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【第18話】「戦場を蹂躙する漆黒の嵐と、黒い剣士の格付け」

あの都会から落ち延びてきた初老の暴挙を合法的に圧殺し、再び平穏な日常が戻るかと思われた我が『初級魔力層』だったが、ここ数日、ダンジョン内の生態系に明らかな異常が発生していた。

「レン殿、大変です。最近、なぜか下層から湧き出るはずの魔物が極端に少なくなっているのです。新人のレベル上げに深刻な支障が出ています。原因の調査に付き合っていただけないでしょうか」

真面目な新人衛兵のタダシから、管理ロビーの隅で深刻な顔で相談された。

過去にタダシと「この下層は、簡単に潰れるスライムや虫系の弱い敵が無限に湧き出る仕様だ」と会話した記憶が脳裏をよぎる。あの無限湧きの層の魔物が枯渇するほどの異常事態など、到底信じられなかった。

調査を要請しようにも、管理カウンターのアイちゃんは、カズキ先輩を完全に骨抜きにするための週末の指導(デート)の方針が完璧に決まったのか、前髪をいじりながら不気味にニヤニヤと邪悪なたくらみを浮かべているだけで、完全な業務放棄状態だった。

そしてカウンターの端では、そんなアイちゃんの邪悪なニヤニヤ顔を見て、脳筋戦士のコイキングおじさんが「(……う、うおォォォッ! 女王様が何かを企んでいらっしゃる! なんという極上のアンニュイ……! 一生の忠義を……!)」と、いつも通り最悪なマゾ脳内で大興奮して完全固定されている。

誰もあてにならない。俺は仕方なくタダシの付き添いとして、原因を突き止めるべくダンジョンの下層へと降りていった。

――だが、最下層の通路に足を踏み入れた瞬間、凄まじい轟音と、視界を埋め尽くさんばかりの返り血の嵐が俺たちを襲った。

そこにいたのは、お喋りマダム一団の中で「しおらしく」内股でモジモジと佇んでいたはずの、あのヤグヒさんだった。

激太りして、見た目はいまだに完璧なオークキングのままの巨体。全身に大量の虫モンスターの緑色の体液と、スライムの粘着質な分泌液をドロドロに浴び、文字通り【漆黒の旋風のオークキング】と化した彼女が、大斧を凄まじい腕力だけで激しく振り回していたのだ。

無限に湧き出続けるスライムや虫どもが、通路に現れたコンマ数秒後に、肉片となって一方的に大虐殺されて消滅していく。湧き出る速度を、奴の破壊の腕力(ただの素の腕力)が完全に上回っていた。これが、ダンジョン全体の魔物激減の真実だった。

「な、何という破壊力……! まさに戦場を蹂躙する黒い竜巻です……!」

タダシがガタガタと震えながら驚愕する。

実はヤグヒさん、極めて賢い女性だった。それゆえに、あの姦しく騒がしい成金ビキニマダム一団の閉鎖的な空間の中で、恐ろしいマウンティング合戦(ヤグヒさんの憂鬱)に晒され、精神を激しく病みながらも、理性を保って我慢に我慢を重ねていたのだ。タダシもまた、ワルプルギスの一団の中でヤグヒさんが完全に孤立し、困り果てていた姿をリアルタイムで目撃して知っていた。

ヤグヒさんはついにキレる寸前を迎え、このままではマダムたちを本当に殺してしまうと自ら判断し、理性を爆発させるためにこの無限湧きの下層へと一人で籠り、大暴れしてストレスを発散していたのだ。

俺の脳裏に、別れ際にガットさんと交わしたシリアスな会話の回想がフラッシュバックした。もちろん、ガットさんはヤグヒがこのダンジョンに送り込まれていることなど知らない。

レン:『ガットさん、実際、俺の実力ってガットさんから見てどうですか?』

ガット:『……確かに悪くはありません。ですが、中央の基準で言えば、レンくんはまだDランクどまりです。B級にのぼりつめた程度のあのハゲ和尚を倒したと言いますが、あやつは悪巧みだけでのぼりつめた無能。実力はせいぜいC級がいいところです。……そして、ヤグヒさんも元はA級の高名な戦士。今は都会の美食で激太りしてなまりまくっているため、実力はCランクまで落ちています。それでも、元々の実力はそれ以上。まともに正面から相手をするには、レンくん、君ではまだきついでしょう。もしあやつが暴れるようなことがあれば、あいつの背後に回り込み、背中に触れるのです。そうすれば狂戦士状態は解除できます。……まあ、それでも、今のお前の基礎ステータスでは、あの巨体の背中に回るなんて真似は適わないでしょうがね』

回想が明ける。

Dランクの俺では背後に回ることすら敵わないはずの、Cランクまで落ちているとはいえ元A級の「漆黒の嵐(ヤグヒ)」が、無限の魔物を屠り続けている。だが、このままでは日課のレベル上げが消滅する。

「タダシ、あいつの注意を引いてくれ! 俺に策がある!」

俺は初心者用の剣を強く握りしめ、覚責を決めてその凄まじい暴風の区画へと真っ正面から突撃した。

キィィィィィンッ!!!!!

金属同士が激突する凄まじい火花が、暗い下層通路を白く照らし出す。

レベルアップした俺の基礎ステータスは、Cランクまで落ちているヤグヒさんの大斧の打撃を、真っ正面から泥臭く受け止め、激しく切り合うことに成功していた。鋭い刃撃が何度も交差し、火花が激しく飛び散る。

だが、地力の差は圧倒的だった。

タダシは俺に頼まれ、必死にヤグヒさんのヘイトを向けさせようと大声を出し、盾を叩いて挑戦していたが、通常の衛兵装備ではヤグヒさんの視界にすら入らず、ヘイトを向けさせることがまったくうまくいかなかった。

ヤグヒさんの大斧が巻き起こす圧倒的な突風の前に、俺の防壁のスタミナは一気に削り取られていく。

バキィィィンッ!!!

「あ……っ!」

激しい切り合いの最中、ついに、俺の持っていた初心者用の剣が根元から真っ二つに折れ飛んだ。

武器を失い、完全に限界を迎えた俺の絶体絶命の瞬間、物陰で見守っていたタダシは、かつてワルプルギスの中でヤグヒさんが困り果てていた姿を思い出し、見かねて一本の激しい電流(秘策)を脳内に走らせた。

「……これを使うしか、ヤグヒ殿の目を私に向け、レン殿を救う手立てはないというのか……っ!」

タダシは震える手で、支給品袋の奥から、一着の成金趣味の派手なビキニアーマーを取り出した。数日前、通路でお喋りしていたマダム一団に「静かに」と注意した際、マダムたちに逆ギレされて無理やり押し付けられた呪いの装備。

「男が……ギルドの衛兵たる私が、マダムのビキニアーマーを着るなど……っ!」

激しい葛藤の末に、タダシは涙を流しながらついに決意した。俺の命の灯火が、もう限界を迎えようとしていたからだ。

「――ヤグヒ殿ォォォッ!! 私を見なさいッ!!! ザ・ワルブルギス!! マダムの力を見なさいォォッ!!!」

ドッパーーーーン!!!

通路の影から飛び出してきたタダシの姿に、戦場が一瞬で凍りついた。

全身の毛穴を尖らせ、涙目で顔を真っ赤に染めながら、マダムのビキニアーマーをパツパツに身にまとった新人衛兵。タダシは恥ずかしさをかなぐり捨て、必死にマダムのフリをして大声を張り上げ、ヤグヒさんのヘイトを完璧に自分へと力ずくで引き剥がしたのだ!

「な、何よあの不細工ビキニぃぃぃーっ! マウンティングするなァッ!!」

マダム一団(ヤグヒさんの憂鬱)への強烈なトラウマのスイッチが入ったヤグヒさんの視線が、完全にタダシへと釘付けになる。

その一瞬の隙。

俺はガットさんに「無理だ」と格付けされたその限界を超え、レベルアップした基礎ステータスのすべてを足へと爆発させて死角へ滑り込んだ。

引き裂かれそうな大斧の旋回の合間を縫い、手を伸ばして、やっと触れることができた。

だが、それはガットさんの言っていた「しっかり手のひらでがっちり触れる」ようなコンタクトではなく、荒れ狂う突風の中で伸ばした、ほんの僅かな【人差し指の先によるフェザータッチ】をかすらせるのが精いっぱいだった。

(クソッ……! 指先しか触れられなかった……!)

自身の技量不足をその瞬間は激しく後悔した。――だが、直後。

「――は、ぅんっ……あぉォォォォーーーーーーんっっっ❤❤」

無法地帯の下層通路に、地鳴りのような爆音の咆哮と共に、これまでに聞いたこともないような、地声の【妙に色っぽい咆哮】が、鼓膜が破れんばかりの大音量で大爆発した。

あまりにも不条理なバググラフィック。

ヤグヒさんは激しい呼吸のままその場にへたり込み、瞳の狂気がスカッと消え失せて正気を取り戻していった。ガットさんの言っていた「狂戦士の解除方法」の真実。それは、ただの強烈すぎる【性感帯】を刺激しただけという、最低なバグ技だったのだ。

そして俺は、そのあまりのおぞましい戦闘ロジックを前に、我に返ってガタガタと愕然とした。

(……待て。手のひらでがっちりホールドしてたら、むしろ解除されなかったのかよ! あの狂乱の暴風の中で、指先しか伸ばせなかった俺のDランクの未熟さが、まさかの最高難易度の【フェザータッチ】判定をクリアして功を奏したってことかよ!! 偶然だけど、指先だったのがむしろ大正解じゃねえか……ッ!!)

九死に一生を得た本当の理由を理解し、俺は冷や汗を流して震えた。

床にへたり込んだまま、妙に色っぽいクネクネとしたポーズで立ち上がった、ヤグヒさん。

彼女は激太りした、いまだに完璧なオークキングの外見のままである顔面を真っ赤に染め、モジモジと内股になりながら、潤んだ瞳で妙な色気を放っていた。少しも可愛くなどなかったが、その熱視線の不気味な威力だけは絶大だった。

だが、その場に満ちていたのは、勝利の達成感などでは到底なかった。

隣では、新人衛兵のタダシがパツパツのビキニ姿のまま、失った漢のプライドに床を見つめて「レン殿……私、やりましたよ……(シクシク)」と静かに男泣きを続けている。

そして正気を取り戻したヤグヒさんもまた、マダムたちの陰湿なマウンティングストレスから逃げ出した果てに、ただただ全身を魔物の汚い分泌液で汚され、性感帯を触られて変に赤くなっているだけだ。

ダンジョンの生態系(魔物の無限湧き)は守られた。

だが、そこにあるのは、誰も、何一つとして幸せになっていない、ただただ冷たい風が吹き抜けるような、あまりにも悲しく、最高にむなしいオチだった。誰も救われていない。俺たちの人間性と、大事な何かが、この下層の暗闇で確実に死に絶えていた。

俺は、折れた剣の柄を虚しく握りしめたまま、隣のビキニ衛兵と、妙な色気を放つ巨漢オークキング(ヤグヒさん)の挟み撃ちに遭い、我が日課の不条理な通路で、ただ静かに、むなしさに震えながら頭を抱えるのだった――。

(第18話・完



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