第5話 発見
再び、2年A組の教室。
「ここにもないな……」
陽斗が額の汗を拭う。
ふと横を見ると、エリカがしゃがんで荷物棚を調べている。自分の棚の中を調べているようだ。夕日に照らされて、影が長く伸びている。
陽斗が何気なくその影を見た、その瞬間。
――ゆら。
「……え? 」
影が揺れる。
エリカはほとんど動いていない。
それなのに――
影だけが、ほんの一瞬、まるで別の生き物のように揺らめいて見えた。
「……」
陽斗は目を見開いた。
もう一度よく見る。
影は揺れていない。
「……疲れてるのかな」
「陽斗くん? 」
藍が声を掛ける。
「どうしたの? 」
「いや、何でもない」
陽斗は首を振った。
「それより、別のところを探そう」
「うん。今度はどこを探そう? 」
四人はあたりを見回した。
その時――
「あっ! 」
エリカの声が響いた。
「どうした? 」
「見て! あそこ! 」
エリカは教室の隅を指差す。そこには、掃除用具入れがあった。陽斗が駆け寄る。
「ここ? 」
「うん。その下……、なにか落ちてない? 」
陽斗は床に膝をつき、目線を落とす。薄暗い隙間に、目を凝らす。
「下? えっと……」
一瞬、沈黙が落ちた。
「……ん? 」
陽斗の声が止まる。
「あった! これか!! 」
陽斗は思わず叫んでいた。
掃除用具入れと壁の間には、わずかな隙間があった。その隙間の奥、埃をかぶった床の上に、小さなキツネのお守りが落ちていた。
「国府、あったぞ! 」
陽斗はそれを拾い上げて、光に見せる。光は足がもつれそうになるのも構わず、陽斗の元に駆け寄った。
陽斗は少し埃を払ってから、お守りを光に渡した。光の指先がお守りに触れた瞬間、思わず安堵のため息が漏れた。
「……よかった」
両手でそっと包み込む。小さな土埃が指の腹に触れたが、少しも気にならなかった。フェルトのふんわりとした温かい感触は、いつもと同じだった。
「おばあちゃん……」
光は小さく呟き、お守りを胸元に抱き寄せた。目の奥が、じわりと熱くなる。
「見つかってよかったね」
藍が微笑む。
「うん」
光は顔を上げ、笑った。少し視界が滲んで見える。しかし、心は晴れやかだった。
「……ありがとう。みんな」
「どういたしまして」
陽斗が笑って答える。
「よかったね」
エリカも少し遅れて笑った。
◇
校門を出たところで、光たちは陽斗たちと別れた。
「じゃあ、また明日」
藍が手を振る。
「うん。またね」
光とエリカも手を振り返す。
「気をつけて帰れよ」
と陽斗。
光とエリカは並んで帰った。
しばらく歩いたところで、光がおもむろに口を開く。
「エリカ」
「何? 」
「さっきから、どうしたの? 」
「……え? 」
「なんか元気ないよ」
「そんなことないって」
「嘘」
光はエリカを真っ直ぐ見て言った。
「親友なんだから分かるよ」
「……」
エリカは黙った。
しばらく歩いてから――
「……ごめん」
「え? 」
「私……」
エリカの目から涙が零れる。
「私……あの、違うの。違くて」
「……エリカ? 」
「ごめん、ちゃんと言うから」
エリカは一度唇を噛み、深く息を吸った。
「……隠したの、私」
光が立ち止まり、エリカを見る。
「……え? 」
「隠したの」
「……」
「光の、お守り」
光はしばらくの間、言葉を失った。
「……エリカが? 本当に? 」
「うん」
「どうして……? 」
エリカは俯いた。
「分かんない。自分でも、よく分かんないんだけど」
「……」
「ただ、なんか……」
エリカは拳を握る。
「光って、さ」
「誰にでも優しいじゃん」
「そんなこと……」
「みんなに好かれてるし」
言葉を切って、また俯く。
「……それだけじゃなくて」
「……」
「私、気になってる男子がいるの。知ってるよね」
「……うん」
「この前……聞いちゃって」
「何を? 」
エリカはしばらく黙っていた。
「その子が、友達と話してるの」
声が震える。
「『国府って可愛いよな』って」
「……」
「別に、光は悪くないのに」
エリカは首を振る。
「分かってる。光のせいじゃないって、分かってるのに」
「エリカ……」
「なんでだろ」
涙が頬を伝う。
「その時、頭の中が、こう……ぐちゃぐちゃになって」
「……」
「なんで光ばっかり、とか」
「……」
「私だって頑張ってるのに、とか」
声が掠れる。
「誰かに、見てほしいのに、とか」
エリカは一度口をつぐみ、また開いた。
「それで……」
「……」
「AIに、相談したの」
「AI? 」
「うん」
エリカはスマートフォンを取り出すが、画面をつけたまま、しばらく動かなかった。
「……聞いたの。『人が嫌な思いをするときって、例えばどんなとき』って」
「……」
「そしたら」
エリカは画面を見つめたまま、言葉を探す。
「『大切にしているものを、誰かに隠されたときです』って」
光は黙っていた。
「最初は、そういうものかって、それだけだった」
「……」
「でも」
エリカは目を閉じる。
「気づいたら」
「……」
「光が席を外しているときに、あのお守りを手にしていたの」
――長い沈黙。
光は怒っていた。でも、それ以上に悲しかった。
大切なお守りだった。祖母からもらった、たった一つの大切なもの。それを親友が隠した。
だけど――
「……そっか」
光は静かに言った。
「光……? 」
「エリカ」
「……」
「私ね」
光は少し笑った。
「私は、エリカのことが羨ましかった」
「……え? 」
エリカが驚いて顔を上げる。
「……私が? 」
「うん」
「どうして……? 」
光は少し考えてから言った。
「エリカって、言いたいことをはっきりと言えるじゃん」
「……」
「嫌なことは嫌って言えるし」
「……」
「私は、それができないの」
光は少し笑った。
「私、人に嫌われるのが怖いんだ」
「……」
「だから、本当は傷ついてても、笑ってごまかしちゃう」
「光……」
「嫌なことがあっても、大丈夫って言っちゃう」
光は空を見上げた。
「本当は嫌なのに」
エリカは何も言えず黙っていた。
「本当は傷ついてるのに」
光はエリカの方を向く。
「……それでも、言えないの」
「光……」
「だから、私はエリカが羨ましかった」
エリカの目から、また涙が零れた。
「……私、馬鹿だ」
「え? 」
「光がそんなふうに思ってるなんて……全然知らなかった」
「……私も、エリカがそんなことで苦しんでるなんて知らなかった」
二人はしばらく見つめ合った。
「……ごめん」
エリカが頭を下げる。
「光、本当にごめんなさい」
「……」
「大切なものなのに」
「……うん」
「私、光に嫉妬して……」
エリカの声が震える。
「光の大切なものを傷つけた」
「……」
「ごめんなさい」
光はしばらく黙っていた。
そして――
「……うん」
小さく頷いた。
「……許す」
「……え? 」
「今回だけだからね」
「光……」
「だって、親友でしょ? 」
「……」
「でも、次からはちゃんと言ってね」
「……うん」
「私もちゃんと言う」
「……うん」
二人とも泣いていた。そして、どちらからともなく笑った。
「……馬鹿だね、私たち」
「……うん」
「本当に馬鹿」
「ふふっ」
「ふふふ……」
二人は泣きながら笑った。
夕暮れの空に、二人の笑い声が響いた。




