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【第15話】「勘違いの深淵と、黒い剣士の本音」

「……う、ぐ……っ」

激しい衝撃の余韻で、割れるように頭が痛む。

都会のガチ勢の必殺攻撃スキルを真っ正面から喰らい、完全に意識を失っていた俺は、草原の冷たい床の上でゆっくりと目を覚ました。

「気がつきましたか、レンくん」

聞き覚えのある、どこまでも正しい礼節に満ちた爽やかな声。

俺はくらくらする頭を押さえ、裏切りの警戒を解かずに初心者用の剣へと手を伸ばしたが――次の瞬間、目の前に広がっていた異様な光景に、思考が完全にフリーズした。

そこには、腕を組んで佇む上半身裸のガットさんと、その隣で、先ほどまで血の海の中で狂乱していたはずの巨大な魔物――いや、よく見ると、すっかり牙を収めてペコリと頭を下げ、もの凄く「優しげな雰囲気」を漂わせながら大人しく並んで座っている一人の巨漢(?)がいた。

何がどうなっているのか、俺の脳内メモリでは1ミリも理解できない。

「ガットさん……、お前、なぜ俺を狙って必殺技を……っ!? 嵌めたのか……!?」

「いいえ、滅相もない。すべては私の『勘違い』……いえ、私たちの『ミスマッチ』が原因です」

ガットさんはいつもの誠実なナイスガイの顔で、静かに大剣を収めた。

「レンくん。君はなぜ、私が命をかけて救出しようとしていた、あの優秀な戦士である【ヤグヒ】さんを、あれほどのガチの殺意を向けてボコボコに襲っていたのですか?」

「……は? ヤグヒさん? 俺が戦っていたのは、自分の部下を皆殺しにして発狂していたオークキ――」

「――静かにっ! レンくん、それ以上その単語を口にしてはいけません!」

俺が言葉を紡ぎ切る前に、ガットさんが見たこともない緊迫した顔で俺の口を素早く塞いできた。

隣を見ると、ヤグヒさんがピクッとその巨体を震わせ、大斧の柄をミシ……と握りしめていた。

「彼女は少しヒステリックなところがあり、その……容姿に関する特定の単語を聞くと、繊細なバーサーカーモード(狂戦士化)のスイッチが入って、この集落の砦ごと私たちを更地にしてしまいます。戦う必要はなかったのですよ」

ヤグヒさんは「いやぁねぇ」とでも言いたげに、巨大な三層の脂肪がついた頬を怪しく紅潮させ、恥ずかしそうに大斧で顔を隠した。

その瞬間、すべての点と線が最悪な形でつながり、俺のSAN値(正気度)は、地の底のさらに奥深くへとオーバーフローを起こした。

(……待て、嘘だろ。これが、あのガットさんの語っていた『少しヒステリックだが非常に美しく優秀な女戦士・ヤグヒさん』の成れの果てかよ……!?)

魔法使いの貴族の屋敷についていき、孤独な彼を支える裏で、贅沢な美食と都会の甘い汁を吸い続けた結果、見る影もないほど肥大化し、見る者すべてが本物の魔物と見間違うレベルの激太り状態へと進化してしまっていたのだ。

安全な場所ならとヤグヒさんがこの集落の砦から抜け出そうとしたところ、野生のオークの集団に襲撃されてしまった。その瞬間、彼女の優秀すぎる固有スキル【バーサーカーモード】が完全に大暴発。

襲ってきたオークどもをその規格外の巨体と怪力でボコボコに皆殺しにして大発狂していた。そのあまりにも最悪なタイミングの現場へ、裏口から潜入してきた俺が運悪く突っ込んでしまった。それが、あの死体の山の真相だったのだ。

ガットさんは、俺を必死のスキルで叩き伏せたあと、冷静になってその変わり果てたヤグヒさんの姿を見つめ、

(……いや、確かに。都会の贅沢でここまで巨大化していたら、そう見えなくもないな。この少年、魔物と間違えて正当防衛で耐えていただけか)

と、後になって俺の壮絶な「勘違い」に気付き、納得していたらしい。

「それにしても、友人の魔法使いからはね、手紙でこう言われていたのですよ。『彼女、昔と違って、今はすっかり丸くなったから、もう昔のように突然暴れ出すようなことはしないだろう』と」

ガットさんはそう言って、ぽつりと寂しげに手紙を眺めた。

だが、そのガットさんの正しい言葉遣いの裏で、彼の脳内メモリからは、かつてないほどの激しい本音の叫びが爆発していた。

(……いや、丸くなったって、性格の話じゃなくて物理的な体型の話じゃねえか!! 騙したなあの野郎!! 意味が全然違うだろ!!)

高潔な元騎士としてのポーカーフェイスを維持しながらも、親友の詐欺まがいの文面に、特大のキレツッコミを内心で炸裂させていたガットさん。

だが、彼は同時に、その太陽のようなナイスガイの瞳の奥に、ほんの僅かな「漆黒の闇」を湛えていた。

ガットさんは、他称『黒い剣士』と呼ばれるだけあって、実はその心も少しだけ黒かったのだ。

かつて自分の隣から彼女を奪い、都会の貴族の義務へと逃げていった親友の魔法使い。

ガットさんは、この変わり果てた「元・最愛の女(ヤグヒさん)」を、親友の元へと、何が何でも安全に「返品」することで、過去の因縁を完璧に清算したかったのだ。

(俺から奪ったんだから、どれだけ激太りして狂戦士化しようが、お前が最後まで責任取って面倒見ろよな、親友よぉ……w)という、逃げ場のない最強の復讐(おすそ分けマウント)である。

そして俺は、ある一つの「あまりにも虚無な事実」に気づき、呆然とした。

都会から流れてきた漆黒の大剣使い・ガット。彼は周囲から『黒い剣士』と畏怖されていたが、その二面性の本質はただの「ダークマター乳首の誠実なナイスガイ(心が少し黒い元騎士)」に過ぎない。

そして、この草原の砦で本当の意味でオークの軍勢を皆殺しにし、大斧を振り回して大地を汚物まみれに変えていた、本物の【狂戦士(ベルセルク)】。その正体こそが、この物理的に丸くなったヤグヒさんだったという、最悪のミスマッチ。

「黒い剣士」対「狂戦士」の最終決戦。その正体は、ただの「勘違いした素人転生者」と「激太りした元カノのバーサーカー暴発」の殴り合いだったわけだ。

……っていうか、待てよ。

よくよく冷静に振り返ってみたら、今回、俺(主人公)は何一つとして活躍をしていないのではないか?

道中の魔物は全部ガットさんが手際よく瞬殺し、砦のオークどもはヤグヒさんが自ら狂乱して皆殺しにしており、俺はと言えば、ただ魔物と勘違いして激太りしたヤグヒさんに防戦一方で耐えていただけ。挙句の果てには、ガットさんの必殺スキルを真っ正面から喰らって、勝手に気絶して敗北イベントのグラフィックを晒していただけだ。

俺、ただただ石像爺さんのポーション代を稼ぐために遠出して、ダークマター乳首を3日間凝視させられながら都会のガチ勢の必殺技でボコられただけじゃねえか!![主人公としての活躍ポイントが、完全なるゼロ(虚無)である。

「さあ、誤解も解けましたし、彼女を連れて親友の元へと戻りましょう。彼は今でも、彼女の身を案じて血を吐くような思いで待っているはずですから。ふふふ、再会が楽しみですね」

ガットさんは、最高に恐ろしい笑顔で白い歯をキラリと輝かせた。

(都会のガチ勢の執念、前世のブラック企業の派閥争いより100倍怖いわ……。っていうか、石像爺さんのポーション代を弁償するためとはいえ、俺は一体、何のデスゲームに巻き込まれてるんだよ……!)

結局、俺の身体(基礎ステータス)はレベルアップの成果と、ガットさんの【漆黒断罪】の衝撃波のせいであちこちが悲鳴を上げていた。

(……あ、そういえば。あの夜の野営の手合わせの時に、もっとガットさんから本気のスキルを受けて波形を解析セーブしていれば、さっきの一撃だって無効化できたのにな。ポーションは後でちゃんとあの石像の爺さんに買って返さなきゃならんし、本当に、レベル上げと日々の備えはマジで大事だな……)

俺は何の成果も得られないまま、これからこの「真のベルセルク・ヤグヒさん」を都会の貴族の元へと返品しに向かう、上半身裸の主張が激しすぎるガットさんの背中を追いながら、やせ我慢で足を進めるのだった――。

(第15話・完


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