔界の規約上、絶対に許されない行為なのだ』

悪魔は、地獄のコンプライアンスについて、悪魔らしい誇りを持って冷酷に言い放った。

そして、契約の整合性を確かめるために、俺の頭の中のすべてのメモリを詳細に覗き込んできた――その、まさに刹那だった。

『……あ……、お前……これ、は……?』

ボロ剣の奥底からの声が、突如として激しい戦慄と恐怖に震え始めた。

俺の前世の社畜時代に交わされてきた理不尽極まりない労働環境の全貌が、悪魔の脳内に一気に流れ込んでいったのだ。

達成できなければ猛烈に怒られ、人格ごと徹底的に詰められる理不尽なノルマ。

死ぬ気でそのノルマをこなせば、上司から「すべて俺の教育のおかげだな」と手柄を100%横取りされ、さらに「来月からはこれくらい余裕だな」と来月のノルマを倍増させられる、終わりのない無間地獄。

さらに、売上を出すこととは一切関係のない、上層部の役員どもが「会社ごっこ」を満喫して自己満足するためだけに要求される、緻密で複雑な社内手続き。上司を無駄に安心させるためだけに、鬼のような労力と時間をかけて作成させられる膨大な報告書の山。どれだけ必死に石を積み上げても、上司の気まぐれな一言で一瞬にしてすべてを崩される、現代の『賽の河原』の絶望――。

悪魔のプライドと守秘義務の精神は、俺の前世の記憶を前に、一瞬でガタガタに粉砕(ざまぁ)された。ボロ剣の奥から、目から本物の血涙を流さんばかりの驚嘆の絶報が響き渡る。

『お、お前……魔界から転生してきたのか……!? ――違う? 人間界だと!? 嘘をつけ、悪魔の所業より酷えじゃねえか!! お前が前世で結ばされていたその雇用契約、我が地獄のノルマのシステムよりも遥かに残虐で理不尽だぞ!! 賽の河原で石を積まされてたのかお前は!!』

「魔界より酷い労働環境って何なんだよ我が前世……」

俺の脳内ツッコミが静かに炸裂する。

悪魔は、俺のあまりにも壮絶な社畜環境にガチで涙してドン引きし、自らの哀しき過去をポツリと重ね合わせた。

『実はな……私も地獄の上司悪魔から「今月の魂の契約件数ノルマ」を毎日毎日、胃が千切れるほど激しく詰められた結果、精神的に追い詰められて焦ってしまい、あんな情弱ビジネスをやってる三流の邪神教団の契約にホイホイ応じてしまったのだ。だが、それは巧妙な罠でな。契約書にサインした瞬間、このボロ剣の中に永久に封印されてしまったのだよ。……お前も、俺も、上司の無茶振りにハメられた犠牲者だったのだな……。あんな理不尽なブラック組織に、私が規約を守って義理を立てる必要など1ミクロンもないわ!! すべてをリークしてやる!!』

種族と世界を超えて今、ここに完璧に確かめられた、哀しき社畜同士の固い友情。

悪魔は、その恐るべき「教団の陰謀」の全貌を、怒濤の勢いで暴露し始めたのだ。

『あの街に新しくできた「明日からA級探索者になれる」という黒いのぼりを掲げた胡散臭いイケメン武器屋。……その正体は、邪神を崇拝する教団が、この田舎町に秘密の【支部】を設立するために出店した、巧妙なフロント企業なのだよ。あいつらのやり口は、ただ安物を高く売りつけるような単純な詐欺ではない。物の本当の価値が分からない田舎の初心者冒険者や、あのサバトの成金マダムたちを、見た目だけ派手にした装備で誘い込む。そして、最初だけはそこそこの成果が出るような【一時的なブースト効果を持つ、呪いの魔導具】を買い取らせるのだ』

「……呪いの魔導具?」

『そうだ。一度その偽りの万能感に味を占めれば、装備の維持に必要な魔力補給やメンテナンスのために、高額な「お布施」をショップへ支払い続けなければならなくなる。気づいたときには生活のすべてを教団に握られ、抜け出せなくさせる……。あのマダムどもも、マウントを維持させるための高額な維持費のサブスク・マルチのループに完全にハメられているのだよ!』

悪魔の語る、生々しすぎる邪神教団の侵食戦略。

(あのイケメン店員のうんちくマウント、邪神教団のマルチ勧誘のステップだったのかよ……。物の価値が分からん奴を騙すのが一番儲かる(ブラック上司の言葉)っていうのは、カルト教団の拡大ロジックでも同じだったとはな……)

タダシが言っていた「街の周辺での怪しい集団の動き」の真実。そして、B級魔物グリズリーがD級エリアへ迷い込んできた異常事態。すべては、この平穏な田舎町を裏からじわじわと侵略し、支部を拡大しようと目論む、邪神教団の黒い計画のパズルの一片だったのだ。

『レン……。このままあいつらの情弱ビジネスを放置すれば、遠からずこの田舎の街には、取り返しのつかない最悪な破滅(危機)が訪れるぞ。……お前も、俺も、あの理不尽なブラック組織の被害者だ。あいつらの目論見を完璧に叩き潰し、私の封印を解くための、完璧なカウンター作戦を立てねばならん……!』

魔剣の奥底から響く、元社畜悪魔の、復讐に燃える冷徹な声。

(お婆さんのポーション代を返して、スライム潰しの日課に戻れると思ったのに……。なんで家から徒歩3分の我がダンジョンの周辺で、邪神教団の国家転覆レベルのデスゲームが始まろうとしてるんだよ……!)

俺は、手に入れた新しい相棒(魔剣)の柄の隙間にある不気味なパーツを見つめながら、これからこの街に訪れるであろう、都会のガチ勢やマダムたちを巻き込んだ最悪の不条理な戦いの予感に、マイナス固定されたSAN値を冷徹なやせ我慢で震わせ、静かなる熱血(正義)を胸に、次なる過酷なクエストへ向けて、じっと拳を握りしめるのだった――。

(第22話



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