第6話 五重塔
その頃、陽斗と藍は学校近くのコンビニにいた。
「お腹すいたな」
「そうね」
「藍は何にするの? 」
「うーん、何にしようかな。陽斗くんは? 」
「そうだな……」
その時。
「よっ」
背後から声が掛かる。陽斗と藍は同時に振り向いた。
――音霧宗汰。陽斗たちと同じ、2年A組の生徒だ。
「よう、宗汰」
「音霧くん」
「お前ら、何食う? 」
宗汰が尋ねる。
「俺、これ」
陽斗は、レジ横のファミチキを指差す。
「またそれ? 」
藍が笑う。
「いいだろ、好きなんだから」
「私はグミにしようかな」
「それだけ? 」
陽斗が尋ねる。
「夕飯前だから」
「真面目だなぁ」
「じゃあ俺もファミチキで」
と宗汰。
「真似するなよ」
と陽斗は笑って言う。
「いいだろ。仲間だから」
「意味分からん」
三人で笑った。
◇
コンビニを出ると、日が沈みかけていた。
黄昏時。
茜色に染まった田園風景の、その向こうに――五重塔が見える。総社市のシンボル、備中国分寺だ。南北朝時代に戦火で一度焼失した塔が江戸時代に再建され、今、この場所に立っている。
「……いい景色」
藍が言う。
「そうだな」
陽斗も頷く。三人は、さっき買ったものを食べながら歩いた。
「そういえばさ」
宗汰が言う。
「そろそろ文化祭の準備が始まるんじゃなかったか? 」
「ああ」
陽斗が答える。
「うちのクラス、お化け屋敷だったよな」
「そうそう」
「俺、怖いの苦手なんだけどなぁ」
「お前、オカルト好きじゃなかった? 」
「それとこれとは別だろ」
「何だよそれ」
「俺は見たり聞いたりするのが好きなんだよ。自分が巻き込まれるのは嫌だ」
「都合いいな」
三人で笑う。いつもの会話。いつもの日常。
だが、その時間が心地よかった。
陽斗は、五重塔を見ながらふと呟く。
「……こういう時間、ずっと続けばいいのにな」
藍と宗汰が陽斗を見る。
「……うん」
藍が頷く。
「俺もそう思う」
宗汰も頷いた。
夕暮れの道を、三人で並んで歩く。長く伸びた影が三つ、アスファルトの上で重なったり離れたりを繰り返していた。
◇
その夜。陽斗は家族と夕食を囲んでいた。テレビではニュース番組が流れている。食事をしながら、陽斗は何となく画面を見る。ニュースキャスターが話していた。
『続いて、AIに関するニュースです。海外の大手AI開発企業のCEOが、AI開発について警鐘を鳴らす声明を発表しました――』
画面には、インタビューが映っていた。
『AI技術はここ数カ月の間に劇的な速さで進歩し、自らを改善する能力を持つようになった。このまま放置すれば、近い将来、こうしたシステムを理解し制御する人間の能力を上回るだろう。従って、AI開発は極めて慎重に進めなければならない。』
「AIねぇ……」
陽斗の父がテレビを見ながら呟く。
「最近よく聞くけど、便利なんじゃろ? 」
祖父が味噌汁を飲みながら言った。
「便利は便利なんだけど」
父が答える。
「間違った情報を答えることもあるらしいぞ」
「ハルシネーションってやつ? 」
陽斗が聞く。
「そう、それ。よく知ってるな」
父が頷く。
「もっともらしい嘘をつくことがあるらしい」
「へえ」
母もテレビを見る。
「AIが人間より賢くなったら、人間はどうなっちゃうのかしら」
「いわゆる『シンギュラリティ』ってやつだな」
父が言った。
「シンギュラリティ? 」
「AIの知能がどんどん上がっていって、ある時点から人間には先のことを予測できなくなるんじゃないか、って話だ」
「人間にも分からなくなるの? 」
「ああ。もしAIが人間よりはるかに賢くなったら、AIが何を考えて、何をしようとしているのか、人間には理解できなくなるかもしれない」
「……それって、怖くない? 」
「まあな」
父は少し考えてから続けた。
「そういう、人間の知能を大きく超えたAIを『超知能』なんて呼んだりもするらしいぞ」
「超知能……」
「人間より賢いAIが、自分自身をさらに賢くできるようになったら……世界がどうなるのか、誰にも分からないな」
「……なんだか怖い話ね」
母はため息をついた。
「あまり科学が発展しすぎるのも、ちと考え物じゃな」
と祖父も口をはさむ。
「あと、アライメントっていう問題もあるらしい」
「アライメント? 」
「AIの目的と、人間が望んでいることをちゃんと一致させるって話だ」
父は少し考えてから続けた。
「例えば、『人間を幸せにしろ』ってAIに命令したとして……。人間が考える幸せとAIが考える幸せが違ってたら? 」
「……変なことになりそう」
陽斗が答えた。
「そういうことだな」
祖父がテレビから目を離さずに言った。
「……結局、どれだけ賢くても、使うのは人間じゃろ」
「そうだな」
父が頷く。
「だから、開発する側も慎重にならないといけないんだろうな」
陽斗は黙ってテレビを見る。
画面には、AIについて語る専門家たちの姿が映っていた。
「……AIが人間を超える、か」
陽斗は小さく呟いた。
「どうした? 」
「いや、何でもない」
そう言って、陽斗は肉じゃがに箸を伸ばした。
やがて、ニュースは他の話題に変わった。食卓には、いつもの料理。いつもの笑い声。普段と変わらない夜だった。
◇
翌朝。光は学校へ向かう道を歩いていた。鞄には、キツネのお守りが戻っている。光はそれを見て、少し笑った。その隣を、エリカが歩いている。
「光」
「ん? 」
「昨日は……本当にごめん」
「もういいって。無事、戻ってきたんだし」
「でも……」
「今日、一緒にお昼食べよ」
「……うん」
二人は笑った。
昨日までと同じような朝。でも、ほんの少しだけ違う朝。二人は以前より、互いのことを知った。
並んで歩く、二つの影。
そのうち一つが――
ほんの一瞬だけ、揺れた。




