【第13話】「夜の篝火と、黒い剣士の過去」
オークキングの集落までは、ここから野営を挟んで丸3日かかる広大な道のりだ。
道中の旅路は、驚くほどに順調だった。
依頼主であるガットさんは、元王国の騎士だけあって圧倒的に強かった。無駄のない最小限の剣さばきで、襲いかかる草原の魔物たちを一太刀で綺麗に、手際よく処理していく。
正式に王国の騎士団を辞めたあとも、その身に染み付いた高潔な剣技と、いつでも実戦の緊張感を保つために上半身は完全な裸、という激しすぎる主張は健在だった。
して、俺自身も確かな成長を実感していた。
あの都会のクラン副長(和尚)との死線を潜り抜けたことによる、基礎ステータス(フィジカルと精神力)の向上。以前の素人同然だった俺なら息を切らせていた長距離の行軍も、今の俺の肉体はやせ我慢のスタミナが格段に増しており、身体が驚くほどに軽かった。最初の理不尽な直撃3回を耐え抜くための「器」が、確実に一回り強くなっている。
だが、そんな順調な旅路にあっても、俺の網膜には常に、先頭を堂々と上半身裸で進むガットさんの、光すら吸い込むダークマター乳微が強制的に焼き付けられ続けている状況だった。
そうして2日目の夜を迎えた。
パチパチと薪が爆ぜる篝火の横で、俺たちが野営の準備を終えたその時、ガットさんは至って真面目な顔で、背中の漆黒の大剣を引き抜いた。
「レンくん。明後日はいよいよオークキングの集落へ突入します。非常に危険な高難易度クエストだ。そこで、君の本当の実力を知った上で、私の方で完璧な作戦を立てたい。――私と、本気の手合わせをしてもらえませんか?」
「……分かりました。よろしくお願いします、ガットさん」
俺は初心者用の剣を抜き、正々堂々と構えた。
ガットさんは上半身裸のまま、正しい騎士の礼節をもって一歩を踏み出し、凄まじい速度で剣を振るってきた。
キィィィン!!!
金属音が夜の草原に響き渡る。
さすがは中央の高ランクハンター、その剣撃の重さは尋常ではなかった。だが、レベルアップした俺の基礎ステータスは、その一撃を真っ正面からガチッと受け止めることに成功した。
「素晴らしい、見事な反応だ……!」
ガットさんは誠実に俺を称賛しながら、さらに手際の良い連続攻撃を仕掛けてくる。俺も必死にやせ我慢のスタミナを振り絞り、泥臭くステップを踏みながら奴の猛攻に応戦した。鋭い金属刃が何度も交差し、それなりに互角の、熱いガチの勝負(攻防)が繰り広げられる。
だが、都会のガチ勢の本当の底力は、ここからだった。
「君の実力は十分に分かりました。では、私の最大出力(本気)を受け止めてみてください。――【漆黒断罪】!!」
ガットさんの大剣に、禍々しいほどの漆黒の闇魔力が完全に集束した。
それは、奴がこれまでの修羅場で培ってきた、最も得意とする『必殺の攻撃スキル』。
ズドォォォォン!!!
放たれた特大の漆黒の衝撃波が、実力を隠す余裕すらなく立ち尽くした俺の肉体を、真っ正面から直撃した。
「がああぁぁッ……!!!」
あまりの威力に口から鮮血が吹き飛び、俺の身体は草原の地面を激しく何回転も転がった。全身の骨が軋み、一撃で肉体も精神もボコボコに叩き潰されて完全なる敗北(気絶寸前)に追い込まれる。
俺は震える手でポケットから回復ポーションを取り出して一気に煽り、ボロボロの肉体を強制的に繋ぎ止めた。
「大丈夫ですか、レンくん!? すまない、つい熱が入ってしまった……」
ガットさんは慌てて大剣を収め、誠実なナイスガイの顔に戻って俺を介伴してくれた。
「これなら……完璧な突入の作戦が組み立てられそうです」
ガットさんはそう言って、心強く頼もしい笑みを浮かべた。奴は俺のスキルの発動条件のことなど1ミリも知らない。
手合わせを終え、再び篝火を囲んで静まり返った夜。
ガットさんはパチパチと燃える炎を寂しげに見つめながら、珍しくしんみりとした正しい言葉遣いで、今回のクエストの「本当の目的」を静かに語り始めた。その気品ある佇まいからは、元王国の騎士であったという壮絶な過去の重みが漂っていた。
それは、ガットさんが王国の騎士団を辞めたあと、自由の身となった3人で新しくパーティーを組んで冒険していた頃の昔話だった。
「一人は、少しヒステリックなところがありましたが、非常に美しく、そして優秀な女戦士。もう一人は、優秀で頭脳明晰な魔法使いの、とある貴族の次男坊でした。……私とその魔法使いの友人はね、いつもその彼女の隣にどちらが立つべきかで、毎日くだらない小競り合いを繰り返していましてね。今思えば、本当に甘酸っぱい青春の思い出です」
ハハ、とガットさんは寂しげに微笑む。だが、幸福な時間は突如として終わりを迎えた。
「ある日、魔法使いの兄が突然死したのです。次男坊であった彼は、急遽、実家の貴族の家督を継がねばならなくなりました。……それは、あまりにも重い貴族としての『義務』。これにより、私たちのパーティーは強制的に解散することになりました。女戦士の彼女は、不慣れな世界で孤独に戦う彼を心の底から支えるため、彼についていくことを決意した。私に笑顔で、2人の背中を押したのです」
しかし、悲劇はさらに続いた。
魔法使いが貴族として領地を順調に治め始めたある日、領地視察の最中に、突如として最悪なオークキングの集団に襲撃されたのだ。
「友人の魔法使いは深い手傷を負い……同行していたあの女戦士の彼女は、彼を庇って、オークキングの手によってどこかへ連れ去られて(さらわれて)しまった。……かつて固い友誼を結んだ彼から、『彼女がさらわれてしまった』と、血を吐くような手紙を渡された時、私の心は決まりました。私は、何としても彼女を救い出し、あのオークキングを倒さねばならないのです」
篝火の光に照らされ、拳を握りしめて壮絶な因縁を語るガットさん。その横顔は、大切な仲間を傷つけられ、最愛の女性を奪われた、本物の復讐の戦士そのものの圧倒的な格好良さと重厚さに満ちていた。
俺もまた、その前世のブラック企業すら生ぬるい、運命の理不尽な重みに言葉を失う。
――だが。
そんな壮絶な過去を語るガットさんの、バキバキに引き締まった剥き出しの胸元には、【篝火の光すらも100%吸い込むダークマター乳首】が相変わらず大真面目に鎮座していた。
(……話が重い! 過去がガチで格好良すぎる! なのに、上半身裸の主張が激しすぎて、感情をどこに持っていけばいいんだよ!!)
シリアスなドラマと、画面の絶対的な不条理の挟み撃ち。
俺はマイナス固定されたSAN値をやせ我慢で震わせながら、3日目の朝、オークキングの待つ広大なフィールドへと静かに足を進めるのだった――。
(第13話・完




