【第19話】「黒いのぼりと、前世のマネーロジック」
あの激太り狂戦士のヤグヒさんが下層で大暴れした爪痕は、俺たちの想像を遥かに超えて深かった。
簡単に潰れるスライムや虫系の魔物が、下層の「無限湧き」の仕様を上回るヤグヒさんの腕力によって文字通り絶滅しかけた結果、ギルドは「モンスターの生態系回復」のために、まさかの【2週間の臨時休業】を発表したのだ。
日課の1ポイント固定経験値稼ぎ(レベル上げ)の場を奪われ、さらに前回の死闘で初心者用の剣までバキィンと真っ二つに折れてしまった俺は、やむを得ず、新しく街にできたという武器屋へ足を運ぶことにした。
そのショップへ向かう道中のことだった。
ダンジョンが休みになったのをこれ幸いと、あの管理者のアイちゃんが、「一から出直すための指導」という大義名分を盾にして、有能なカズキさんを街へと連れ出している姿をたまたま見かけた。
普段はギルドの受付で、俺たち一般の冒険者を【養豚所の豚を見るような氷点下のデスアイ】で監視しているあのアイちゃんが、カズキさんの前では、まるで聖女か何かのように――【曇りなき、黄金の笑顔】を眩しく浮かべていた。あの鉄壁のガードを誇る堅物をどうにかして自分の型に嵌め、骨抜きにするための、最大出力の猫かぶり。
そして、その2人のすぐ後ろの物陰から、あの【脳筋戦士・コイキングおじさん】が、目から本物の【血涙】をボロボロと流しながら、物凄い形相で2人をストーキングしているのが見えた。
だが、いつもなら最悪なマゾ脳内で歪んだ悦びに変換してフリーズしているはずのおじさんが、今日ばかりは違っていた。女王様が自分以外の男に、あんなにも純粋で曇りなき笑顔を向けているという残酷な現実に、おじさんは心から深く傷つき、激しく落ち込んでいたのだ。
(……もしあれなら、イケメン(カズキ)でなければ、女王様はやっぱりあんな笑顔を見せないのか……)
その瞳に宿る絶望の深さは、見ていていたたまれないほどだった。
(あ・・・・・・・・・・・・・・・・よし、忘れよう)
俺は冷徹に回れ右をして、目的の新しい武器屋へと足を向けた。
その新しい武器屋の店先には、なろう小説のチートショップのようなド派手な黒いのぼりが掲げられていた。そこに書かれていた文字は――【この装備で君も明日からA級探索者!】という、あまりにも胡散臭いキャッチコピー。
俺に相手のステータスや武器の質を見抜く「鑑定能力」なんて便利なものは搭載されていない。
だが、前世のブラック企業で散々ハリボテの商品を見せられ、異世界でも都会のガチ勢の本物の魔力波形をその身で直撃してきた俺の【社畜の経験則】が、そののぼりを見た瞬間に「うさん臭さ」をビンビンに感知していた。
不信感を抱きながら店に入ると、いかにも都会風のチャラついたイケメン店員が、やたらと装飾がド派手な装備を並べて愛想よく営業をかけてきた。
「いらっしゃい品! お客様のような経験を積んでいそうな素敵な人には、この刀身が素晴らしく光り輝いている剣がぴったりですよ! これは中央の有名高級ブランド『王宮騎士団御用達・レプリカシリーズ』が監修した最高級品でしてね。だから少々お値段は張りますが、これさえあれば明日からA級間違いなしです!」
イケメン店員は、中身スカスカのブランドうんちくマウントをドヤ顔で滑らかに並べ立てる。
俺は無言でその光る剣を手に取ってみたが、持った瞬間にその軽薄さがよく分かった。装飾だけは無駄に派手だが、素材の強度はペラペラで、実戦で使えば一発で刃こぼれする代物。見た目だけで中身はただの安物だった。
その時、俺の目は、店の片隅のゴミ箱同然のエリアに転がっていた、一振りの【黒ずんだボロい剣】を捉えた。
試しにそれを手に取ってみた瞬間、これまでの被弾経験から、その刀身の奥に隠された「それなりの性能(本物)」の魔力伝導率が、驚くほど俺の手になじむのが分かった。
俺の脳裏に、前世のブラック企業時代にパワハラ上司から叩き込まれた、冷徹な「商売のマネーロジック」の回想がフラッシュバックした。
上司:『おいレン、商売ってのはな、金持ちと貧乏人、どちらを相手にした方が儲かると思う? ……ハァ? 金持ち? 分かってねえなぁ、これだから地方の大学出は! いいか、ターゲットは金持ちか貧乏人かじゃねえ。【物の本当の価値が分からん無知な奴】を相手にするのが一番儲かるんだよ! 物の価値が分からんバカは、見た目だけ派手にした安物を高級品として簡単に買ってくれる。成金の金持ちだろうが貧乏人だろうが、無知な奴らを騙すのが一番効率がいいんだよ!』
回想が明ける。あの上司のクソみたいなマウンティングの言葉、今になって役に立つとはな。
俺はブラック企業仕込みの冷徹なバイヤー(仕入れ交渉)の顔になり、黒ずんだボロい剣を指差してイケメン店員を冷徹に見据えた。
「店員さん。少し商談をさせてください。さっき、その光る剣は『刀身が素晴らしく光り輝いており、かつ中央の有名高級ブランドという付加価値があるから高い』と明確に説明されましたよね?」
「え、ええ、そうですが……それが何か?」
「では、商品の『価値の算定基準』について確認です。貴店のロジックに従うならば、価格を高騰させている最大要因は【視覚的な輝き】と【ブランドの知名度】の2点。すなわち、その真逆の属性を持つ商品であれば、当然、価格は最低水準まで減点されるべきです。違いますか?」
「え? あ、まあ、論理的には……」
「結構。では、この店の片隅に放置されている黒ずんだボロい剣を見てください。刀身は1ミリも光っておらず、サビと黒ずみで覆われている。さらに刻印もなく、完全な無名ブランド。店員さんの提示した【高額査定の条件】が、この剣には何一つとして満たされていない。――つまり、この剣は貴店にとって『在庫管理上のコストにしかならない無価値なゴミ』だ。違いますか?」
「あ……え?」
イケメン店員は、自らがドヤ顔で語ったブランド自慢のうんちくを完璧な逆張りで論理ハメされ、顔を真っ青にして言葉を詰まらせた。
俺は前世の過酷な価格叩き交渉術をフル稼働させ、言い訳の余地すら与えずに店員を完全論破。そのそれなりの性能を持つ本物の剣を、タダ同然の叩き売り価格で合法的にぶんどることに成功した。
「毎度、あり……がとうございました……」
魂の抜けた店員の声を背に、俺は新しい剣を担いで店を出た。
周囲を見渡すと、ギルド休業をいいことに、あのワルブルギスの成金マダム一団が、「明日からA級よォッ!」とドヤ顔で、この店の見た目だけ派手な中身スカスカの高級(偽)装備を大量に買い漁っているのが見えた。
まさに、前世のブラック上司の言っていた「物の本当の価値が分からない無知な情弱ターゲットビジネス」の完璧な答え合わせが、そこにあった。俺はため息を吐きながら、手に入れたボロい剣に目を落とした。
だが、よく見ると、その黒ずんだ柄の隙間に、何やら【よくわからない不気味なモノ(まるで脈打つ肉塊のような、バググラフィックのパーツ)】がピタリと付着していることに気づいた。
「まあ、手なじみと性能は悪くない。これから行く次の場所でも、よろしくな、相棒」
俺は何気なく、その不気味なボロ剣に向かって軽く声をかけた。
――その、まさに刹那だった。
『……ア……、……ギ……』
俺の耳のすぐ傍で。
地獄の底から這い上がってきたかのような、誰のものともつかない、聞き取れないほどの掠れた低い「返事」が、無音の空間にポツリと響いた。
(……え? 今、なんか聞こえ……)
全身にゾクッと冷たい悪寒が走る。
ヤグヒさんのストレス大暴発、アイちゃんの最凶の保身、おじさんのいたたまれない絶望、そして手に入れた新しい相棒が放つ、最悪な意思のバグ(ホラー)。
平穏になるはずだった俺の日常は、2週間の休業期間を前に、さらなる最悪の加速を見せるのだった――。
(第19話・完




