【第14話】「正面突破の陽動と、裏口の潜入」
3日間の順調な旅路を経て、俺とガットさんは、草原の奥深くに潜むオークキングの集落を一望できる丘へと到達した。
眼下に広がるのは、頑強な丸太の柵で囲まれた凶悪な魔物たちの巣窟。
元王国の騎士であるガットさんが立てた作戦は、極めて簡単、かつ戦術的に合理的なものだった。
「レンくん。作戦は至ってシンプルです。私が単身、正面の正門から大々的に切り込み、集落のすべてのヘイト(注意)を引き受けます。君はその混乱に乗じて、手薄になった裏口より攻め込み、囚われている彼女を救出してほしいのです」
ガットさんは、背中の漆黒の大剣の柄を握りしめ、正しい言葉遣いで誠実に俺の目を見つめた。
今日もそのバキバキに引き締まった上半身は完全な裸であり、その剥き出しの胸元に鎮座するダークマター乳首の主張は相変わらず激しすぎたが、語られる言葉の気品と、眼光に宿る本物の戦士の覚悟には、微塵の揺らぎもなかった。
「正面の敵は、たとえオークキングが現れようとも私がすべて食い止めます。君に危険な潜入を任せて申し訳ありませんが、彼女の救出を……どうかよろしく頼みます」
「分かりました。ガットさんが正面を支えてくれている間に、俺が必ず裏から彼女を連れ出します」
俺たちは固く拳を交わし、それぞれの配置へと散った。
作戦が決行される。ガットさんが大剣を引き抜き、凄まじい魔力の嵐を巻き上げながら、集落の正門へと突撃していった。
直後、集落の正面からは、大剣が空間を叩き切る凄まじい轟音と、オークたちの短い悲鳴が派手に響き渡り始めた。B級上位のガチ勢による、圧倒的な正面突破の戦闘音。
そのあまりにも激しい音につられ、集落の警備に当たっていた一般のオークたち、そして【オークキング】すらも、すべて正面の侵入者を迎撃するために、一斉に順路(正面)へと向かっていった。
(……よし。作戦通り、一般ルートの警備が完全に空いたぞ)
俺は初心者用の剣を強く握りしめ、手薄になった集落の裏口から静かに内部へと潜入を開始した。
当然、完全な無人というわけにはいかず、通路の死角には数匹の一般オークが残って道を塞いでいた。だが、今の俺は、あの都会のクラン副長(和尚)を合法的に圧殺したことで、基礎ステータス(フィジカルと精神力の最大値)がワンランク向上している。
以前の素人同然だった俺なら、オークの怪力に一撃で剣を弾かれていたかもしれない。だが、向上したフィジカルは、オークの棍棒の軌道を冷徹に見切り、鋭い踏み込みを可能にしていた。
普通にペシッと、最小限の一太刀。
俺が放った無駄のない剣撃は、一般オークの急所を正確に捉え、床を汚すことなく、実に手際よく確実にモンスターを潰して消滅させていく。
(……いける。俺も, 少しは戦えるようになってるな)
日夜の泥臭いレベル上げの成果が、確実に肉体に蓄積されていることを実感する。行く手を阻む雑魚モンスターをサクッと処理し、作戦はすべて完璧に、極めて順調に進んでいるように見えた。
目的の女戦士が囚われているであろう、集落の最奥にある巨大な広間は、もう目の前だった。
(待ってろよ。お婆さんの老後の蓄えのためにも、ここで確実に人助けのノルマをこなしてやる)
俺は一気に足に力を込め、広間の重厚な扉を押し開けて内部へと突入した――。
――だが。
その最奥の広間に足を踏み入れた瞬間、俺の全身の毛穴が、底知れない恐怖と違和感で逆立った。
そこに広がっていたのは、俺の予想を遥かに超えた、最悪の凄惨な光景だった。
「……な、んだよ、これ……」
広間の床には、無数の【オークたちの無残な死体】が、まるで嵐に乱暴に切り刻まれたかのように、通路の四方八方へと凄まじい勢いで爆散していた。床も壁も、モンスターのドロドロした体液と肉片でめちゃくちゃに汚染されている。
正面でガットさんが暴れているはずなのに、なぜかこの最奥の部屋で、身内であるはずのオークたちが皆殺しにされているのだ。
放置プレイ。その汚物と死体の山の中心に、そいつはいた。
全身を一般オークの返り血で真っ赤に染め、大斧を力なく床に引きずりながら、ガタガタと全身を激しく震わせている巨大な魔物――【オークキング】。
だが、そのオークキングの様子は、明らかに異常だった。
王の威厳など微塵もなく、その瞳は恐怖と絶望に完全に染まりきっており、ブツブツと意味不明なうわ言を呟きながら、正気を失って激しく【狂乱】していたのだ。
あまりにもシリアスで、不気味なバググラフィック。
俺の脳内メモリが、その凄惨な光景の前に完全にフリーズしかけた、まさにその時。
カチャリ、と肉片を踏みしめる音が響いた。
狂乱するオークキングの絶望に満ちた視線が、侵入者である俺へと、ギラリと向けられた。
グオォォォォォォーーーーーッッッ!!!
鼓膜を突き破らんばかりの咆哮と共に、オークキングが突進してくる。
俺は即座に初心者用の剣を構えて応戦したが――激突した瞬間、言葉を失った。
(強い……ッ!! なんだこの威力は……!!)
それだけではない。繰り出される攻撃は、巨体に似合わない、およそモンスターとは思えないほどに洗練された見事な剣技が冴え渡っていた。
相手が正気を失い、怒りと恐怖で軌道がブレまくっているからこそ、レベルアップした俺の基礎ステータスでなんとか直撃を回避できているようなものだった。完全に防戦一方で、今の俺の実力では耐えるのが精いっぱいだった。
「くそっ、このままじゃジリ貧だ……!」
オークキングの圧倒的な剣技の前に、じわじわと体力を削られ、防壁のやせ我慢スタミナが限界を迎えようとしていた、まさにその時。
バサリ、と広間の正面扉が豪快に開かれ、正面突破の陽動を終えたガットさんがついに現場へと駆けつけてきた。
その筋肉質の神々しい上半身、そしてあの圧倒的なダークマター乳首が視界に入った瞬間、俺の胸に「これで助かる……!」という確信に満ちた希望が湧き上がった。
――だが、次の瞬間。世界は真の絶望へと変色した。
「――【漆黒断罪】!!」
「……え?」
ガットさんは大剣を構えると、無言のまま、目の前のオークキングではなく、【俺の肉体に向けて】、禍々しい漆黒の闇魔力を集束させたのだ。
え、嘘だろ。なんでそっちを狙って――。
ズドォォォォン!!!!!
考える余地すら与えられず、ガットさんから放たれた本気の必殺攻撃スキルが、俺の肉体を真っ正面から直撃した。
都会のガチ勢による最大火力の一撃。昨日受けた模擬戦とは比べ物にならない殺意の衝撃波が、俺の骨格を容赦なく内側から粉砕していく。
「が、はあぁぁッ……、ゲホッ……!!」
俺の身体は広間の壁へと凄まじい勢いで叩きつけられ、口から大量の鮮血が噴き出した。
(嵌められた……!? ガットさん、お前、最初から俺を……)
脳内を裏切りの疑念が駆け巡るが、なぜガットさんが俺を殺しようとするのか、その理由も目的も全く分からない。
視界が急激に暗転し、生命力のパラメーターがゼロへと向かって猛スピードで減少していく。
だが、完全に意識が消失するその刹那、俺の魂の奥底で、強烈な『心残り』が悔しさとなって激しく明滅した。
(クソッ……! もしも、あの夜の野営の手合わせの時に……もっとガットさんから本気のスキルを連続で受けて、解析セーブを進めていれば……! 今の攻撃だって、完璧に弾き返して戦えたはずなのに……ッ!!)
固有スキルの発動条件を満たせなかった自らの不手際への悔恨。
その強烈な心残りを胸に抱いたまま、俺の身体から完全に力が抜け、そのまま昏い闇の中へと、意識が遠のいていくのだった――。
(第14話・完




