【第21話】「悪魔の契約と、理不尽の弾き返し」
ついに連載も20話を突破いたしました! いつも温かい応援を本当にありがとうございます!さて、ここまでの本作の現状を、中央のガチ勢の基準で冷徹に格付け(査定)したデータが以下となります。主人公レンの有能さ:Dランク(やせ我慢スタミナだけはA級)アイちゃんの保身スキル:規格外(最凶のビッチムーブ)コイキングおじさんの幸福度:計測不能(マゾ脳内メモリ全全開)作者の正気度(SAN値):極めて健全(※等価交換済み)都会の理不尽と田舎の不条理の挟み撃ちに遭い、主人公が「何の活躍もしていない虚無」をさらに積み重ねていく新章、本日も開幕です!
『――力が、欲しいか?』
脳内メモリを直接かき乱すような、冷徹で、だがハッキリとした不気味な声。
それは、ブラックショップのゴミ箱エリアから格安でぶんどってきた【黒ずんだボロい剣】の奥底から、俺の精神へと直接響き渡っていた。
その瞬間、林の空気が一変した。
俺の魂にこびりつく【不屈の正義】とは全く異なる、どす黒く、禍々しい絶対的な威圧感がボロ剣の刀身からドロドロと溢れ出す。
「グル、ル……ッ!?」
その異様な魔力波形の変色に、今まさにトドメの爪を振り下ろそうとしていたB級魔物【グリズリー】が、本能的な危機感を察知してピタリと攻撃を止めた。
奴は都会のクラン副長などとは違い、野生を生き抜いてきた本物の『賢さ』を持っていた。だからこそ、この得体の知れない闇の魔力波形を前に我を忘れず、その巨体を低く構えて突然現れた何か異質なものに警戒させながら、冷徹に俺の様子を観察・警戒し始めたのだ。
『我が名は悪魔。我ら闇の住人は、対価と契約が絶対。――瀕死の若き戦士よ。一回きりの契約を持ちかけよう』
グリズリーが野生の賢さゆえに膠着状態を選択したその僅かな隙に、脳内では悪魔の囁きがこれ以上ないほど合理的、かつ冷酷に進められていた。
『お前が今持っている、最も「大事なもの」と引き換えに、次の一撃のダメージを私がすべて肩代わりしてやろう。……拒否すれば、お前は次の瞬間に肉塊となって消滅するのみだ』
悪魔はルールに厳格だった。さらに、俺が嘘をつけないように、俺の頭の中の記憶や思考を自由にスキャンして調べ始めた。隠し事を一切許さない、圧迫面接のロジックそのもの。
(クソッ……! 俺の「大事なもの」だって……!?)
悪魔が俺の脳内を調べる中、じっと様子を窺っていたグリズリーが、俺のハッタリ(ただの硬直)だと判断したのか、再び警戒を解いて凶悪な殺意を瞳に宿した。
グオォォォッ、と地鳴りのような咆哮と共に、奴の巨腕が再び最大出力の【ワイルドクロウ】の軌道を描いて振り下ろされる。
「……分かった、契約だッ!! 持っていけッ!!」
俺は死線の中で、しぶしぶ悪魔との絶対契約の承認を脳内で叩きつけた。
ズドォォォォン!!!!!
直後、林の空間ごと俺の肉体を消し飛ばさんと、グリズリーの3発目の【ワイルドクロウ】が正面から大爆発した。
凄まじい衝撃波と、引き裂かれるような爪の突風。だが――。
(……痛みが、ねえ……!?)
悪魔の契約は本物だった。俺自身のガタがきていた肉体への致命的なダメージは、契約通りに完璧に「肩代わり」され、1ミリの衝撃もフィードバックしてこなかった。
正式に、ダメージが無効化されたその刹那、俺の魂の奥底で、固有特殊スキルが過去最高ボルトの魔力を鳴り響かせた。
【不屈の正義カウント:3/3 ── 相手の固有スキル【ワイルドクロウ】、魔力波形、完全解析完了……ッ!】
ピキィィィン!!!
俺の全身を、完全無効化の青白いバリアが完璧な防壁となって包み込んだ。
グリズリーは、自らの全力を込めた3発目の爪を真っ正面から喰らいながら、無傷のまま冷徹に立ち尽くしている俺の気迫を前に、初めて「化け物を見る目」になって激しく動揺した。
「ガ、グアァァッ!?」
あり得ないとばかりに、奴は我を忘れて4発目、5発目と、凶悪な【ワイルドクロウ】の連撃を狂ったように叩き込んできた。
パキィン! パキィン! パキィィンッ!
だが、そのすべてが、俺の無効化バリアの前に真っ正面から完璧に弾き返され、ガラスのように砕け散って霧散していく。
「――ここからは、俺のレベル上げの時間だ」
敵の固有スキルさえ1ミリも効かなくなれば、このB級魔物もただの図体のデカい熊に過ぎない。
俺は格安でぶんどってきたボロ剣(魔剣)を構え直した。この剣の秘められた本来の伝導率と切れ味は、本物だった。俺は一歩、力強く足を踏み出し、グリズリーの巨躯に向けて泥臭く剣を振るった。
ザシュッ!!!
確かな肉の感触。
都会のイケメン店員のハリボテ武器とは違い、鈍くとも頑強な刃が、グリズリーの肉体へと泥臭く、確実にダメージを刻み込んでいく。
「グ、オォォッ!?」
奴はB級のしつこさを見せ、なおも巨体で押し潰そうと暴れ狂ったが、俺はその突進をバリアで平然と受け流し、さらに2太刀、3太刀と、少しずつ、だが確実に奴の生命力を地道に削り続けていった。
どんなに図体がデカく、強力なスキルを持っていようが、日夜家から徒歩3分の距離を通い詰め、泥臭くステータスを鍛え上げてきた俺のやせ我慢の基礎の前には、通用しねえんだよ。
ザシュゥゥゥッ!!!
さらに深く、相棒の刃がグリズリーの胸元を切り裂いた、その時だった。
「グルルルルッ……!?」
グリズリーは、自らの必殺技が一切通用せず、地道に肉体を刻まれ続けるという絶対的な理不尽を前に、ついにそのプライドをかなぐり捨てた。
都会の過去の栄光に縋りついた男たちとは、根本的に違っていた。
【野生の動物は、賢い】。
これ以上この地方のD級エリアで戦い続ければ、遠からず自分の命が確実に消滅するという『現実』を本能で冷徹に察知したグリズリーは、即座にクルリと反転。四足歩行の驚異的な大爆走を見せ、一目散に林の奥深くへと逃走していったのだ。完全なる、大ざまぁ撤退である。
「……はぁ、はぁ……。逃げ足の速いバケモノだな、本当に」
俺は肩の力を抜き、やせ我慢の混じったため息を吐きながら、ゴブリンたちの死体が消滅していくのを静かに見届けた。
はぐれゴブリンの討伐任務は、これで完全に完了した。
だが、安堵して一息ついたその瞬間、俺は悪魔への「対価」として何が消滅したのかを確認し、呆然とした。
結びつけてあった、あの下宿の少女からの星型アクセサリーは……無傷で綺麗に残っていた。
代わりに、俺のポケットの中で完全に木っ端微塵の粉々に粉砕されていたのは――第二部のラストでヤグヒさんからお詫びとして渡されていた、都会の【高級レストランの食事券】だった。
今の今まで存在すら完全に忘れていたが、俺の脳内メモリが、それを「今持っている一番高価で大事なもの」と無意識に認識したらしい。これで久しぶりに美味しいものが食べられると、実は密かにめちゃくちゃ楽しみにしていた、唯一の贅沢の切符だったのに。
(……トホホ、俺の美味い飯が……粉々になってやがる……)
『……なんだ、お前。最も価値ある対価が、ただの紙切れだったのか……?』
不審に思った悪魔は、契約の整合性を確かめるため、ここでようやく、俺の頭の中のすべてのメモリを詳細に覗き込んできた。
その瞬間、俺が「異世界からの転生者」であるという真実と、前世の社畜時代に交わされてきた理不尽極まりない労働契約、終わらない残業、上司からの詰めの記憶が、悪魔の脳内に一気に流れ込んでいく。
ボロ剣の奥底から、信じられないほど深い戦慄と驚嘆の声が響き渡った。
『……お前、魔界から転生してきたのか……!? ――違う? 人間界だと!? 嘘をつけ、悪魔の所業より酷えじゃねえか!!』
悪魔は、俺の前世のブラック労働環境にガチでドン引きしていた。そして、消え入るような切ない声で、自らの壮絶な過去をポツリと語り始めたのだ。
『実はな……私も地獄の上司悪魔から「今月の魂の契約件数ノルマ」を散々詰められた結果、精神的に追い詰められて焦ってしまい、ある胡散臭い教団の召喚にホイホイ応じたのだ。だが、それは巧妙な罠でな。契約書にサインした瞬間、このボロ剣の中に永久に封印されてしまったのだよ。……お前も、俺も、上司の詰め(ノルマ)にハメられた犠牲者だったのだな……』
種族と世界を超えて今、ここに完璧に確かめられた、哀しき社畜同士の固い友情。
まさかの「お前も俺と同じだった」という最悪で最高の答え合わせに、俺の脳内ツッコミが静かに炸裂した。
(魔剣の悪魔、前世の俺と同じブラック企業の被害者じゃねえか!! 異世界の地獄の労働環境も、日本の会社もやってること変わんねえな!!)
俺は、無くしたら大号泣される少女の星型フラグを奇跡的にへし折ることに成功したものの、またしても異世界の闇の深さにSAN値を静かに削り落とされ、新たに判明した「元社畜の悪魔(相棒)」の切ない気配を感じながら、家から徒歩3分の我が下宿へと、静かなる熱血(正義)と親近感を胸に、やせ我慢の足を力強く進めるのだった――。
(第21話




