5.理想と現実
結局定時を過ぎてしまい、私は一人事務所でメールを確認していた。外はもうすっかり暗い。
「うわぁ…海外からメール来てる。えっと…」
「夢野、先帰るぞ」
「多田君」
多田君は、明日行く顧客へのプレゼン資料を作って残業していたらしい。彼も出荷手配をしていたはずだが、そんなものはさっさと終えていた。
多田君が私のパソコンの画面を覗き込む。
「あぁ、この番号の貨物、現地空港にまだ到着してないって」
「フライト変更のあった分かー」
「こっちのメールは、送付先住所が間違っていないか確認しろって書いてある。インボイスと送り状で記載が違うらしい」
さすが多田君。英語のメールなど何のそのだ。航空会社に就職しようとしていたにも関わらず、英語が苦手な私と雲泥の差である。
「早く帰れよ。残業時間、今月もぶっちぎり一位だぞ」
「あぁ、うん…そうだよね…」
要領が悪くてごめんなさい…。出荷手配にばかり気を取られていたら、営業まで手が回らなくなってしまう。
「そう言えば、今度同期で集まるって話聞いた?」
「あー…成田支店の同期飲み会か」
「現場の人も来るって。話、聞きたいよね」
「…まぁ…」
「どうしたの?」
「別に。俺、行かないかも。今度入札あるし」
輸送量、輸送頻度の高い企業は、輸送費の削減や効率化のため長期(多くは半年から一年)の貨物輸送をどの物流業者に頼むかを一括で決める。
期日までに各物流業者が顧客へ条件(主に費用)を提出して、顧客が選んだ物流会社が長期間の輸送契約を結ぶことができるのだ。
つまり、この入札で契約が取れれば大量の貨物を獲得することができ、営業課の業績に大きく影響が出る。
「入札対応やってるんだ…」
「俺の教育担当の太田係長も一緒だ。俺が中心でやってるけど」
多田君の受け持っているお客さんは中堅どころの企業が多いので、それなりに影響がある。二年目でそこまで課に貢献できるなんて。
ついこの間まで新入社員で同じスタートラインだったはずなのに、どうしてここまで差がつくのか。
「すごいなぁ、多田君は。私なんて、入札とかそういう話は全然…」
「夢野の既存顧客は小さいところが多いから、そもそも入札やらないだろ」
「まぁ、そうだけど。でも入札対応に時間割けるのが凄いよ。出荷の手配もやらなくちゃいけないのに。今日もさっさと終わらせて」
「…もうちょっと要領良くやったらどうだ?」
「え?」
「今日受けてるパソコンみたいなイレギュラーな出荷、断れよ。顧客対応が長引いて、通常の手配が進まない」
図星だ。こういうよく分からない物を送る手配ばかりやっているから、更に時間がかかるのだ。
「断れなくて、つい…」
「断るんだよ。そんなん受けてたら、永遠に仕事終わらないぞ。うちの課の受け持ちじゃないやつは別の課へ仕事振ったりして、なるべく面倒なのは受けないようにしろよ」
「そ、そうだよね…でも、つい、何とかできないかなぁって思っちゃったりして…」
「あのなぁ」
多田君は少しイライラしたような顔で私を見た。
「俺達はボランティアじゃないんだ。
物流なんてただでさえ薄利なんだから、時間かけてたらマイナスだ。夢野が受け持っているようなところは小さい客ばっかなんだから、面倒な輸送を手伝ったところで大した見返りもない。
よく分からない物を送るのはリスクもある。今まさにこうやって残業していることが、人件費分マイナスだ。意味ないんだよ」
何も言い返す言葉がなくて、私は黙り込んでしまった。春野さんも「なるべく受けない」と言っていたのを思い出す。
国際輸送初心者が初めて物を送る。その輸送を手掛けることは、リターンが小さいのにリスクの大きい事ばかりなのだ。
「じゃぁ、初めて海外に物を送りたい人は、どうしたらいいの…?」
思わず呟いてしまったが、それこそボランティアでやることだった。
じゃ、と言って多田君は帰って行った。
私は大きくため息を吐いた。
「物覚えが悪いというか、要領が悪いというか…」
昔からこうだ。遠回りな方法ばかりやっていて、周りとどんどん差が付けられる。
多田君ほどとは言わないまでも、もう少しどうにかならないのか。来年になったら後輩が入ってくるかもしれないのに。
頼られても、私が教えられることなんて…
つい、手が止まってしまう。こんな事を考えている間も、時給は発生している。
「また書類間違ってる。私がさっさと確認しておけば今日中に訂正書類貰えたかもしれないのに。何やってんだろ…」
本当はもう帰ってしまいたいが、朝はトラブルが頻発する。明日の朝の分の仕事を少しはやっておきたい。不安なのだ。
そう簡単に、貨物を落とすことはできない。フライトに載せなければ。




