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【第16話】「親友への返品と、新たなるワルブルギスの夜」

俺とガットさんは、物理的に丸くなった真の狂戦士(ベルセルク)・ヤグヒさんを引き連れて、中央にある魔法使い【クリフ】の豪華な貴族屋敷へとついに到着した。

門前で待ち構えていたクリフは、優秀で頭脳明晰な魔法使い、そして一国の領主を治める立派な貴族として、静かに俺たちを迎え入れた。その胸中には、冷徹な計算と、それ以上に重い貴族としての諦念が渦巻いていた。

実を言えば、優秀な魔法使いであるクリフの戦闘力なら、オークキングごときは敵ではない。普通に勝てる。だが、贅沢な美食で見る影もなく激太りし、何かと言えばヒステリックに暴れ回る狂戦士の妻に、クリフは本気でうんざりしていたのだ。下手に文句を言えば自分がバラバラにされるため、何も言えずにいたその時、領地視察の最中にオークキングの集団に襲撃された。

なまりきったヤグヒが捕らえられた瞬間、クリフは「神が味方した」と確信した。あえて重傷を装って拉致を放置し、都会の貴族としての『体面』を保つため、かつての親友である高ランクハンターのガットに討伐(救出)クエストを出した。

あわよくば、ガットの手によって「変わり果てた彼女を、オークキングとして現場で合法的に討伐(暗殺)」してもらえれば、すべてが綺麗に片付くという一挙ない得の陰謀。

(……いや、まあ。あのガットが本当にそんな暗殺を遂行してくれるなんて無理だろうな。ワンチャン、そうなればいいな、くらいだが……)

クリフは最初から、自分の甘い目論見が失敗することは重々承知していたのだ。

だからこそ、五体満足で生還し、なぜか大人しく佇んでいるヤグヒさんの姿を見ても、驚きはしなかった。ただ、すべてを見透かした上で、笑顔で返品マウントを取りにきた親友の「覚悟」を、クリフは真っ正面から受け止めた。

ガットさんは、これ以上ないほど邪気のない、だが最高に黒い笑顔で白い歯を輝かせ、クリフの肩をポンと叩いた。その正しい言葉遣いの裏で、ガットさんの脳内メモリからは、かつて自分の隣から彼女を奪っていった親友への、最悪な返品大マウントが炸裂していた。

(クリフ、お前よぉ、彼女を幸せにしろよ。仮にもこの俺から寝取ったんだから、俺以上に立派な姿勢を最後まで見せろよな……w)

「ガ、ガット……ありがとう……っ」

クリフは、拳を血が出るほど強く握りしめ、目から熱い『血涙』を流しながら、親友への深い感謝を口にした。

クリフとヤグヒの間に、全く愛がないわけではないのだ。愛しているからこそ、領主としての激務をこなしながら、家でオークキングのようになった妻がヒステリーを起こす毎日に耐え、ワシのSAN値は限界だと泣きながらも、彼女を再び我が家へと受け入れる。それも含めてすべてを背負うのが、男の、そして貴族としての責任。確かめられる、あまりにも過酷で、泥沼のように歪んだ都会の夫婦の愛の形。現実はどこまでも非常であった。

手続きの最中、クリフから「ところで、君の隣にいるその少年は何者かね?」と尋ねられたため、俺は日常会話の中で「家から徒歩3分の初級ダンジョンで日課をこなしている素人です。そこには、他の都会の貴族の奥さん(マダム一団)たちもたくさん通ってますよ」とたまたま口にした。

すると、クリフは少し表情を和げ、軽い気持ちでこう考えた。

(……ほう、そんなダンジョンがあるのか。他の貴族の奥さんもいることだし、このヤグヒを少しでも痩せさせるために、軽い気持ちのダイエットとして強制的にそこへ行かせるかな)と。

俺は高難易度クエストの補助報酬として、クリフから約束通りの一攫千金の報酬袋を受け取ると、自分の適正な高難易度前線へと颯爽と戻っていくガットさんを見送り、田舎町へと引き返した。

ガットさんは今回のクエストを経て、かつての甘酸っぱい青春時代にすっきりと区切りがついたのか、その魂の救済のエフェクトとして、あろうことか、あの【光すら吸い込むダークマター乳首が、少しだけ薄くなっている】という、あまりにもシリアスで美しいバグ修正が起きていた。

(……いや、心が清算されたら乳首の黒さも薄くなるシステムなのかよ!? 画面の不条理は少し和らいだけど、どこまでも意味が分からん身体だなこの人……!)

息を切らせて家から徒歩3分のギルドへと戻った俺は、受け取った大金で即座に【最高級回復ポーション】を買い直した。そして、訓練用ダンジョンの通路の端で、両手を突き出した例の『謎の戦いの構え』のポーズのまま完全石像化している【石像の爺さん冒険者】のポケットへと、ひっそりとそれを差し戻した。

すると次の瞬間、お爺さんの死んだ目がスカッと鋭く見開かれ、完全にボケが覚めた表情で、じいさんは戻ってきたポーションをそっと取り出し、涙をボロボロとこぼしながらしんみりと呟いた。

「若者よ……! ポケットにポーションが戻っておった。わしが危険な場所に行かぬよう、ばぁさんはいつも影ながら心配してくれておる。……ふと、家に帰った時、ばぁさんが『おじいさん、無事でよかった……!』と泣いて迎えてくれる姿が目に浮かぶようじゃ。贅沢な暮らしはさせてやれんが、ワシは、あの人の愛に応えるために、これからも元気で生きねばならんのぅ……」

都会の冷めきった、だが確かにそこに存在するクリフ夫妻の泥沼の愛。

それに対し、貧しくともお互いを心から想い合う、田舎の老夫婦の本物の、不変の深い愛情。

お爺さんは相変わらず普段はボケてばかりいるけれど、お婆さんはそんなお爺さんを変わらない愛でずっと包み込んでいる。きっとこの老夫婦だって、若い頃にはクリフ夫妻のようにお互いの嫌な部分に直面したり、ヒステリックにぶつかり合ったり、それこそ「すべてのドロドロした理不尽」を何度も経験してきたはずなのだ。それを長い年月をかけて、すべて乗り越えた末にたどり着いた、静かで揺るぎない純愛の境地。

都会の現役の泥沼と、田舎のすべてを乗り越えた老夫婦。その極上の愛の対比を目の当たりにし、前世のブラック企業で使い潰され、愛なんてものに縁のない素人転生者である俺は、その深い本質までは完璧に分かっていなくても、夕暮れのダンジョンのエントランスで、胸の奥がじんわりと温かくなるような「何か」を、確かに静かに感じ取っていた。

(良かった……。俺、今回の遠征では何の活躍もしてねえ(ただダークマターを3日間凝視させられてボコられただけ)けど、この老夫婦の本当の愛を救えたなら、あのやせ我慢にも意味はあったわ……)

ポーションの負債を無事に完済し、翌日。俺はいつもの平穏な日常へと戻ってきた。

「よし、今日からまた、誰にも邪魔されず、家から徒歩3分の訓練用ダンジョンで、サクッと一太刀で簡単に潰れるスライム相手に、1ポイントの固定経験値を稼ぐ地道なレベル上げ(再修業)に戻るか」

俺は折れかけたメンタルやせ我慢の根性を叩き直し、タオルを肩にかけて、懐かしいいつもの初級ダンジョンの過酷な通路へと足を踏み入れた。

――だが、その淡い平穏は、一瞬で最悪のバググラフィックによって叩き潰された。

通路の奥から響き渡る、聞き覚えがありすぎる騒がしい気配。成金趣味のビキニアーマーを身にまとい、大迷惑な固有結界【ワルブルギスの夜(サバト)】を展開して、いつものお喋りで姦(かしま)しく騒がしくしている、あの地雷マダム一団の姿があった。

「はぁ……、やっぱり秋になっても相変わらずカオスだな……」

ため息を吐きながら、俺が何気なくそのマダムたちのフォーメーションに視線を向けた、まさにその瞬間だった。

俺は自分の目を疑い、白目を剥いてその場に完全フリーズした。

マダム一団のド真ん中。

そこに、クリフの『軽い気持ちのダイエット命令』によって都会から強制的に送り込まれてきたのか、特注の巨大ビキニアーマーを身にまとい、もの凄く「しおらしく」、内股でモジモジと恥ずかしそうに身を縮めながら、その騒がしいお喋り一団の中にただぽつんと混ざって佇んでいる一人の巨漢の姿があった。

(……は? 待て、嘘だろ……。なんで……なんでそこに、あのオークキング(ヤグヒさん)がしおらしく混ざってるんだよォォォォォーーーーーッッッ!!!)

都会の魔法使いの屋敷へと完璧に返品したはずの「真のベルセルク」が、まさかの田舎の初級ダンジョンへと逆流し、最悪なビキニアーマー姿で騒がしいマダム一団のど真ん中に佇んでいるという絶望のグラフィック。

コイキングおじさんのアイ国家奴隷化、アイ先輩の最凶の保身、お爺さんの無音ストーキング、そしてなぜかお喋りサバトに混ざっているしおらしい激太り狂戦士。

平穏になるはずだった秋の初心者ダンジョンは、人間側の闇と新たなるマダムたちの不条理のせいで、さらに最高難易度の魔境へとループしていく。

自覚なしに大切な何かが消滅した俺のSAN値は、もう二度と元には戻らない。俺は背後に昔話をノンストップで囁き続ける石像の爺さんを引き連れながら、終わらない地獄のエンドコンテンツ(再修業)へ向けて、やせ我慢の足を一歩一歩、過酷な通路へと踏み出すのだった――。

(第16話・完



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